第四章・その1

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「それで、どうしてあんなことできたのよ!?」


 勇者同盟の集会所に戻って、とりあえず大崎の光さんが行方不明だってことと、明さんのカスタム勇者剣を勝手に使いましたごめんなさいってことと、かつて魔界大戦で倒されたはずのマイヤードが、たぶんゾンビ状態で復活してますやばいですよってことを渋谷先生に話した俺が帰り支度をはじめたら、聖菜がさっきのつづきを訊いてきた。しかも詰問口調である。


「あのな、もう夜も遅いし、明日の学校もあるし、そういうのって、べつの日にしてくれないか?」


 正直、俺もぶっ倒れてぐっすり寝たい気分だった。聖菜はわかってくれなかったが。


「あのね、訊きたいことは山ほどあるのよ。どうして、マイヤードと互角レベルで戦えたの? というか、マイヤードって何者? あ、それから、その前に、どうして『大崎』の皆さんと平気で戦えたの? その実力、どういう練習で習得したの? そんな実力を持っていて、どうして妖魔を滅ぼしもしないで――ああいうの、昼行燈って言ったかしら? そんなことやってるのよ。あと、あのとき、乱世龍って言ってたわね。あれってなんなのよ?」


 こういうときは、やっぱり聖菜も女子だな。俺はあきれた。こんなまくしたてられて、どの質問から返事をしろっていうんだ。


「あのな」


「私も不思議に思ったことがあるぞ!」


 そんないろいろいっぺんに言われても――と俺が言おうと思ったところを、今度はユーファが話しかけてきた。


「あの魔族、私が魔王の娘だといっても信用してくださいませんでした。私の言うことも聞いてくれませんでした。なぜなのでしょう?」


「信用できるような内容じゃないからだろ」


 こっちの質問に返事をしていたほうが、どうも都合がよさそうだ。俺は聖菜から視線をそらして、ユーファのほうをむいた。


「ユーファにとっては、魔王の娘だってことは普通の話かもしれない。でも、ほかの人間――とか、魔族はそうじゃないんだ。そういうことを言ってきたら、大抵は大嘘だって思いこむ。特に、マイヤードは前の魔界大戦で倒されてるからな。その時、まだユーファは生まれてなかっただろ? だから、魔王に娘がいるなんてこと自体が理解できないんだ」


「ほほー、そうだったのであるか」


 ユーファが感心したようにうなずいた。それで殺されかけたってことはどうでもいいらしい。俺も、ユーファがどういう性格なのか、だんだん飲みこめてきた。


 要するに、平和ボケしていて天然なのだ。お姫様育ちが関係してるんだろうか。


「私の質問に無視するんじゃないわよ」


 考えてたら聖菜が突っかかってきた。やっぱり逃げられないらしい。


「ユーファの質問だけじゃなくて、私の質問にも答えなさいよ」


「わかったよ」


 もう、しょうがないから、俺も質疑応答――じゃなくて、ほとんど尋問状態の聖菜に対応することにした。


「ただ、もう帰りたいから、集会所をでるまでの間、歩きながらだぞ」


 言って俺は背をむけた。そのまま玄関まで歩きだす。


「それでもいいわ。だから答えなさいよ」


「まず、どの質問からだ? 悪いけど、もう一回質問してくれ。それと、訊くことは一個ずつな」


 あんなに一度に言われたら、答えられるものにも答えられない。俺の注文に、速足で横を歩きながら、聖菜が少し考えた。


「えーとね。だから、なんであなたはマイヤードと互角に戦えたのよ!?」


「それだけの実力があったからだ」


「じゃ、どこで、その実力を身に着けたのよ!?」


「場所なんてどこでもいい。がんばって修行すれば、実力はつくもんだ。だから『大崎』の人たちとも戦えたんだ。変なことは言ってないだろ」


「――それは、まあ、そうだけど」


 俺の返事に聖菜が少し沈黙した。こりゃ静かでありがたいと思っていたら、直後に聖菜の表情が変わった。


「そうじゃなかった。あなた、どうしてマイヤードなんて知ってるの!? あんなの、記録映像で見たことなんて、少なくても私は一回もないわよ!」


「集会所の記録映像だけじゃなくて、昔からの文献を確認してみな。たぶん、俺もそこで見たのを、なんとなく覚えていたんだと思う」


「――あ、そうなの?」


 これで聖菜も納得した。文献は山ほど残っているから、確認するには時間がかかる。この辺は、これで誤魔化しがきくはずである。次はなんだったかな。


「ああ、そうだ。乱世龍って言ってたわね」


 まずい。それがあったか。頭のなかで頭をかかえる俺を聖菜が凝視した。


「何よ、あの技? あんなのあるって、私、トレーニング場で聞いたことなんかなかったわよ」


「ああ、あれはなあ」


 俺はちょっと考えた。


「『青山』の一族に伝わる技だ。ほかの一族にはないオリジナルだよ。だから聖菜は知らないんだ」


 この言い訳は苦しかったかな。ちらっと横目で見ると、聖菜は難しそうな顔をしていた。


「――まあ、そういうのは、あっても仕方がないかもね」


 少ししてうなずく。たぶん、中野の一族にも似たようなのがあるんだろう。だから、俺の言い訳が嘘だと見抜けないのだ。


「とりあえず、さっきの質問には全部答えたかな」


 玄関まで行って、俺は靴を履き替えながら聖菜とユーファを見た。聖菜は眉をひそめていて、ユーファは笑顔である。


「じゃ、今日はこの辺で。また明日な」


「おう、さらばだぞ恭一」


「ちょちょっと待ちなさいよ!」


 ユーファが笑顔で手を振り、あわてた聖菜が声をかけてきた。


「私、まだ聞きたいことが山ほど」


「集会所をでるまでの間って約束だったはずだ」


「約束なんかしてないわよ! あなたが勝手に言っただけじゃない!」


「じゃ、山ほどある聞きたいことってなんだ?」


 俺は聖奈のほうをむいた。真顔で目を見据える。聖菜が、少しだけ詰まったような表情になった。


「――それは――」


「ないんだったら、また明日な。聞きたいことは文章にまとめて提出してくれ。そうしたら、俺もちゃんと答えられる」


 とはいえ、もう聖菜が質問してくることはないだろう。基本的に、俺は筋の通ることを言ったはずだ。まあ、調べたら何もかも大嘘だってすぐ判明するんだが。


「じゃあな」


 納得のいかない顔をしている聖奈に手を振り、俺は背中をむけた。

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