第8話
3杯目のビールをあけた後、愛衣がトイレにたったタイミングで正樹さんをチラッと睨む。
「なに?怖い顔しなくてもちゃんと聞くよ?」
ニコニコ笑顔は崩れることはない。
可愛い顔して実はとんでもないヤツなのかも?
見た目は、修さんの方がずっとずっと迫力があるのに修さんは私の顔をみてオタオタしている。
「なんで、嘘ついたんですか?」
「さっきも言ったでしょ?話してみたかったの」
「愛衣、がっかりしてましたよ?」
「武人に会いたいのなら、武人が誘った時に来ればよかったじゃん?」
「愛衣は、男の人が苦手で、二人で会う事ができなかったんです!だから、今日はホントに楽しみにしてたのに……」
「ふぅん。楽しみに、ねぇ」
私が何をいっても、ニコニコ笑顔が崩れることは、ない。
むしろ、私が怒っていることを楽しんでいるみたい。
勢いつけるために呑んだビールが、私の頭を回らなくしている。
悔しい……。
「武人や徹なら、傷つかないと、思ってる?」
「え?」
「アイツら、ああ見えてもちゃんと真面目に考えてる。遊びで誘ってんなら、一回断られた時点でもう誘わない。だいたい、遊びで誘うならもっと違うタイプのコを誘うでしょ?キミら二人とも、遊びで誘うって感じじゃないもん」
なぁ?と修さんに同意を求めるが、修さんは困った顔のまま。
黙りこむ私を見て、軽くため息をつきながら正樹さんもトイレに立った。
「修さんも、正樹さんに同感、ですか?」
きっと、今情けない顔してんだろうなぁ。
答えに詰まっていた修さんが、意を決したように話し始める。
「俺も、また話してみたい、一緒に呑めたらいいなぁって思ってた。本当に。でも、武人と徹はもっとそう思ってたと思う。なのに、誘うたびに断られるって、笑ってた。笑ってたけど、ホントは辛かったと、思う。その気がないなら、それは仕方ねぇさ。でも、さぁ。メールでのやり取りは楽しくしてるだろ?それで、誘えば断る、じゃぁ武人だって徹だって納得なんかできねぇだろ?嫌なら嫌って言ってやればいいだろう?」
お前は、どう思ってるんだ?と聞かれて、なにも答えられない。
徹も、傷ついてたのかな?
黙って離れた、中学生の頃から。
「あ~あ、オレが言おうと思ってたのに、修に言われちゃったなぁ」
後ろから聞こえてきた呑気な声。
振り向けば正樹さんの横には愛衣。
泣き出しそうな顔をしている。
しょんぼり、と座りグラスに口をつける愛衣。
もう一回、呑み直し、仕切り直し。
どうしよう、とオタオタする修さんと笑顔の正樹さん。
ちょっと!女の子泣かせそうになったら、もう少し気を使ったら、どうなの?
これだから、イケメンは。
自分でも間違ってるのはわかってるんだけどさぁ。
「自分が怖いから、近づかないのに会いたいなんて、やっぱりずるいですよね。」
「……」
黙りこむ修さん。正樹さんは相変わらずニコニコしながらビールを呑んでいる。
修さんに助けを求められても、思いっきりシカト。
ホントに、この人ってばすごいかも。
おい、と呼びかけながらビールを取り上げられて、やっと修さんに返事を返す。
「ずるいかどうかは、知らないよ。女の子なんだから、多少はずるくてもいいんじゃない?ただ、その気が無いならアイツラただのストーカーじゃん?だから、その気があるのか無いのかだけでも教えてほしいと思って今日呼んだの!」
変わらずに笑顔で話す正樹さんに、だんだん腹が立ってきた。
睨みつける私の表情に修さんがギョッとしているのが見える。
でも、もう我慢できない。
「『その気』ってなんですか?男としての彼らと2人で会いたいのが『その気』なら、そんなのない!でも、メールぐらいなら楽しい、とか、みんなで会う時にいたらいいなって思うぐらいの気持ちはある。それじゃ嫌なら、メールなんてしなきゃいい!それこそ、正樹さんなんかに関係ないじゃないですか!!!」
お酒の勢いでまくしたてた私に相変わらずニコニコしている正樹さん。
むしろ、さっきよりご機嫌になっている。
