第一章・その6
一〇分後、俺は取調室で、しばらく前に保護した魔王軍の美少女と相対することになった。右側の壁には鏡。もちろんマジックミラーである。そのむこうでは、渋谷先生をはじめ、俺も顔を見たことのない、勇者同盟のトップが俺たちを凝視しているに違いない。
「さっきはありがとう」
そのことに気づいているのかいないのかは不明だが、俺の目の前に座った魔王軍の娘が笑顔で言ってきた。外見は北欧系の白人美少女と同じ。日本語が通じるのは、さっきの戦闘でわかっている。接触したときの感覚からして、魔王軍なのも確定的だ。
わからないのは、何を企んでいるのか、だった。
「まあ、あのときは、俺も仕事だったし、流れで、つい、って感じだったし」
一応は社交儀礼で返事をした俺に、魔王軍の娘が興味深そうな視線をむけてきた。半分笑顔である。
「私の名前はユーファって言うの。それで、えーと」
「青山恭一です」
礼儀正しいな。英語で言う、マイネームイズナントカカントカ。アンデュー? の自己紹介作法である。とりあえず名乗った俺に、ユーファ――本名かどうかは知らないが、いまは信用するしかない――が嬉しそうにした。
「あなた、青山の一族だったのね。これからは仲良くしましょう」
「は?」
魔王軍の残党からでるとは思えない申し出だった。お互い、手と手をとって未来を築くというのはよく聞く言葉だが、まだ、俺たち勇者同盟と魔王軍の残党は、そのレベルまで行っていない。
「あのー、一応、こっちからいろいろ聞いていいかな?」
この場でいきなり襲いかかってくる気配はない。控えめに質問したら、ユーファがうなずいた。
「答えられることなら、なんでも答えるわ」
「そりゃどうも。じゃ、基本中の基本の確認をするけど、君は魔王軍の残党なんだよな?」
「違うわ」
「あそ。じゃ、次の質問。――はあ!?」
最初の最初でいきなり否定された。なんでだ? あのとき俺が接触した、あの感じは、シミュレーションで何度も経験した魔王軍のものと同じだったはずだ。それが違うのか? 俺はユーファを見つめた。とぼけているようには見えない。表情は協力的だ。わけがわからないまま、俺は次の質問をした。
「魔王軍じゃないなら、君はなんなんだ?」
「魔王族」
「あ、そういうことか」
ひょっとして、過去に魔王軍が人間の女性に乱暴して、それで生まれた混血なのかと、ちょっと心配していたんだが、正反対だった。純粋中の純粋の、魔王の血族だったらしい。それなら、あの感覚も納得がいく。
で、気がついたら、俺は椅子から滑り落ちていた。
「なんだとお!?」
「何よ、いきなり大きな声をだして」
立ちあがりながら言ったら、ユーファが驚いたみたいに俺を見つめた。――これは、あれだ。名門貴族の家柄で、自分がどんな立場で、どんなすごいことやってるのかわからないお嬢様の天然フェイスである。蝶よ花よと育てられ、なんて言葉を聞いた記憶がある。それか。
「なるほど、わかった。まあ、聞いておいて信用しないのもおかしいから、そういうことだって前提で話を進めるから」
俺は椅子に座り直しながらユーファに話しかけた。ちらっと壁際の鏡に目をやる。たぶん、マジックミラーのむこうでも、誰かが椅子から滑り落ちているところだろう。
「それで、君は魔王族の、どの辺の立場なんだ? 高い地位の貴族かな?」
「直系。パパが魔王」
「ふうん、そりゃすごいな」
返事をしてから、あわてて俺は目の前の机に両手でしがみついた。そうしなかったら、今度は椅子から転がり落ちていたかもしれない。魔王の娘だと!?
