第34話 ひさしぶり、ですね
「こんにちは~」
土曜日、ヨガスクールでガッツリ汗をかいて、そのまま武人さんの家へお邪魔した。
いらっしゃい、と出迎えてくれたのは正樹さん。スエット素材のハーフパンツにゆったりしたTシャツ。ここ、正樹さんの家だっけ?なんて思いながら部屋に上がると、甚平を着た修さん。二人とも、それ絶対部屋着でしょう?その恰好で電車乗ってここまできたんですか?
「ねぇ、こいつらの恰好ありえないでしょ?一緒に来るの恥ずかしかったんだから」
すでに少し顔を赤くした千夏さんが笑っている。差し入れに、と買ってきたワインは冷やされることもなく、彼らの元へ。武人さんにも挨拶をと思ったのだが、手が離せない上に今日はキッチンは立ち入り禁止だとか。愛衣は部屋の隅に置かれたクーラーボックスから私に缶チューハイを出してくれた。愛衣が自分の家みたいにふるまっているのが、すごく嬉しい。
「はい、お疲れ」
とりあえず、と言わんばかりの乾杯。この適当な感じの乾杯、すごく好きかも。
「久しぶり」
「ああ」
徹は、いつも通り。避けていたのが馬鹿らしくなるくらいに、いつも通り。取り皿をくれたり、私の好きなものを手前に引き寄せてくれたり、ちょっと強いと思ってゆっくり飲んでいたチューハイに氷を大量に足してくれたり、ああ、徹だなぁ。居心地いいけど、『世話になっている』なぁ。
「まだヨガ続けてるんだなぁ。キツイって言ってたからすぐに止めると思ってた」
修さんが感心したように私のヨガマットを転がしてる。そういえば、始めたばかりのころ帰りに寄った牛丼屋でバッタリ会ったなぁ。その時は、買っちゃったチケット分だけ通って止めるって言っていたような気もする。
「頑張ってますよ。最初のチケット使い切る頃に面白くなってきて、今はだいぶ身体も柔らかくなったし、きっとずっと続けますね」
運動神経のない私だけど、これは割とマイペースで汗をかけるから気に入っている。汗をかくからか、瞑想するからか、終わると気持ちもスッキリしているような気がする。今日も、ヨガでここに来る勢いをつけてきた。
「修は、由夏ちゃんがヨガやっているの知ってたんだ?」
大きなトレイ一杯に持ってきた料理を並べながら、武人さんが眉間に皺を寄せていた。あれ?あれ?
「ああ、その話したとき武人いなかったっけ?時々会うんだよ、飯食うタイミングとか、店とか、かぶるんだ」
徹には言ったぞ、と少し弱気の抗議をしている。いや、徹に言ったの、私聞いてないです。
まぁ、いいんだけどさ。
「一人で黙々とやるの好きだったろ?あってるんじゃねぇか?」
運ばれてきた熱々の春巻きをつまみながら、ヨガマットを眺める徹。いや、あんまり見ないで。入会特典でもらったヤツだからスタジオの名前入っているし。マットにお金かけたくないと思ってたけど、せめてバックくらいちゃんと買えばよかった。
「俺もなんかやろうかなぁ。ここ、ヨガ以外もあるのか?」
修さんがヨガバックに書かれたスタジオの名前を指した。ヨガ以外?マシンジムとか?
「私が通っているのとは別の場所なら、マシンジム置いているところもあるみたいだけど、女性がほとんどですよ。ダイエットがメインなんで」
「ダイエット、かぁ。そうじゃねぇんだよなぁ。たまにガッツリ汗かきたいんだけど、走るだけとかつまんなくてさぁ」
そうですよね。修さんにはダイエットは関係ないでしょうね。汗をかきたい、かぁ。わかる気もする。
「部活とか、やってたんですか?」
「あ? 部活じゃねぇんだけどな。小学校から高校卒業まで近所の道場で剣道やってた。高校は、剣道部ないくせに部活必須でさぁ、仕方ねぇから一番活動の少ないイラスト部に入って、道場が休みの時はいっつも教室でしゃべりながら絵描いてた」
「イラスト部?美術部みたいな?」
「いや、美術部ってちゃんと絵だろ? そうじゃなくて、イラスト。漫画のキャラとか、動物とかをパパって書いて、明るめの色を塗る、みたいな? バイト先のPOP書くのとか、大学のサークルでポスター書くのとか、結構役に立ったぞ」
「POP、ですか?」
剣道は、わかる。すごく似合いそう。
部活の選択も、まぁわかる。剣道を優先したんだろう。
それでも、教室でイラストを描く修さんはどうしても想像がつかない。体育会系そのままの人なのに。私の頭がグルグル回っている間に、正樹さんは納得したように一人で頷いてる。
「修、もらった名刺に似顔絵書いているよねぇ。それ、イラスト部の成果?」
「成果っていえば成果かもな。見たものパッとかけるようになったのは高校以来だから。書いたの見ると、その時話したこととか思い出せるんだよ。結構便利だぞ」
「見たものパパっと、かぁ。ねぇ、なんか書いてよ。愛衣ちゃん、紙ない?」
