第五章・その4

「もう少し行けると思ったのだがな。やはり、最初はこの程度が限界か」


「――なんだ? なんでいまの技、あんたが使えるんだ?」


 俺は痛みを意識しないようにしながらマイヤードに訊いた。マイヤードがこっちをむく。


「先日、貴様が見せたからだ。だから、我はその真似をした。かつての魔界大戦で、魔戦隊長グロッサブを屠った、六大勇者の恐るべし技とは聞いていたが、なるほど、大したものだ」


 感心したようにマイヤードが、自分の持っている勇者剣に目をむけた。


「この勇者剣で、本来の力を増幅し、一〇〇の力で、億に近い破壊を生みだす。我が寝ている間に魔王軍が滅ぼされたという話、どうやら信じてもよさそうだ」


「そりゃよかった。で、申し訳ありませんけど、もう再興はできませんよ」


「この技を我が得てもか?」


 マイヤードが、あらためて勇者剣をかまえた。


「人間の力には限界がある。だから、この勇者剣で一〇〇の力を億にした。しかし、我の力に限界はない。いや、限界の上限がはるか上だというほうが正確かな。その我がこの技を駆使すれば、人間世界がどうなるか、いまさら問うまでのことでもあるまい?」


「初代の六大勇者が使っていた技には、もっと、いろいろすごいのがあったんですけどね」


「ひとつあればそれで足りる。我も驚いたぞ。そして、心から敬意を払おう。ひ弱な力を強大化させる、このような勇者剣をつくりだした、人間のテクノロジーにな。そして、これ以降は我がそのテクノロジーを利用させてもらう」


「そりゃどうも」


 魔族ってのは、要するにヒグマと同じだ。空手や柔道のような、小の力を大に変えるテクニックはないが、基本パワーが桁外れだから、それだけで脅威となる。その魔族が、さらに勇者剣を手にし、それを自在に扱うテクニックを身につけたら? ――俺は立ち上がりながら、少し考えた。


「じゃ、こっちからも行かせてもらいましょうか」


「乱世龍!」


 返事もせずに、マイヤードが勇者剣を振った。直後にばっと寝ころび、その状態で防御シールドを張る。これまた粉々に粉砕されると同時に、俺の頭上を常識外れの衝撃が駆けてゆく。


 マイヤードの持っている勇者剣は、赤い煙を噴き上げていた。


「なるほど。威力は大したものだが、大技だから、よけられるわけか」


 立ち上がった俺を見ながら、魔将軍が小さくつぶやいた。乱世龍の分析をしているらしい。


「つまり、細かく攻撃をして、相手がバランスを崩して転ぶなりしたときに、この技をだせば、一気に片をつけられる。これは、そういう技なわけだな」


「魔戦隊長のグロッサブさんも、それでやられましたよ」


「何を血迷ったことを言っている? 貴様の年で、グロッサブを見たことなど、あるはずがないだろう」


「勇者同盟の記録に、いろいろ書いてあったんですよ」


「――ふむ、なるほど」


 俺の言い訳を、あっさりマイヤードが信用した。


「人間は過去の出来事を文章にし、同じ過ちを繰り返さぬように伝え広めると聞いてはいたが、それがこれか。甘く見てはまずいようだな」


「まだわかってないんですか? 前に俺たちを甘く見すぎていたから負けたんですよあんた方は」


 俺の軽口に、マイヤードが、少し動きをとめた。あ、これは逆鱗に触れたかな。この後、どうなるのかと考えながら、俺は勇者剣をかまえた。一瞬置き、マイヤードも勇者剣をかまえる。


「乱世龍!」


 今度は俺が技をだした。直後にマイヤードも勇者剣を振る」


「乱世龍!」


 次の瞬間、マイヤードの持っていた勇者剣が半ばからへし折れた。粉々になった金属片をまき散らし、その先端が地に落ちる。マイヤードは、兜の奥で、驚きの目をしていたのだろうか。それとも、理解不能の顔をしていたのだろうか。防御することもできないマイヤードに、俺の乱世龍が襲いかかる。


 すさまじい衝撃波が走り、マイヤードがあおむけにひっくり返った。


「――なんだと?」


 そして、すぐに起き上がった。たいした体力だな。まあ、さすがに着込んでいた甲冑は粉砕されて、顔が丸見えになっていたが。


「へー、ああいう素顔なのか」


 さらに言うなら、あれは愕然とした表情なのだろう。へし折れた勇者剣を右手に見ながら、マイヤードが立ち上がった。


「なぜ折れた?」


「あなたの魔力についていけなかったからですよ」


 これで、一気に形勢逆転かな。俺は自分が持っている勇者剣をマイヤードにむけた。


「人間が使うための野球のバットをゴリラが振りまわしたらどうなるか、ちょっと考えたら想像つくでしょ? どんなもんにでも限界ってのがあるんです。勇者剣は、あなたの魔力を増幅できるレベルで設計されてませんでした。限界きて折れて当然だと思いますよ」


 基本中の基本の話だが、勇者剣は、人間の勇者が使うためにつくられたのである。魔王軍が使うことを前提に製造されてはいない。マイヤードはそのことに気づいていなかったのだ。


 マイヤードが、悔しげに歯を剥いた。


「結局、人間が小手先でつくりだした、その場しのぎの道具に頼るのは間違いだったということか」


「まさにその通り。まあ、俺たちのつくったものなんて、すぐ壊れるって昔から決まっていましてね。しかも、初代六大勇者が使っていた勇者剣なんて、何百年前のものだと思ってるんです。錆びついて駄目になってるに決まってるでしょう。――ああ、あなたは眠っていたから、何百年前じゃなくて、昨日くらいの感覚かもしれませんけど」


「おのれ――!!」


 俺を凝視しながら、マイヤードが勇者剣を投げ捨てた。自由になった両手をあげる。見ていてもわかるが、その場で魔力がどんどんと上がっていった。しかし、それでも俺は怖くなかった。いま、俺の手にある勇者剣を駆使すれば、俺は自分の足で帰れる。


「まあ、文句は言わないってことで」


 言いながら、俺は勇者剣をかまえた。殺したくはなかったんだがな。俺は乱世龍を意識した。これで、マイヤードは粉みじんにされるはず。勇者剣を胸に突き刺された状態で、永劫に封印されていればよかったのに。――胸のなかで勝手に自分を正当化しながら魔力を高めた俺だったが、このとき、予想外の声が横から飛んだ。

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