「あのな」
少ししてから、俺は口を開いた。
「いまの話が本当だって証拠はあるかな?」
ユーファが少し考えた。
「ないわ。なんにも」
「あ、そう。じゃ、まあ、それでいい」
俺は考えた。水戸黄門じゃあるまいし、魔王の娘が普段から身分証明賞を持っていないというのは、あって当然のことかもしれない。しかし、常識で考えて、魔王の娘が大人しく勇者同盟の集会所に連行されるか? まあ、話半分に聞くとしよう。
「それで、その魔王の娘の君が、なんで、ほかの魔王軍の残党らしいのとイザコザを起こしてたんだ?」
「私が勇者になるって言ったら、みんな反対して、私が家出したら、パパの部下が追いかけてきたのよ」
よくわからないことを言いだした。
「勇者になるって、どういうことだ?」
「だから、その通りの意味よ。私のパパ、昔は魔王軍の大ボスですごかったらって聞いてるんだけど、その魔王軍も勇者に負けて、いま、パパって、形だけは魔王やってるけど、そんなに権力もないし。魔王軍の残党がやってきて、また再興しましょうなんて言ってるけど、勇者同盟との盟約で、なんにもできないなんて言ってさ。えーっとね」
ユーファが小首をかしげた。
「あ、隠居ジジイだ。ああいうのって、日本語で、そう言うんでしょ?」
「現場を見てないからノーコメント」
返事をしながら、俺は考えた。――魔王の娘って言う話は、どうやら信用してもいいらしい。魔王を隠居ジジイなんて言えるのは、魔王の娘か息子くらいのものだろう。ほかの連中なら口が裂けてもそんな暴言を吐けないはずだ。
「で、勇者になりたいのか?」
「うん」
ユーファがうなずいた。
「だって、勇者ってパパより強いんでしょ? それに、私だって自由に行動したいし。城にいたら、姫様らしくなさってくださいって、家庭教師がうるさくて」
「ふうん、そりゃ大変だな」
「で、もう我慢できないから、私は勇者になるって言って、こっちにきたのよ。それで、あなたに会ったってわけ」
「そうか。勇者に会えてよかったな」
俺はよかったんだか悪かったんだか、まるで見当がつかないが。ユーファが興味深そうに俺を見つめてきた。
「ねえ、私って、勇者になれるわよね」
「そりゃ、努力次第なんじゃないか?」
マジックミラーをちらっと見ながら俺は返事をした。
「勇者ってのは血筋がすべてじゃない。普通の人間からでも、突然変異的に退魔能力に目覚めて、同盟に入ったって例が過去にあったはずだ」
「そうなんだ」
ユーファが嬉しそうにした。
「じゃ、私、がんばるわね」
「そうしてくれ。それから、魔王の娘ってことは、ここだけの秘密にしておくべきだな」
「え、どうして?」
「それだけで、むやみに疑ってかかる奴がいるかもしれないからだ」
あたりまえの忠告をしたつもりだったんだが、ユーファは眉をひそめた。
「親は親でしょう? 私は関係ないわ」
「俺もそう思うけど、わからず屋ってのはどこにでもいる。それと、最後の質問だ。なんで俺に会いたがったんだ? あのとき、もうひとり、女の子がいただろう。あの娘の勇者だったんだけど」
「それは、あなたが、私たちを滅ぼそうとしなかったからよ」
言われてみれば納得の返事だった。
「もうひとりの、女の子のほうは、問答無用に斬りかかってきたじゃない? あ、これは話が通じないなって思ったから」
「なるほどな」
俺はマジックミラーのほうをむいた。
「だそうですよ」
『ありがとう。もういいわ』
スピーカー越しに渋谷先生の声が聞こえた。もう隠れて話を聞く気もなくなったらしい。
「悪いけど、もう夜も遅いし、俺は帰るから」
ユーファとマジックミラーの両方に言い、俺は立ちあがった。ユーファが笑顔になる。
「じゃ、また明日ね」
「また明日」
どうせ明日なんてないだろうと思いながらも、俺は社交儀礼で返事をしておいた。
それが間違いだと気づいたのは、まさしく明日になってからだった。
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