第46話 やっと言えた


 共通の話題は見つかったけど……。

 今の事情もあるし、気軽に千夏さんの話できないよね。どうしようかと思っていたら武人さんがキッチンから戻ってきた。今日のメニューは。


「油淋鶏と野菜の揚げびたし、タコの酢味噌和え、ピクルス……」


 相変わらず、すごい。もう会社員なんて辞めて、お店開いたらいいのに。思ったことを素直に口に出したら、『趣味だからいいんだよ』と笑われた。まぁ、利益考えだしたらつまらないのかも。


「香さんは、料理出来る人?」


 愛衣がお皿を渡しながら聞けば、恥ずかしそうに笑った。あ、これ同じ匂いがする。


「全然ダメなんですよね~。食べるのは好きなんですけど、特別グルメでもないし、盛り付けとかのセンスもないし。自分の食べる分だけなら何とか作れるって感じ?会社でBBQとかあると、千夏と二人で火おこしとかに回るの」


「そうなんだぁ。一緒です。なんか親近感!嬉しい」


 離れた場所から冷たい視線が飛んでくるけど、気にしない。焦がしたとか、燃やしたとか、表面焦げてて中は生、とか料理の失敗談で盛り上がってしまった。


「女の子って、料理嫌いな子が多いのか?俺に縁のある子がそういう子ばっかりなのか?」


 一人ブツブツ呟いている武人さん。武人さんから見たら、考えられないように失敗なんだろう。愛衣、苦労するねぇ。



「武人~、お腹すいたぁ」


 間延びした声と同時に玄関が開く。いつも通りに、少しだけホッとした。

 勝手に入ってきた正樹さんは、香さんの顔を見て一瞬驚いていたけど、すぐににっこりと笑う。営業スマイルの正樹さんを、可愛いと思ったのは内緒にしておこう。


「こんにちは。何回か会っているんだけど、俺、わかる?」


「わかりますよ。千夏の彼氏さんですよね?お久しぶりです」


 こちらもにっこりとご挨拶。緊張感が走ったのは私だけだったのか、正樹さんはすぐにビールを出して場になじんだ。


「千夏と連絡とってます?」


 ああ、香さん。聞いちゃうんだ……。

 もっともっと、どんどん聞いて!


「ラインは毎日するし、残業なければ電話もする。来なくていいって言われているんだけど、週末は必ず顔見に行くよ。今日も千夏の所からの帰り」


 当たり前のように話す正樹さんに、私は言葉がでなかった。だって、千夏さんは『来なくていいって言った』って。


「元気だったよ。休み入る前よりずっと。由夏ちゃんのこと気にしてた」


「そう、なんだ」


「だいぶ落ち着いたから、予定より少し早く帰ってこれるみたい。疲れたから1週間ぐらいは家でゆっくりするって」


「良かった……」


 本当に、良かった。あんなに大切にしている関係が壊れてしまわなくて。


 陽が落ちた頃、先に帰ると言った香さんを修さんが送っていった。邪魔をしないように、充分時間をずらして、徹と正樹さんと一緒に駅に向かう。


「修が、香ちゃんと付き合うのかぁ。なんか、変な感じ」


「変、ですか?」


「ん~、俺はほとんど話したことないんだけど、時々千夏から話は聞くんだよね。面白い子みたいなんだけどさぁ。なんか、話だけ聞いてた子が、修と。変な感じ。別に悪い意味じゃないんだけどさ」


 うん。彼女の友達と、自分の友達が付き合うって『変な感じ』なのかも。でも、それよりも。


「千夏さん、実家落ち着いて良かったですね」


「……落ち着いたというか、落ち着かせた?」


「ん?」


「俺も仕事休んで、千夏の実家に1週間居座ったの。俺は介護とか家事とか苦手だから、ヘルパーとか家政婦とかフル活用。今の病院通いながらでも行けるリハビリ施設の事調べたり、役所の相談窓口行って介護保険とかシルバー人材センターとかの金額調べて、何とかなりそうなところに依頼して。千夏がいなくても問題ないって所まで持っていった。ちょっと嫌がられたけどね」


 カラカラと笑う姿がいつも以上にたくましい。いくら娘の彼氏とは言え、家の事情に首を突っ込まれるのは相当に嫌だろう。それを、そこまでさせてもらったのは正樹さんの熱意のたまもの?


「それでもダメなら俺も引っ越そうと思ってたから、ついでに部屋とか見に行っちゃった。向こうは、家賃安かったよぉ」


「……は?」


「そういうヤツなんだよ、こいつは」


 それまで無言を貫いていた徹が、クツクツと笑う。いや、千夏さんの実家、新幹線で3時間近くかかるって言ってませんでした?


