第一章・その2

 で、その日の夜。


「あなたが、青山恭一くん? 見たことあるわね」


 勇者同盟の高等部集会所へ行った俺は、中野聖菜に、思いっきりにらみつけられていた。腰には勇者剣。今回は俺も腰に差しておいた。


「そうだけど」


「その、そうだけどって言うのは、名前のこと? 見たことあるってこと?」


「両方。俺の名前は青山恭一。見たことあるのは、昼間、学校の下駄箱で、ニアミスしかけたからだ」


「――ああ、あのとき。そういえば、あなたみたいな人、見かけたような気がするわね」


 むこうも覚えていてくれたらしい。で、そこまで言ってから、中野聖菜が眉をひそめた。


「あのとき、あなた、勇者剣を持ってた?」


「持ってなかった」


 正直に返事をしたら、中野聖菜があきれたような顔をした。


「入学式のあと、すれ違う男子の腰を見てまわったのに、どこにもいないと思ったら、そういうことだったの」


「ふうん。そんなことをしてたのか」


「顔を知らなかったからね。で、どうして勇者剣を持ってなかったの?」


「昼間はいらないと思ってたから」


 学校で渋谷先生に言ったことを、そのまま俺はくりかえした。中野聖菜の目つきが、さっきよりも鋭くなる。というか、凶暴になる。昼間に見かけたときはクールな感じだったのに、しゃべってみると違うもんだな。


