終章

『それにしても災難だったな』


「まったくだ。それで、マイヤードの身体なんだけど、下手したらそっちにひきとってもらうってことになると思う。もしそうなったら、そのときは頼むから」


『承った』


「それからユーファなんだけど」


『それはそちらで頼む』


「そうか。――は?」


 勢いで返事をしてから、俺は持っていたスマホを見つめなおした。


「もしもし。本当にそれでいいのか?」


『娘が望んだことだ。それに儂は、もう何もできん。お主に弟子入りをしたというのも、何かの縁かもしれんしな』


「ユーファはまだ未成年だろう。親として、きちんと面倒を見るのが義務じゃないか?」


『今後一切、何もしないという約束を交わして、儂は殺されずに済んだのだ。約束させたのは誰だったかな』


 少しの間だけ、俺は黙った。


「約束させたのは、初代の六大勇者だったはずだ。俺は無関係だと思うんだけど」


『では、なぜこの連絡先を知っている?』


「勇者同盟の資料にあったんだよ」


『ふむ、そうだったか。それにしては、この五〇年ほど、何も電話はこなかったがな。不思議なこともあるものだ』


「そういうこともあるんじゃないか。五〇年前なんて、俺は生まれてない。どうして電話がこなかったのかなんて、俺にも説明できないよ」


『できるだろう?』


 電話のむこうで、軽く笑い声が上がった気がした。もう完全に見抜かれてるな。まあいいか。


『大体、勇者同盟の下っ端などと言っていたが、そんな人間が、おいそれと、この電話をかけられるとも思えん』


「俺は変わり者なんでな。それから、今回の騒ぎで、ユーファの命令を聞いてマイヤードにケルベロスをけしかけたヘルマスターもいた。あれは」


『儂は何もせんよ』


「それは構わないけど、ほかの魔王軍の残党と揉めるようなことがあったら、そのときは仲裁に入ってやってくれ。放任するのと見捨てるのは違う」


『心得た』


「じゃ、とりあえず、そういうことで。済まないけど、ちょっと切るぞ」


 部屋の外の気配を感じた俺はスマホを切った。三秒ほどしてから扉が開く。聖奈とユーファだった。


「それにしてもすごかったなー恭一!」


「あれ、誰かにメールでもしてたの?」


 ユーファが言い、聖菜が訊いてきた。


「まあ、ちょっとな。ユーファの保護者に電話を」


「――何を言ってるのあなたは?」


 俺の返事に、聖菜があきれたような顔をした。


「ユーファの保護者って、要するに魔王じゃない。まだ生きてるって、そりゃ、知ってるけど、どうやったら電話なんかできるのよ。馬鹿なこと言ってないで、どこに連絡していたのか言いなさい?」


「実は個人情報なんで」


「――あ、そう」


 こっちの言い訳は、あっさり信用する聖菜だった。


「じゃ、仕方ないわね。ただ、それはいいけど、馬鹿な嘘をついて誤魔化そうとするのはやめなさい。それから、乱世龍っていう技なんだけど」


「恭一、私、勇者同盟で、ちゃんとした勇者の見習いとして認められたのだぞ!」


 聖菜の言葉をさえぎって言ったのはユーファだった。


「ほら、私、恭一が魔将軍と戦っているとき、手助けをしたではありませんか。そのことが認められて、私がスパイでもなんでもなくて、勇者としてがんばろうとしていることが信用されたみたいなのです。もう仮免許ではなくて、正式な見習いなのです」


「それはよかったな」


 仮免許じゃなくて、正式な見習いというのもおかしな話だが、とりあえずユーファが喜んでいるので、俺も相槌を打っておいた。


「それはいいけど、乱世龍ってどういうこと?」


 つづけて聖菜が訊いてきた。


「私も調べたわよ。初代の六大勇者が使っていた必殺技だそうね。ただ、いまは、その技の後継者はひとりもいないって。失伝になっていたって。それを、どうしてあなたが使えるの?」


「俺の一家には、ありがたいことに、まだ技の使い方が残っていたんだ」


 適当なことを言ったら、あらためて聖菜が眉をひそめた。


「だったら、どうしてそれを勇者同盟に報告しなかったの!? 六大勇者の偉大な技を復元できたはずなのに!」


「いや、実を言うとな。これが乱世龍だ、という教えは残ってたんだけど、本当にそれが六大勇者の使っていた乱世龍と同じものなのか? なんて保証はなくてさ。下手すると、まったく違う偽物の可能性だってある。だから俺、おっかなくて上に申告できなかったんだ」


「あーもしもしパパ?」


 言い訳する俺と、怒りの表情で話を聞く聖菜の横で、ユーファがスマホで会話をはじめた。


「あのね、私、勇者同盟で認められたから。もう少し、こっちにいるから。ただ、定期的に、パパと連絡して、心配させないようにしなさいって言われたから、それで電話したのですよ、うんうん」


 ユーファが言いながら、ちらっとこっちを見た。日本語で話してる。ということは、俺たちにも理解できるようにものを言っているということだろう。


 俺と聖菜は顔を見合わせた。


「それでね。どうして私が勇者同盟に認められたと思う? 実は私、過去の魔王軍の魔将軍が復活してたんだけど、それを封印したんだよ」


「――え? 何を言ってるの? それは恭一が」


 反論しかけた聖菜をユーファが手で制し、俺を見ながら話をつづけた。


「それで、私の師匠の勇者の青山恭一って人も、それを見てたんだ。私の活躍がすごかったって褒めてくれて。いま、変わるからね」


 あ、そういうことか。自分の手柄にするとは、なかなかに魔族らしいところもある。仕方がない、話を合わせようと思っていた俺の前で、ユーファが急に表情を変えた。ビビった顔つきでスマホを握りしめる。


「え、待ってよ。私、嘘なんかついてないよ。マイヤードは、本当に私が――そりゃ、乱世龍なんて使えないけど、それは恭一が」


 あー、むこうさんも言ってきたか。変に自分を大きく見せようとすると大失敗するという、いい見本だな。俺は苦笑しながら椅子から立ち上がった。


「さ、今日も見まわりに」


「ちょっと待って」


 そのまま行こうとした俺の腕をユーファがつかんだ。振り返ると、ユーファがスマホを顔に当てながら、青い顔で俺を見ている。


「え、本当に? なんで恭一がパパのところに電話してきたの!?」


 ぶ! あのジジイ、それ言いやがったか。そういえば口止めしてなかったっけ。気がつくと、その話を横で聞いていた聖菜が俺をにらんでいた。


「――あなた、何者なの?」


 聖菜が冷えた声で質問してきた。


「失伝したはずの、六大勇者の必殺技を使えて、しかも、魔王に電話したですって? どういうことなのか、答えなさいよ」


「そうなのであるぞ。恭一は、ただの勇者ではあるまいぞよ」


 これはユーファだった。よっぽど驚いたのか。また言葉遣いがおかしくなっている。


「ままままあ、いいじゃないか」


 俺は背中をむけた。


「さてと、今日も見まわりに出発だ」


「恭一ー! 私のフォローを頼むのであるー!!」


「ちょっと待ちなさいよ! 私には山ほど聞きたいことが」


「じゃー行くぞー!!」


 俺の腕をつかんでいるユーファの手を振り払い、聖菜の制止の声を無視した俺は、全速力で勇者同盟の集会所を飛びだしたのであった。

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魔王の娘は努力次第で勇者になれますか? 渡邊裕多郎 @yutarowatanabe

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