「うちの会社は交通費でるからね。ちょっと遠いけど、2時間以上かけて通勤している人もいるから、俺も出来ると思うんだよね、千夏は、実家近くで仕事探せばいいし」


「はぁ」


 『決めたら教えて』の言葉は、千夏さんが決めた場所で一緒に暮らすと言う事? 『千夏以外に興味ねぇぞ』徹の言葉の意味が、少しわかった。


「さすがに仕事は変えたくないから、新幹線使うとはいえ通勤でも出来る範囲で良かったって言ったら、千夏が両親から『帰れ』って言われたみたい」


 まぁ、そうでしょうね……。なんというか、さすが、正樹さん。

 言葉もなく歩いていると、急に正樹さんに背中を叩かれた。すごい音した。痛いです。


「ごめんごめん、でも、俺じゃないよ。千夏から伝言。意味わかる?」


「はぁ。なんとなく」


 ここで、それですか……。

 わかってくれて良かったと笑う正樹さんに、千夏さんが重なる。ご心配おかけしております。


「じゃぁね~、おやすみ」


「ああ」


「おやすみなさい」


 沿線の違う正樹さんは、私達とは別の改札へ。遠くから帰ってきてそのまま来たんだろうに、最後まで元気だった。


「徹、正樹さんが千夏さんの実家に引越すかもしれないって、知っていたの?」


「いや。別れることはないだろうとは思っていたけどな」


 絶対の信頼ですね。なんだかなぁ。


「遠距離、でも?」


「自分が遠距離で壊れたからって、他の奴も一緒だと思うなよ」


 睨まれた。いや、そんなつもりはないんですけどね。遠距離になったからって会わなくなった私達の絆は、弱かった。会わなくても寂しくない、会えない週末にホッとする、そりゃ駄目にもなるわ。

 って、一年以上前に終わった恋愛、今更反省なんてしたくないです。


 今反省したいのは、一歩を踏み出せない事。

 『徹に聞いてみれば、どうなりたいのか』千夏さんの言葉が頭を回る。正樹さんに叩かれた背中が痛い。千夏さん、伝言受け取りました。


「ねぇ、徹。家まで送ってくれなくっても、いい」


「あ?」


 一年前と同じ言葉に、徹が不満そうな顔をして舌打ちまでしている。いや、怖いから。せっかくの決心の壊れるわ。


 心臓がうるさい。口の中が渇く。

 それでも、言わなくちゃ。ちゃんと、伝えなくちゃ。先を続けられない私に、不服そうな顔をしながらも黙って待っていてくれる。ああ、そうだ。徹はいつも私の答えを待ってくれていた。

 そう思ったら、やっと言葉が出てきた。


「今日、徹の家に帰りたい」


「あ?」


「だから、徹の家に帰りたい。一緒に」


「……」


 困惑したような徹の顔。また、困らせちゃったかな。


「あれから時間もたってるのに、今さらだったよね。ごめん、忘れて」


 わたわたと取り繕う。千夏さんごめん。私ここまでで精一杯です。

 帰ろう、と言って先を歩こうとしたら、徹に腕を掴まれた。


「いいのか?」


 熱を帯びた瞳が、真直ぐに私を見る。やっぱり、綺麗な顔している。その顔を見ると、とたんに自信が無くなる。


「私なんかじゃ、徹にはつりあわないんだけど。それでも、やっぱり徹と一緒にいたい。徹に、兄貴としても男としても、側にいてほしい、と、思う」


 徹のように、真直ぐに見つめることはできない。うつむいたままでしか告げられない、私の望み。一年たって、今が一人で立っているのか、隣に並ぶ自信があるのかと問われたら、否だろう。それでも、側にいたいと思う気持ちを、徹に知って欲しい。


「俺の家なら、タクシーの方が早い」


 行くぞ、と腕を掴まれて駅前のタクシー乗り場へと連れて行かれる。いや、別に急いではいないです。

 でも、顔が熱い、きっと今真っ赤な顔している。この顔で、電車はきつい。

 良かったかも、なんて思いながら小走りに徹の後をついて行く。



 目が覚めると、紅い光が部屋に広がっている。隣には、まだぐっすりと眠る徹。


 なんか、体中痛い。

 昨夜は『もうムリ』と何度訴えても離してもらえず、徹が満足した頃には外は明るくなっていた。ぐったりとする私に『悪かった』と謝った徹に『お前はいくつだ?』と心の中で突っ込んだが、喋ることもできずにそのまま眠ってしまった。

 この部屋で目を覚ますのは、3回目。今回が、一番恥ずかしいかも。逃げてしまいたい、と思ったけど、私に巻き付いている腕がそうはさせてくれない。


 このまま、もう少し眠ろう。

 次に目が覚めるときには、きっと徹が起きている。愛衣の選んだ私の好きなキャラクターのマグカップで一緒にコーヒーを飲もう。

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幼なじみ 麗華 @kateisaienn

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