第17話 占い

「……やっぱりさぁ、ちょっと皆に顔見せていかない?」


 私の機嫌をうかがうように、そっと手に触れる馬鹿。これから会うという友達は、大学時代のサークル仲間。私は面識がある程度、仲が良かったわけではない。何より、2か月ぶりに帰ってきた彼氏を呼び出すような人達に会いたくないっていうの、わからないのか?


 怒るな、怒るな。

 もしかしたら、我儘に答えてくれる彼女が居ること、皆に教えたいのかもしれない。ここで不機嫌になったら、大人としてどうよ?


「……行かない。ほとんど話したことないし」


 不機嫌ですよ。私、心狭いですから。


「そうかぁ。ごめん。でも、なるべく早く帰るから」


 罪悪感なんて欠片も見せずに、笑顔で待ち合わせ場所に向かう彼。

 ああ、仕方ない、かぁ。



 イライラを抑えようと、本屋によって自己啓発の本を立ち読みするが、役に立たない。ナニコレ?腹が立ったら頭の中で数を数えると落ち着く?いや、静かに数を数えると怒りが増大するのですが……。

 やっぱり、私短気なのかなぁ。ああ、駄目だ。さらに自己嫌悪がひどくなってきた。


 お茶をする気分でもなくなり、モールの中をうろうろと歩く。そういや、徹と一緒に行った時もバラバラに歩いてた。でも、なんだろう。あの時とは、なんか違うんだよね。



「いらっしゃいませ。お待たせして申し訳ありませんでした」


 人の好さそうな、上品な店員さん。話し方が柔らかいせいか、ホッとする。占いって、何を占ってくれるんだろう。


 私は、何を聞きたいんだろう。


 通されたのは、店の奥にある事務所。広くはないが、きちんと整理されていて居心地がいい。折り畳み式のテーブルに、パイプ椅子。そこに座っているのは、いたって普通の、失礼だけど、おばさん。優しそうではあるけど、頼りになる、相談したくなる、という感じではないかも。


「どうぞ、座って。お名前と生年月日を、書いてもらえますか? 今気になってる人がいるなら、その人のものも。男性でなくてもいいのよ、お母さまとか、ご友人とか、気になる人のこと、わかる範囲で」


「あ、はい」


 ぼぅっと見つめていた私に、おばさんはにっこりと笑った。ああ、なんか、癒されるなぁ。


「あなた、人と争うのが嫌いなのねぇ。でも、平和主義、とはちょっと違うかも。もめるのが面倒だから我慢する。我慢できなくなったら、離れる。ちょっと、寂しいね」


 私の書いた生年月日をみて、そうつぶやく。はい、わかってます。性格分析よりも、私のこれからの人生はどうなるんでしょう?彼氏との相性とか。


「この男性は、悪い人ではないの。悪意は全くないんだけど、ちょっと空気の読めないところがあるかも知れない。親しくなればなるほど、空気を読まなくなる」


 ……はい。その通りです。


「基本の性格はあっているのよ。悪意はないから、許せないほどではないし、貴方が適度な距離を取っても彼は気にしないし。あなたが疲れ切ってしまう前に距離を取る事で、長く続けられる。相性は、そんな感じねぇ。じゃぁ、ちょっとこれからの事を見ましょうか」


 そういって、何やら大量のカードを取り出した。これ、タロットってヤツ?

 トランプのようなカードの束がたくさん並べられていく。束ごとに、ちょっとカードの色が違っていて、どれを使うか少し迷っているみたいだった。


 少しさまよった手が選んだのは、濁ったオレンジ色をしたカードの束。小さな声で何か呟きながら、手際よくカードを切って、テーブルの上によく分からない置き方で並べ、開かれたカードを見ながら頷いている。これが、タロット占いか。


「今、なにか迷っていることがある? ずっと、気にかけてきたものがまた出てきた、みたいな感じ。でも、今は何もしたくない。とても、心が疲れている。だから、放っておいてほしい」


 ……。


「彼氏との関係は、とりあえずはこのまま、かな。今一番気になっていることには、全く関わらない人だからお付き合いには影響はないみたい。あなたも、関係を壊すことは望んではいない」


「もう少ししたら、あなたが気にかけていることが、もう一度出てくる。その時、あなたの気持ちとは別に、周りが少しずつ手を貸してくれる。それは、あなたの人徳よ。でも、それを生かせるかどうかは、わからない。まだ、あなたの心から疲れは取れていないみたい」


