第一章・その1
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「君が青山恭一くん?」
一週間後。高校の入学式のあと、さっさと帰ろうと思って廊下を歩いていた俺の背後から、そんな興味深そうな声が飛んだ。振りむくと、体育館の壇上で見た記憶のある、ショートカットの女性教師が俺を凝視していた。
「そうですけど?」
返事をしながら、俺も女性教師と正面からむきあった。確か、六大勇者のひとりである、「渋谷」の一族だって、事前情報で聞いた記憶がある。
「私は渋谷優子っていうの。聞いたわ。先週、妖魔を追い払ったことがあるそうね」
「あ、あの件ですか。正当防衛ですよ。何も問題なかったと思いますけど」
「もちろん問題はないわ」
「そりゃよかった」
やっぱりな。この先生、「渋谷」の直系だ。考えてる俺のことを、渋谷先生が上から下まで眺めた。で、ちょっと不思議そうに俺の目を見つめてくる。
「武器は携帯していないみたいね」
「勇者剣なら、家に置いてますよ」
学校には勉強しにきているのだ。勇者剣なんて必要ないはずである。考えている俺の前で、渋谷先生があきれたような顔をした。いま気がついたが、渋谷先生の腰には短剣が刺さっている。ペーパーナイフのようにも見えるが、実際は、退魔処理の施された特注品なんだろう。
「武器も持たないで、いざというときはどうするの?」
「素手の暴力でも、ある程度なら、なんとかなりますから。無駄な殺しをするよりはましでしょう」
「じゃあ、魔王軍の残党を相手にしたときは?」
「それも、まあ、状況によりますけど、なんとか」
一週間前だって、たまたま持っていた竹刀でなんとかできたのだ。
「それに、魔王軍の残党が出没するのは夜でしょう。昼間に勇者剣は必要ないはずです」
あたりまえのことを言ったつもりだったんだが、俺の前で渋谷先生が苦笑した。
「中学校からの推薦状を見たんだけど、書いてあったわ。『青山』の一族で、腕は立つのに、不思議なほどの平和主義者で、魔族を滅ぼそうとしないって。本当にその通りみたいね」
「滅ぼさなくても、追い返せば、それでいいでしょう」
「世のなかには話し合いの通用しない相手もいるのよ」
「どうしてもってときは、そりゃ、俺だってやりますよ」
「そういうことを言う人間に限って、いざというときに何もできないのよ」
「ひどいこと言いますねえ」
「事実を言っているだけよ」
渋谷先生が冷えた目で俺を見つめてきた。それもそうだな、と俺も思った。
「まあ、相手を滅ぼさないで、それでもなんとかできるんだから、相当の腕前だってことは想像がつくけど」
「俺なんて普通ですよ。いままでに出会った連中がヘタレだっただけです。おかげで助かってるんですけどね」
「じゃ、本当に強敵が現われたら、滅ぼす気で戦うわけ?」
「そうしないと、俺の命があぶないって言うんなら、そうします」
俺の返事に、渋谷先生が少し考えた。
「まあ、あなたがそう言うなら、それを信用するしかないわね。夜、勇者同盟の、高等部の集会が開かれたときは、また会いましょう」
「わかりました。それじゃ」
「あ、そうそう、もうひとつ。今年、入学してきた一年生のなかには、もうひとり、勇者の血統がいるわよ。『中野』の一族だって」
もう話は終わったと思って背をむけかけた俺に、つづいて渋谷先生が言ってきた。
「そうなんですか」
珍しいな、と俺は思った。同じ学校の、同じ学年に、勇者がふたりもいるのか。どんな奴なんだろうと思っている俺を見ながら、渋谷先生が少し困ったように眉をひそめた。
「その一年生とも、さっき会って話をしてきたわ。たぶん、年齢的に、あなたと組むことになるでしょうね」
「そうですか。わかりました。じゃ、今日はこれで失礼します」
俺は渋谷先生に頭を下げて、そのまま下駄箱まで行った。途中ですれ違った女子ふたりが、ひそひそと会話をはじめだす。
「あの人、六大勇者の一族なんだって」
――へえ、あのふたりも、知っている側の人間か。それにしても、俺に聞こえてるようにしゃべってるんだろうか? べつに声をかけられたわけでもないから俺は無視して歩いた。
「そんなに強そうには見えないんだけど、人は見かけによらないわね」
「本当。綺麗な女の子じゃない」
は? 俺は振りむいた。さっきの女子ふたりは俺を見ていない。廊下を歩いている、べつの女子に視線をむけている。腰まで届く黒髪の、割と背が高めの、モデルみたいな身体つきで、クールな感じの美少女だった。腰に量産型の勇者剣を差している。
「中野聖菜さんって言ったかな。『中野』の一族だそうよ」
「――ふうん」
俺は口のなかで小さく相槌を打った。女子だったとはな。その勇者剣の美少女が、ちらっと俺のほうを見て、そのまま隣の下駄箱まで歩いて行った。声をかけようかなと一瞬思ったが、やめておくことにした。夜、勇者同盟の集会で会ったら、そのときは正式に挨拶をすればいい。
いまは西暦2XXX年。魔王軍がたおされて五〇年である。世界は平和そのものだった。
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