第一章・その3
2
そして、さらに一週間が経った。
「覚えてやがれよ! 必ず殺してやるからな!!」
「気をつけて帰れよ」
負け惜しみ――というか、ボコボコにされながらも、精一杯の憎まれ口を叩くヘルハウンドに、俺は苦笑して手を振った。かわいい妖魔だな。言動がネットの名無しと同じである。それにしても、最近のヘルハウンドは人間の言葉が話せるのか。新種である。本部には報告しておかないと。考えている俺から距離をとり、ヘルハウンドの双眸が紅蓮に輝いた。
「ここで見逃したこと、次に会ったときは後悔させてやるぞ」
「いまここでやってやろうか?」
俺は肩に担いでいた勇者剣を、あらためてヘルハウンドにむけた。俺の勇者剣も、没個性の量産型だが、それでも十分な殺傷能力は備えている。悔しそうにヘルハウンドが後ずさった。俺とヘルハウンドの間に、天と地ほど力に差があることは、もうヘルハウンドもわかっていたらしい。
「人間風情が!」
最後に一発言い捨て、それでヘルハウンドが背をむけた。霧の彼方へと消えていく。
「さ、今日は、これで終了だな」
尻尾を巻いて逃げだしたヘルハウンドから目を逸らし、俺は勇者剣を降ろした。それを横で見ていた、青いブレザー服の中野聖菜が怒りの形相で近づいてくる。
「だからどうしてそうなのよ!?」
「だから、滅ぼさなくてもいいんなら、滅ぼさなくていいじゃないか」
金切り声をあげながら突っかかってくる聖菜に、俺はいつもの言い訳を並べていた。持っていた勇者剣を腰に差し直す。
はじめて学校の下駄箱で見かけたときは、クールな印象の美少女だったんだが。
「外見で人を判断するのは、やっぱりやめておくべきだな」
「何よそれ?」
「なんでもない。ただのひとりごとだ。それで? どこか怪我でもしたのか?」
俺は、相変わらず勇者剣を右手に構えている聖菜に質問してみた。聖菜が不愉快そうに眉をひそめる。
「怪我なんて、どこにもしてないわよ」
「そりゃよかった。じゃ、問題ないだろうが」
「問題大ありよ!」
そのまま巡回をつづけようとした俺の前に聖菜が立ちはだかった。勇者同盟で顔合わせをして、その日から組んで一週間。これが俺たちの日常だった。そして、いつものように、聖菜が俺をにらみつけてくる。
「いま、追い払った妖魔が、ほかの誰かを襲ったら、あなた、どう責任をとるのよ!? あなたが滅ぼさなかったから、ほかの誰かが被害に遭うのよ。わかってるの?」
「結構な痛めつけ方はしておいた。少なくとも、今日、誰かを襲うってことはないと思う」
「そんなの、たらればの話じゃない」
「そんなの、ほかの誰かを襲ったら、も同じだぞ」
「それはそうかもしれないけど!」
よっぽどおもしろくないのか、怒りの形相で聖菜が俺に勇者剣をむけてきた。あぶないな。
「あのね、あなたって、誇りある六大勇者の子孫だって自覚あるの? 『青山』の血をひく直系なのに、いつもいつも、妖魔を滅ぼさずに逃がしてばっかりで」
「確かに俺たちは六大勇者の子孫で、魔王軍の残党と戦える力は持っている」
俺は言いながら、聖菜のむけてきた勇者剣の切っ先をつまんだ。
「そして、必要に応じて、妖魔を滅ぼす権利も与えられている。ただ、義務じゃない」
俺はつまんだ切っ先を降ろした。
「それに、俺たちは六大勇者の子孫であって、無意味に命を奪う殺人鬼でもない」
「そんなのわかってる! 殺人鬼は妖魔たちのほうよ」
「それだって、教育次第でどうにかなるかもしれない。チャンスくらいは与えてやってもいだろう」
正論を言ったつもりなんだが、聖菜は表情を変えなかった。