なんか、一人で怒ってるのバカみたい。
隣を見れば愛衣は困った顔をしている。
あぁ、ごめん。私が騒いだら愛衣だって嫌だよね。
「そうやって思ってること言ってくれたらいいんだよ。アイツら、鈍いからさぁ、言わないと伝わらない。伝わらなかったらお互いシンドイでしょ?ねぇ?」
正樹さんの視線が急に私の上の方に向いた。
まさか……。
こわごわと振り向けば、そこには武人さんが汗だくで立っていた。
「うわっ!!!いつからいたんですか?」
「うわっって。人をお化けみたいに……。今来たところ。一回帰ったんだけど、正樹クンから呼ばれてねぇ。ほんと、コイツは。」
正樹さんを睨んだ後、私達にむかって困ったような笑顔を向けてくれた武人さん。
ああ、この人の笑顔は安心するなぁ。
「じゃ、武人はここね~」
武人さんに睨まれたぐらいでは、びくともしない正樹さん。
修さんの隣に、どこからか小さめの椅子を持ってきた。
武人さんの両隣、修さんと愛衣からはものすごい緊張感が伝わってくる。
「徹にも、連絡したからな?」
「あ、やっぱり?困ったなぁ、徹、怒るとちょっと怖いんだよねぇ」
正樹さんが怖がるなんて、徹って、すごいヤツ。
ってか、連絡したって、ここに来たりするのかなぁ?
来るときは、覚悟を決めてきたんだけど今はちょっと、状況が違う。
気まずい。
徹が来る前に帰ってしまいたい。
でも、こんな会話をした後に、正樹さんを前に、帰るなんて言い出したらどうなってしまうのやら。
そんなこと、恐ろしくて出来ない。
せめて酔って勢いを、と思えば何故か目の前にオレンジジュースが差し出された。
「徹が来た時に酔っ払って記憶なく変なこと言ってたら嫌でしょう?ちょっと休憩したら?」
はい。
可愛い笑顔で気のきくことで。
何もかも見透かされている感じ。
「正樹ぃ。随分楽しいことしてくれたなぁ」
息を切らした徹が正樹さんを鋭く睨む。
口元は笑っているけど、これは、怖い……。
これを『ちょっと怖い』で済ませてしまう正樹さんは、やっぱりタダものではない!
徹と武人さんがきても、オタオタしているのは修さんだけ。
正樹さんは相変わらずケロっとしてて。
席だけは自分が座っていた席を徹に譲り、自分はどこからか持ってきた小さな椅子に座って、相変わらずニコニコと、ビールを呑んでる。
お酒、強いんだぁ、なんて今更なことを呟けば、笑われた。
「オレは、この中で一番弱いんじゃないかなぁ?一番強いのは徹だよ、いっくら呑んでも全然変わらないんだもん!」
「そう、なんだぁ……」
ああ、やっぱりもう徹とは二人でなんか呑まない!!!
「でも、オレは自分の呑める量わかってるから潰れることは無いけどね~。武人と修は、俺より呑めるけど調子に乗って呑むから、よく潰れて徹に面倒みてもらってるよ」
カラカラと笑う正樹さんに、少し気まずそうにする武人さん、
全く気にする様子なく、そうなんだよなぁ、なんて笑っている修さん。
仲いいなぁ。
そっかぁ、徹、酔っぱらいの相手慣れてるんだぁ。
それで、こないだは面倒みてくれてたんだ。
相変わらず、面倒見いいんだなぁ。
感心していれば面白くなさそうな顔をした徹が私にオレンジジュースを差し出した。
なぜ?私は、この雰囲気をシラフで乗り切るパワーはないぞ!!!
睨んでやれば涼しい顔で笑いだした。
「また、潰れる気か?」
はい、ごめんなさい。
黙ってオレンジジュースに手をだせば、満足そうに笑う。
ああ、なんか小さい頃を思い出す。
何を言っても、かなわなかったなぁ。
強いのも、正しいのも、徹で。
私が勝てるのは徹が譲ってくれたときだけ。
でも、もう、ソフトドリンクはきついです。
緊張感が半端ない。
なんて言って訴えたらいいだろう?なんて思っていれば、修さんが自分の前にあるジョッキをまわしてくれた。
「ぬるいかも知れないけど、これ呑むか?」
「ありがとうございます!」
シラフはきついってわかってくれたんだろうなぁ。
感謝!!!