武人さんの代わりに、愛衣が新聞広告から裏紙を捜し始めるそんなのがある場所知っているんだ、と少し嬉しくて、ドキドキする。
「ボールペンですけど、いいですかね?」
「大丈夫、そんなにちゃんと書くわけじゃねぇから」
何を書こうかなぁ、といいながらサラサラと書いたのは、目の前に並ぶワインボトルと空き缶。丸いフォルムに怒ったような顔が書かれていて、吹き出しには『呑みすぎ注意』の文字。文字も心なしか丸くて可愛らしい。そして、ワインボトルと空き缶に怒られて汗をかいているのは、徹。
「なんで、俺なんだよ?」
「ん?一番特徴のある顔しているから」
眉間に皺を寄せる徹に、何が悪いのかとキョトンとする修さん。こらえきれなかった正樹さんと千夏さんは手を叩いて笑い転げた。
特徴のある顔、そうか、そういう見方もできるのか。修さん、天然なんだろうけどすごい人だよね。
「これ、今度の会社の飲み会で飾るか」
武人さんが、からかう様な、感心したような顔で『呑みすぎ注意』のイラストを眺めている。うん、飾りたい気持ちはわかります。でも……。
「……さっさと、捨てろ」
いつもよりも低い声。怒っているんだろうに、捨てちゃうんですか?と紙を眺める愛衣にはきつくは言えないらしく、黙ってワインを飲み干している。ああ、徹だなぁ。
離れてわかったこと。
基本、徹は優しい。
いや、小さい事から知ってはいたけど、離れてみると改めて優しいヤツだなぁ、と感心した。厳しいことをいうのは、相手の為を思うから。そうじゃないときは、多少嫌な事でも徹が譲る(私以外は)。面倒なことも引き受けるし、助けを求められたら手を差し伸べる。口は、悪いけど。
私以上にそれを知っているだろう武人さんは、愛衣のバックに紙をしまい、苦虫を噛み潰した徹を相手に笑っている。ううん、私この人達と同じ会社じゃなくて良かった。毎日一緒にいたら、心臓もたない。
「お邪魔しました、ちゃんと片付けないでごめんね」
「またね」
夕方には着いたのに、気づけば終電近く。バタバタと帰り支度をして片付けもそこそこに家をでる。愛衣がいないことに若干居心地の悪さを感じながら、酔っ払い5人で駅まで歩く。
「じゃぁ、由夏ちゃん。また来週ね~」
笑って手を振りながら別の電車に乗っていってしまった正樹さんと千夏さん。また来週かぁ。
取り残された感の私達。酔っぱらっているせいもあってか、ヨガグッズが重い。
「貸せ」
言葉と同時にマットとウェアの入ったバックを取り上げられた。いや、それ汗臭いから。
抗議してみるも、徹が私の抗議なんて聞いてくれるはずもない。そのまま電車に乗り込んだ。土曜日の終電近く。それなりに混雑した車内、お酒と修さんのおかげで緊張することもなくゆったりと話せた。
修さんが先に下り、徹と二人。徹の乗換駅はとっくに過ぎているのに、当然のように隣にいる。このまま、私の家まで送るつもりなんだろうか。
「元気だったか?」
「うん、ヨガ始めたぐらいだしね」
「その割には、食生活は不健康だよな」
「いや、たまに!疲れた時に、帰りに一人でご飯食べようとすると修さんに会う事が多いんだよ。牛丼屋とか、立ち食い蕎麦とか」
だって、一人で食べるんだからできれば安い方がいい。五百円で足りるぐらいなら、家で食べるのと変わらないから、週に1、2回でも気軽に行ける。修さんほど食べるわけじゃないけど、私のお給料じゃ毎回千円とかは厳しい。お金出すのは、人と食べるときにしたい。
「そうか?」
クツクツと笑う徹に、なぜかホッとする。
当たり前のように一緒に電車を降りて、改札をでて、一緒に家までの道を歩いている。当たり前のように、隣にいてくれることに、安心する。
「とりあえず、俺の横は嫌じゃなくなったのか?」
ポツリ、と呟かれた言葉に、胸の奥に罪悪感が広がった。
やっぱり、まだ気にしてますよね。
「……横にいるのは、嫌じゃない」
「そうか」
嫌ではないけど、出来れば少し後ろにいるぐらいが希望です、なんて言えません。
千夏さんの言葉が、グルグルと頭をめぐる。自分が楽しめるところだけ参加する。それなら、週末の飲み会はそれに入るはず。それなら……。
「来週も、行こうと思ってるんだけど、徹も行く?武人さんの家」
「……俺は、毎週呑んでる。特に用事もねぇから」
毎週、ですか。
一応彼女持ち。彼女が泊りに来ている家に、毎週はちょっと多いのでは?
そう伝えると、そうか?と首を傾げられた。いや、意外に空気読まないんだね。
「って言っても、アイツが呼ぶんだよ。毎週、木曜ぐらいになると『今週は何が食べたい?』だの『これを作るから、合う酒を持ってこい』だの言って。あいつが言い出さなければ週末は特に集まる事もねぇなぁ」
……まぁ、本人がいいというのなら
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