「六大勇者の一族に、あなたみたいに平和ボケした人がいるとは思わなかったわ。いざってときはどうするの?」


「どうしてもってときは、俺も戦うよ」


「勇者剣を持っていないときに襲われたら?」


「それでも、俺はなんとかできる」


 俺の返事に、ため息をつきながら中野聖菜が肩をすくめた。


「本当の危機を経験してない人はこれだから」


「そうでもないぞ。この前、ケルベロスに襲われかけた」


「え!?」


 何気なく言ったら、ギョッとした顔で中野聖菜が俺を見つめてきた。


「ケルベロス相手に戦ったの!?」


「まあ、そんな感じって言うか。一緒に、そのケルベロスの飼い主らしいのもいたぞ。ちゃんとした姿を確認したわけじゃないけど、あれ、たぶんヘルマスターだな」


 あったことを普通に話しただけなんだが、中野聖菜の表情は驚きのままだった。


「それって、勇者剣で滅ぼしたの?」


「あのときは、たまたま竹刀を持っていたからな。それでぶっ叩いたら静かになったから、そのまま帰ってきた」


「何よ、嘘ばっかり」


 本当なんだが、中野聖菜は俺の言葉を信じてくれなかった。


「勇者剣もなしに、そんなことができるなんて。つくなら、もっとましな嘘をついたら?」


「じゃ、次からはそうするよ。それはいいとして、今度は俺からいいかな?」


 これ以上、がたがた言われても面倒なだけなので、俺は話の流れを変えた。中野聖菜が眉をひそめる。


「何?」


「俺、君の自己紹介を聞いてないんだけど」


「あ」


 中野聖菜の表情が一変した。


「それは、ごめんなさい。忘れていたわね。私の名前は中野聖菜。『中野』の一族よ」


「どうも。俺は青山恭一。『青山』の一族だ」


「よろしくね」


 とは言ったものの、中野聖菜の、俺にむける目つきには敵意が宿っていた。同じ勇者同盟の人間だっていうのに。これは俺のことをライバルだと思っているのだろうか。


「あら、もう自己紹介は終わったの?」


 このあと、何を話そうかな、と思っていたら、横から聞き覚えのある声が飛んだ。渋谷先生である。


「あ、こんばんは」


「渋谷先生、こんばんは」


 俺と中野聖菜が同時に頭をさげた。


「こんばんは」


 言いながら渋谷先生が近づいてくる。ここで気がついたが、渋谷先生の腰に刺さっている剣は量産型の勇者剣ではない。昼間と同じ短剣のままだった。


 これが、この人の、ベーシックなファイトスタイルってことなんだろうか。考えている俺の前で渋谷先生が立ち止まった。


「青山恭一くん、ご両親?」


「親父なら、今日は残業でこられないって言ってました。お袋は普通の人間なので、勇者同盟とは無関係です」


「うちは、渋谷先生、ご存じのはずです」


 俺が返事をして、中野聖菜が、よくわからないことを言った。渋谷先生がうなずく。たぶん、何か家の事情があるんだろう。特に聞く必要もないことのはずだ。


「さっき、上層部に確認してきたわ。やっぱり、あなたたちが組むことになるみたいね」


「あ、そうなんですか。わかりました」


「やっぱり、そうなんですか?」


 俺が返事をして、中野聖菜がいやそうな顔で聞き返した。渋谷先生が中野聖菜のほうをむく。


「やっぱりいやなの?」


「私は、勇者同盟の、『中野』の一族です」


 中野聖菜が誇り高い調子で言った。


「その私が、どうして、魔王軍の残党を滅ぼそうともしない人間と組まなくちゃいけないんですか」


「上層部の命令だからよ。組織に入る以上は、その組織の構成員として、きちんと行動しなさい」


 大人の意見である。まあ、そうなって当然なんだが。正論すぎる渋谷先生の返事に、中野聖菜が唇を噛んだ。


「いやなら、勇者同盟を辞めてもらって、その勇者剣は返却してもらうことになるけど」


「それは――」


 中野聖菜が何か言いかけ、少ししてうつむいた。


「わかりました。ただ、いいですか? 私たちはコンビを組みますけど、基本的には、私がリーダーとして行動しますから」


「あら、どうして?」


「魔王軍の残党を滅ぼそうともしない人間には、行動も判断もまかせられません」


「なるほどね」


 と渋谷先生が返事をしてから、俺のほうを見た。


「俺はべつにかまわないですよ」


 俺は返事をした。その昔、魔王軍を倒した俺たちのご先祖――六大勇者は、その後、バラバラになって、それぞれ独立して、自分たちの組織をつくったと聞いている。理由は単純。どこの世界でも、ボスは複数いらない。リーダーシップの奪い合いで、何もしなくても分裂するのは見えているからだ。まあ、いまは子孫も増えまくったので、勇者同盟として組織をつくっているわけだが。


「俺は、リーダーとか、そういう面倒臭いの、むしろしたくないんで」


「あ、そう? じゃ、ちょうどよかったわ」


 渋谷先生がうなずき、中野聖菜のほうをむいた。


「だそうよ。意外に、いいコンビになれるんじゃないかしら」


「そうなったら私も嬉しいんですけどね」


 返事をして、中野聖菜が俺のほうをむいた。


「とりあえず、そういうことだから。よろしくね、青山くん」


「俺のことは恭一って呼んでくれ。それから、よろしく、聖菜」


 俺が下の名前で呼んだら、聖菜が急に赤い顔で後ずさった。


「さっき、知り合ったばっかりなのに! 何を勘違いしてるの!? いきなり下の名前で!!」


「そっちこそ誤解してる」


 言って、俺は聖菜から目を離した。


「青山!!」


 でかい声で言ったら、集会所にいた、二年や三年の先輩たちや、役員なのか保護者なのか、そういう大人たちの何人かが、なんだ? という顔で俺のほうをむいた。


「あー、すみませんでした。俺も青山なんで」


 軽く手をあげて謝罪の言葉を入れてから、あらためて俺は聖菜のほうをむいた。


「わかっただろ。ここは勇者同盟の集会所だ。『渋谷』、『中野』、『青山』、『大崎』、『目白』、『目黒』って名字の人間は大勢いる。母方の血筋で、そうでない人もいるけどな。とにかく、名字で呼んでたら、誰が誰だかわからなくなるんだ」


「――ああ、そういうことね」


 俺の説明に、聖菜も納得したような顔をした。


「じゃあ、仕方ないわね。よろしく、恭一くん」


 それでも、おもしろくなさそうな感じで聖菜が俺に右手をだしてきた。


「俺のことは恭一って、呼び捨てでいい」


 俺も聖菜の右手をにぎりかえした。理想的な出会いだったかどうかはともかく、これからはコンビを組むのだ。いがみ合わずに仲良くしておくのが利口な選択だろう。

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