修さんの前にあるビールをこそこそと呑んでみる。
徹に見られないように、気をつけなくっちゃ。
見えてるんであろう武人さんは、チラッと目があった気はするけど、見なかったことにしてくれてそう。
よし、いったんこのままで。
「じゃぁ、オレ達帰るねぇ。話したいことは話したし、聞きたいことも聞いたし♪それとは別に、今日一緒に呑めて楽しかった!今度誘うときは嘘つかないから、また一緒に呑みに行こうね」
約束約束、と言いながら笑って席を立った正樹さん。
いきなりすぎてあっけにとられている私達を置いて、さっさと伝票を持って行ってしまった。
「じゃ、俺も帰るかな。正樹じゃないけど、また今度な!」
ニッコリと笑って立ち上がる修さん。
あ、お金。
慌ててバックを持って正樹さんを追いかければすでに支払いは終わってた。
私達の分、と財布を出せば心底嫌そうな顔。
ちょっと、雰囲気怖い。
「自分から女の子誘っといて、支払いさせる気はないから」
「……」
じゃぁね~と笑って店を出て行った。
なんだかなぁ、紳士なんだか、意地悪なんだか。
「騙されて呼び出されたのに、わざわざ金払いに行ったのか?」
席に戻れば徹と武人さんに笑われた。
「それとは別です。騙されたって言っても、楽しかったし……」
「ふぅん、楽しかった、かぁ。じゃ、今度から正樹が誘ったら呑みに来る?」
武人さんが笑う。
「誘われたら……。来ないですねぇ。女の子誘って、支払いさせる気はないって言われちゃったし。それがわかってて、一緒に呑んでもおいしくないというか」
徹がクツクツと笑いだした。
武人さんは困った顔。
「じゃぁ、割り勘じゃなきゃ来ない?アイツラの呑み方見たでしょ?俺らも基本あんな感じだから、割り勘したらすごい金額になるよ?」
ああ、確かにそれはそうかも。
でも、楽しかったし、私だって働いている。
人のお金で呑んでも、美味しいとは思えない。
むしろ、奢られてるんだって思うと自分の食べたいものも選べないし、気を使って疲れるだけ。
世の女性たちが、奢られて嬉しいっていうのが信じられない。
この感じだと、武人さんも割り勘反対派みたいだなぁ。
当然ながら、徹もかな?
あ、それならそれを理由に断ることもできるかも?
「悩んでるってことは、そこさえ納得できれば来るんだよな?お前らの分は支払い別にしてもらうから、二人で払えばいいだろ?それなら来るんだよな?」
あっけにとられている私達を無視して、次の店いくぞ、なんて笑いながら立ち上がる徹。
シマッタ……
連れて行かれた店は、小さな居酒屋。
カウンターにテーブル席が4つ。
壁にはメニュー札がズラリ、と並んでいる。
お客さんは、カウンターにチラホラ、テーブルが2つ埋まっている。
金曜日だっていうのに、空いてるなぁ。
「まぁ、この時間ならみんな2件目3件目って時間だからねぇ」
私の視線に気づいた武人さんが笑う。
確かに。
「でも、俺らは腹減ってんだ。ここ、旨いよ?食べられそうなら由夏ちゃんも何かつまみな。」
ニッカリと笑ってくれる。
ああ、武人さんいい人だなぁ。
「ビール、5つ」
席に座る前に徹がビールを頼んだ。
5つ?
愛衣と私と武人さんに、徹。
4人ですけど?
顔を見合わせた私達を気にすることも無く、武人さんはメニューを広げた。
「二人とも、嫌いなモンとかある?」
「私は別に。あ、でも二人とも辛いもの苦手です。」
そうなんだぁ、と笑いながら、あれもこれもと注文する武人さん。徹は横で黙って呑み始めている。
おい、乾杯とかしないわけ?
