第40話 あいもかわらず

 缶を空いている段ボールに入れたりエコバックにいれたりは手伝ったが、荷物を運ぶのは修さん。一つ持ちます、と言ったけど車のドアを開けてくれればいいとあっさりとかわされてしまった。申し訳なく思うのに、強く言えなかったのはとても持てる様な重さじゃない事もわかっていたから。私たちが持つなら、箱をさらに分けなくちゃいけない。それはきっと、修さんにとっても手間なんだろう。


「いいよ。迎えに行くついでに買い物するってんで武人に車借りれたんだ。歩いて持っていくこと考えたらずっと楽だ」


 ステーションワゴンの荷台にドカドカと飲み物を積んでいく。本当、この人業者さんみたい。


「あと、欲しい物あるか?」


「いえ、私は大丈夫です」


「じゃぁ、チーズだけ買って行く。正樹が来るって」


 チーズ? 今の店で買えたんじゃ、と思いながらも黙って車に乗ると、おそらく武人さんの家とは逆方向に向かった。チーズ買いに、どこまで行くんでしょうか? 


 ついたのは、昔ながらの商店街の一角。いつからあるんだろうっていう歴史ある感じのお店に混じって、新しめのお店が数件。修さんに続いて、店に入れば中は更に綺麗だった。ショーケースに並ぶチーズは、いったい何種類あるんだろう。これ、おつまみですか。ボケっと眺める私達をよそに、修さんは正樹さんに電話を始める。何を買っていいか、修さんもわからないみたい。


「欲しいのあったら言えよ」


 中々電話にでないらしい正樹さんに舌打ちをしながら声をかけてくれる修さんは気遣い屋さんだと思う。店員さんに勧められるままにあれもこれもと試食をしてみるが、3つ目ぐらいで、味がわからなくなってきた。


「あれ?由夏?」


 この声……。

 恐る恐る振り向くと、そこに立っているのは……。


「アサミ……。久しぶり」


「1年ぶりくらい?あれから何度かクラスの皆で集まったんだけど、徹君も由夏も来ないんだもん」


 相変わらずの甘ったるい声。いや、来ないって呼ばれてもいないし。まぁ、呼ばれたところで行きませんけど。


「そういえば、以前この店で徹君にあったなぁ」


 そうですか。それも、わざわざ私に言わなきゃならないことですかね。心の中では悪態つきまくっているくせに、何一つ口からは出てこない。無言を通す私からなにか察してくれたらしい愛衣が、オロオロしている。ごめんね。


「今日は、友達と?」


「うん、まぁ」


 にっこりと笑っているのに、結構美人だと思うのに、蛇に見えてしまう私はやっぱり乗り越えていないんだろうな。うう。


「おおい、試食した中で欲しい物あったか?」


 空気を読む気もない修さんが、いつの間にかショーケースの前にしゃがみこんでいた。


「友達?」


 アサミの声が冷たく店に響いた気がする。よくとおる、冷たい声は変わっていない。


「……徹の、友達」


「ふぅん」


 冷たい声に背中が冷えた。もうチーズなんてどうでもいいから帰りたい。修さんに近付くアサミを止める事もできないで、黙って立ち尽くす自分なんて大嫌い。


「ここのチーズ、よく買うんですかぁ?」


「……いや、友達に頼まれて」


「そうなんだ。以前徹君にここであった時もそんなこと言っていたなぁ。その時同じ友達なんですかね?」


「そうだろうな。ここのチーズ指定するヤツなんて、俺の知っている限り一人だけだから。アンタ、徹と由夏の友達?」


「あ、私、中学で同じクラスだったんです」


「へぇ」


 最初不審そうな顔をしていた修さんが、笑顔になってきた。美人で愛想のいいアサミだから仕方ない。


「おおい、チーズ。どれがいい?」


 私と愛衣に話しかけてくれるけど、ごめんなさい。うまくそちらに歩いていけないんです。


「おつまみですよね?これ美味しいですよ」


 ニコニコと笑いながら修さんの隣にしゃがみこんだ。ううん、本当に感心します。


「ああ、助かる。なんか、チーズ買ってこいって言ったヤツが連絡つかなくてさ。適当に買って行こうと思っていたんだ」


「そうなんだぁ」


 それなら、これと、あれと、なんて店員さんそっちのけでチーズの説明を始めたアサミ。お前はここの店員か。心の中で突っ込みながら、黙ってチーズを選ぶ二人を眺めるしかできない自分がもどかしい。もう、溜息ぐらいしかでないよ。


「で?お前ら何が旨かった?」


 散々選んだのに、再度私と愛衣に聞きに来てくれた修さん。隣では、アサミが苛立った顔をしている。


「たくさん選んだんだから、由夏達もその中から食べればいいんじゃない?」


「……何か旨かった?」


 修さん?アサミの言葉は無視ですか。空気が怖いです。


「ええと、これ、かな?」


 凍った空気に耐えられなくなった愛衣が、最初に試食したチーズを指す。ああ、3つ目からは味わからなくなったもんね。


「私はこれ」


 私は最後に食べたチーズを指した。味わかんなかったからもう一回食べたい。

 じゃぁこれも、と店員さんに伝えて会計をしている横で、アサミが苛立ったオーラを出している。修さん、天然にも程があるのでは。


「じゃぁな、助かったよ」


 ニコニコ笑って店を出ようとした修さんを慌てて追いかけた。良かった、今度はちゃんと足動いた。店内には憮然として立ち尽くすアサミ。私、絶対一人でこの店来ない。



「あの女、友達なの?」


「中学時代のクラスメートです。徹も知ってますよ」


「ふぅん」


「あ、正樹さん来るんですよね?千夏さんは?」


「千夏は来ない。正樹も遅くなるみたいだな」


「そう、なんだぁ」


 残念。千夏さんに、聞いて欲しかった。


週末ごとに忙しくて、身体大丈夫なのかな。実質休んでないってことだよね。楽しいことで忙しいならいいんだろうけど……。


「正樹、遅くなるかもしれないけど来るから。いろよ」


「ああ、はい。久しぶりだし、私も会いたいです」


 なんだろう。少し重い声が気になったけど、それ以上正樹さんについて話すこともなく、車は武人さんの家へと進んでいく。

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