第五章・その5
「恭一!」
俺は愕然と横をむいた。聖菜が立っている。馬鹿、なんできた!?
「いい? あなたには、聞きたいことが山ほど――」
「伏せろ!!」
とにかく叫びながら俺は駆けた。聖菜の前に立つ。
「地走震!」
俺が聖菜を抱きかかえ、マイヤードのほうをむくと同時に、マイヤードが怒号するみたいな調子で技名を叫んだ。次の瞬間、どん! という衝撃が地面から走ってくる。――一瞬で、五〇センチくらいは地面が隆起したはずだ。その後、しばらくグラグラと地面が揺れたが、黙って待っていたら静かになった。
「なるほどな。こういう技か」
俺は抱きかかえていた聖菜を地面に置いた。何が起こったのか理解できないらしく、聖菜が呆然と俺を見ている。
「急激に地面を変形させる。普通なら衝撃を吸収しきれなくて、膝が砕けてましたよ。それで相手を行動不能にするってわけですね。――それにしても、局所的に地震を起こせるんですか。こりゃとんでもない相手だな」
「あ、あの、恭一?」
「おとなしくしてろって、勇者同盟で言われなかったのかよ」
俺は聖菜に言ってから背をむけた。さー困った! マイヤードが聖菜を勇者同盟まで返してくれたから、人質の件はクリアできたはずなのに。聖菜のほうからやってくるとは。考える俺を見ながら、マイヤードが不思議そうにする。
「確かにそういう技だ。地面に足をつけているものなら、すべてが瞬時に粉砕される。しかし、貴様は違った。なぜだ?」
「事前に、いろいろ聞かされていたもんで。実際に経験するのははじめてでしたけど」
「ふむ、さっきも言っていたな。勇者同盟の記録という奴か。人間は本当にあなどれん」
言い、マイヤードが視線を変えた。俺じゃなくて聖菜を見たんだと思う。
「ところで、先程、我は人質になっていた娘を帰した。礼儀は尽くしたはず。異論はあるか?」
「いえべつに」
「では、我は筋を通したことになる。これ以降は、この場の状況を利用して戦わせてもらうとしよう。卑怯とは言うまいな?」
「言ったってやめてくれるわけでもないでしょ?」
俺は、マイヤードの視線から、聖菜が見えなくなるように立ちながら勇者剣をかまえた。これで、もうフットワークは使えない。絶対的勝利を確信したのか、そのままずかずかとマイヤードが近づいてくる。
「まずは一発」
すうっと、音もなくマイヤードが右手をあげた。勇者剣をかまえる俺に降りおろしてくる。もちろん俺も防御したが、それでも衝撃は殺しきれなかった。力負けして横に吹き飛ばされる。地面をゴロゴロと転がった俺が顔を上げると、マイヤードとの距離は五メートルも離れていた。
「ふむ、これでも死なぬか。大したものだな」
「それはこっちのセリフですよ。どうしたら死んでくれるのか見当がつきませんね」
立ち上がりながらマイヤードに言うと、マイヤードが口をあけてからからと笑った。
「まだ勝つ気でいるか。恐れを知らぬのか、知っていて、それでもなお希望を捨てぬのか。どちらだ?」
「あいにくと、自分でも自分のことがよくわかりません。あなたも自分のことが見えてないようですけどね」
「なんだと?」
「あとで鏡でものぞいてみてください」
マイヤードの、割れた兜の奥から見える顔は骸骨状態だった。一度は殺されたものが復活しているわけだからな。それにしても、絶体絶命だな。俺はいいとして、聖菜はなんとか助けないと。どうすればいい? 考える俺の視界の隅で、白い霧が不自然に揺らめいた。
「――?」
忘却の時刻が歪んでいる。次の瞬間、霧をかきわけて現れた姿があった。
「あ、いたいた。恭一!」
声をかけたのはユーファだった! 聖菜につづいて、こっちまで! ユーファの声に、マイヤードも顔をむける。ユーファがマイヤードを見て、ぎょっという表情をした。
「うわードクロ。不死者だったんだ」
「なんだ小娘? 何を言っている?」
「あ、気づいてないんだ。まあいいや。恭一、私も手伝うから!」
「馬鹿、何を言って――」
「ふむ」
マイヤードがユーファを見ながら、少し考えるような首を傾げた。
「つまり貴様は、この勇者の仲間として、我と敵対する気なのだな?」
「だって私、勇者になるって決めたから」
「ふざけたことを。魔族の質も落ちたものだ」
マイヤードが右手をユーファにむけた。
「本気で勇者になるというのなら、そのまま人間として、天国にでも行くがよい」
マイヤードの右手から、赤い光が生まれはじめた。やばい! あれ食らったら、骨も残さずに蒸発しちまうぞ!!
「貴様は動くな」
マイヤードが左手も上げた。こちらは聖菜にむけられている。
「下手に動けば、貴様の女も消えてなくなるぞ」
「聖菜は仕事上のパートナーってだけですよ」
「どちらにしても、人質としては有効だ」
くそ、どうする? なすすべもなく力任せに勇者剣を握る俺の視界の隅で、さらに、白い霧がほころびを見せた。今度はなんだ? 俺が考えるよりも早く、そこから異形の獣が現れる。それが一気にマイヤードの背中へ飛びかかっていった!
「な! なんだ貴様は!?」
マイヤードに飛びかかったのはケルベロスのエリザベスだった。さすがに予想外の展開だったらしく、マイヤードが構えを解く。ドクロ姿のマイヤードがうまそうに見えるのか、エリザベスはマイヤードの首筋に噛みついて離れない。
「申し訳ありません、魔将軍様」
震える声で言ったのは、ケルベロスのあとから姿を現したヘルマスターだった。
「私、さっき、ユーファ様に命令されて。それで逆らえなくて、仕方なく」
「離せ馬鹿者が!!」
「恭一、いまよ!!」
ユーファの声を聞くよりも早く、俺は走りだしていた。持っていた勇者剣にありったけの魔力をこめる。俺の接近に気づいたマイヤードが右手を振るが、俺は間一髪で避けていた。そのまま、マイヤードの胸にあいている穴に、勇者剣を打ち込む。
「がはあ!」
マイヤードが、口から黒い煙のようなものを噴き上げた。腐敗した血液だったのだろうか。そのまま何度か痙攣し、ものも言わず、ゆっくりとあおむけに倒れこむ。
そのまま、動かなくなった。俺も勇者剣から手を離す。
「恭一、その人って――」
「人じゃなくて魔将軍だ」
俺は背後から声をかけてきた聖菜に返事をした。
「でも、あの、それ、死んだんじゃ」
「たぶんな。でも、この勇者剣を引き抜いたら復活すると思う。触るなよ」
俺は自分のポケットに手を突っこんだ。スマホをだしたら割れている。まあ、あの騒ぎだから当然だな。
「聖菜、悪いけど、勇者同盟に連絡してくれ。魔将軍マイヤードを封印したけど、俺たちじゃ運べないから、護送車の手配をお願いしたいってな」
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