「さて、ここまでが今の状態で占った結果です。あなたは、何を聞きたい? なにが、気になる? 」


 ええと、そう言われると……。


「金運、と仕事運」


 そのぐらいしか、浮かびません。

 にっこりと笑って、カードを集めて、今度はさっきとは別の並べ方をしていった。


「悪くはないですよ。臨時収入のようなものはないけれど、出ていくことも少ない。でも、もう少し使った方がいいかもしれない。浪費するとかじゃなくて、お付き合いとか、趣味を持つとか。何かお金を払う事で、新しいものを取り込むようにすると、気分も運気も変わりますよ。仕事は、今の会社には特に不満はないみたいね。人間関係もよさそうだし、仕事もなれている。上司の後押しもあって、少し責任のある仕事が増えていくかもしれない」


「心の疲れが少し取れたと感じたら、自分がしたいことと逆の事をしてみるのもいいかもしれない。例えば、休日は家に居たいと思ったら出かけてみるとか。友達と会おうと思ったら、一人で出掛けてみるとか。仕事も、自分でやるよりも、人に任せてみるとか」


 ううん、難しい。


「できる範囲でいいの、自分の気持ちが楽になる方法を、色々探してみるといい。いつも同じ方法で紛らわせているのでしょう?」


「あの、もう一人相性を見てもらえますか? 」


 1500円で、図々しいのはわかっているけど。この人に、見てほしい。


「どうぞ」


 にっこりと笑って、さっき書き込んだ紙を戻された。そこに書いたのは、徹の名前と生年月日。忘れるわけがない。毎年、誕生日会には家族で呼ばれていたんだから。


 生年月日をみて、もう一度カードを並べなおす。また、違う並べ方。


「あなた、この人をとても頼っているのねぇ。この人も、あなたを大事に思っている。よっぽどのことが無ければ、縁が切れることはない関係、でもちょっと難しい関係かもしれない」


「難しい、ですか? 」


「そう、この人、あなたと全く違うでしょう? 本来は、相容れないような人なの。それでも、縁がとても深いから切れないんだけど、一緒にいると、溜息をつくようなことがたくさんあるかもしれない。冷たさと、情の深さが同居しているような人だから、誤解されることも多い」


 冷たさと、情の深さ。そうかも、しれない。


「ありがとうございました」


 お店を出た時は、すでに18時を回っていた。1時間近く話をして、無料って。良かったのかなとも思うけど、帰りに渡された名刺には、しっかり占い師さんの名前と、お店、本来のお値段が記載されていたから、これも営業の一つってことだよね。今度、ちゃんと行ってみよう。 


 少し軽くなった心で、もう一度モールを回れば昼間よりもずっと空いていて、ゆっくり見れる。もうすぐ閉店時間、疲れを見せる店員さんには悪いけど、あれもこれもと見て回る。

 歩き回ることに少し疲れてきたころ、電話がなった。


「はい?どうしたの? 」


 友達と遊んでいるんでしょう?という言葉は飲み込む。


「いや、由夏、今どこにいる? やっぱり、来ないかなと思って」


 少しおどおどとした声。私が怒ってると思って脅えてる?まぁ、こういう所は、可愛いと思おう。


「まだモールにいるけど、行かないよ。さっきも言ったでしょ?ほとんど知らない人だし」


 さっきよりもずっと機嫌よく話せる。うん、私って単純だ。


「あ、でもさぁ。彼女連れてきてるヤツもいるし、大丈夫だよ。結婚式の話はだいぶ進んだし、これからみんなで飯食いに行くから、由夏も、一緒に……、嫌、かな? 」


 こいつはこいつで、気にしてるんだよね。まぁ。ここは。


「どこに、行けばいい?」


 努めて、明るい声をだすと、嬉しそうな声で迎えに行くと言われた。簡単に場所を教えて、そこで待つ。ああ、お迎えを待つって、ちょっと気分いいかもしれない。


 久しぶりに会った彼氏の友達は、当然だけど皆大人になっていて、途中参加した私を気遣ってくれたし、その彼女という人たちとも楽しく話すことができた。うん、さっきの占い当たったかも。『自分がしたいことと逆の事をしてみる』少しずつ、試してみよう。

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