何てヤツ、と睨んでみたけど効果なんて有るわけなくって、
武人さんの注文が終わるころには、徹は1杯目のビールを呑み終わっていた。
「お、ちょうどよかったな!」
「遅せぇんだよ。」
「まぁまぁ。じゃ、とりあえず乾杯。今更だけど、お疲れ様っした~」
慌ててジョッキをあわせれば徹も武人さんも一瞬で呑み終わった。
ああ、やっぱり。。
店員さんも慣れているのか、乾杯が終わったころに新しいビールが4つ運ばれてきた。
私達は、呑み終わってないのに、なぜ4つ?
もしかして、同類だと思われてる?
まだ半分にも届かないジョッキをみれば武人さんと徹が笑う。
「あ、これ俺らの分ね。気にしないでゆっくり呑んでていいから」
言葉通りに、私達が呑み終わるよりも早くに彼らのビールは空になった。
二人で焼酎のボトルを入れたと思えば、料理が来るころには半分あるかどうか。
これは、割り勘するときは呑み放題のある店だなぁ~
クスリ、と笑えば思ったことがわかったのか武人さんがニッカリと笑う。
「ね?こんなんだから、むしろ女の子二人の呑み代なんて気にもならない!素直にオニイサンに甘えなさい」
う~ん……
確かに、そうかも。
でも、なぁ。
まぁ、武人さんならいいか!
愛衣も一緒だし、きっといいとこ見せたいよね。
「じゃ、今日はお言葉に甘えて。ごちそうになります。」
愛衣と二人で頭を下げれば武人さんは満足そう。
徹は、相変わらず無表情。
う~ん、図々しいとか思われたかな?
まぁいいけどね。
出てきた料理は、どれもすごく美味しかった。
さっきのお店で、お腹はいっぱいだったはずなのに
武人さんに勧められるままに料理に手を出せば、とまらない。
普段はそんなに食べない愛衣、あれもこれもと手を出してる。
いつも同じ店にばっかり行ってしまう私達には新しいお店、新しい味は新鮮だ。
こないだのお店も、武人さんのお勧めって言ってたなぁ。
「武人さん、美味しいお店、いっぱい知ってるんですね」
すごいよねぇ、と愛衣も笑う。
「そりゃぁね、俺料理するのも好きだから、いろんな味をしりたいじゃん?
旨いもの作るには旨いもの喰わなくちゃ」
なるほど。
私が料理苦手なのは、旨いもの食べないからか。
一人で納得していれば徹が笑う。
「お前が料理下手なのは不器用で、やる気がないからだろ?」
なんで、考えてることわかった?
今の私が料理できるかどうかなんて知らない癖に。
でも、当たってる。
「なに?由夏ちゃん料理苦手?」
「はぁ、まぁ」
愛衣と二人、顔を見合わせて笑えば、武人さんも笑う。
「愛衣ちゃんも?
じゃ、今度教えてあげる。俺、なんでも作れるよ?」
嬉しそうにニコニコと笑う。
よく、笑う人だなぁ。
その笑顔をみる愛衣が嬉しそう。
いいなぁ、なんか。
「じゃ、明日俺の家で料理教室ね!」
「は?」
なんだか幸せな気分で二人を見ていたら、急にとんでも発言。
ほら、愛衣もビックリしてるって。
あれ?大して驚いてない?
まんざらでもないようにクスクス笑っている。
ああ、そうなんだぁ。
いいなぁ。
いや、でもなんで私まで?
料理は嫌~
自慢じゃないが、人様に出せるようなものは作れない。
ご飯は、炊ける。
おかずだって、自分が食べる分なら、なんとか。
でも、美味しいとは思えない。
見た目だって悪いから、お弁当は基本冷食祭り。
徹はクツクツと楽しそうに笑いだした。
「じゃぁ、明日は武人の家で手料理つまみに、呑めるんだなぁ」
正樹達も呼んでやるかぁ、なんて言いながら携帯をいじり始めた。
こら、まて!
何を勝手に、と取り上げようとすればまたクツクツと笑いだす。
「いいのか?手伝ってやらねぇぞ?」
はい……
スミマセンでした……
明日の料理教室は、決定らしい。
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