「そんなこと言って、優しい顔して逃がしてやって、いきなり後ろから襲われたらどうするのよ」
「そういうことが起こらないように、ひとりじゃなくて、複数で行動してるんだろうが。何回くりかえして言えば気が済むんだ?」
俺は聖菜の勇者剣から手を離し、自分の胸元のペンダントに手を当てた。これも、俺たち勇者に与えられる支給品である。青い光が明滅していた。
「忘却の時刻、解除」
俺はペンダントに命じた。内蔵されているAIジュエルが俺の声紋を認識し、周囲に発散していた青い光が輝きを弱めていく。同時に、俺たちの周囲を覆っていた白い霧が瞬く間に消えていった。
これが俺たちの結界、忘却の時刻だった。これで、一般の人間は、俺たちの妖魔退治を見ることなく、静かに普通の生活を送ることができる。
「じゃ、行くか」
「本当に、恭一ってば――」
口をとがらせて言いながらも、聖菜が俺の隣を歩きだした。モロに切れた顔をしているが、それで俺にむかって決闘を挑んでくるようなことは過去になかった。さすがに、そのへんは勇者の一族としての節度をわきまえているらしい。勇者同士が喧嘩になったら、周囲に示しがつかないから、我慢するのは当然なのかもしれないが。
代わりなのか、悔しそうに、こんなことを言ってきた。
「いまの妖魔の映像、本部に送っておくからね」
「そりゃどうも」
とりあえず、俺は礼を言っておいた。それでも、聖菜の不機嫌そうな表情は沈下しない。怒りの形相のまま、俺をにらみつけてくる。
「それで、過去に目撃された妖魔とデータが一致したら、次からは容赦しないからね」
一方的な聖菜の宣言だが、これは俺も受け入れるしかなかった。
「そのときは、それでいい。更生する機会があったのに、そうしなかったんだからな。まあ、そうならないって断言できるけどな」
「は?」
自分のペンダントから、記録した映像を本部に送っていた聖菜が、不機嫌そうにこっちをむいた。
「どうしてそんなことが言いきれるのよ」
「ほかの勇者チームは、俺みたいに優しくないからな。妖魔や魔王軍の残党を見かけたら、問答無用で滅ぼしてる。だったら、同じ妖魔を二度も見ることはないはずだ」
「――あ、そうか。言われたら、その通りよね」
俺の説明で、気づいた顔をした聖菜が悔しそうにうなずいた。
で、すぐに顔をあげた。
「そういうことを、どうして教えてくれなかったのよ!?」
「いままで聞かれなかったからだ。俺も話すのは、いまがはじめてだと思う。――そういえば、コンビを組んで一週間経つんだよな。時間が経つってのは早いもんだ」
「そして、いまだに、何の成果もあげていない勇者チームは私たちだけだってわかってる?」
聖菜の怒りに対抗しようとしない俺の態度に諦めがついたのか、聖菜がため息をついて勇者剣を腰に収めた。
「いいじゃないか、べつにそれでも。大体、ほかの勇者チームは無意味に妖魔を滅ぼしすぎるんだよ。だから、同盟本部も妖魔の情報が少なくて、今後の行動を予測できなくなくて右往左往してるんだ」
「あなたは滅ぼさなすぎるのよ」
「それでバランスがとれているんだから、いいんじゃないか? 世界ってのはそういうもんだ。百パーセント正義ってわけでも、百パーセント悪ってわけでもない」
「そんなのわかってるわよ。ただ、私たちは正義の側。人間を襲う妖魔を滅ぼさないでどうするのよ?」
「人間を襲う現場を見かけたら、そのときは俺も本気だすよ」
「嘘ばっかり」
「本当だよ」
言って俺は背をむけた。これ以上、口論をつづけても仕方がない。そのまま歩きだした俺の横に聖菜が並ぶ。
「いつかやるっていう人は多いけど、いつかなんてこないんだから――」
言いかけた聖菜の声が中断した。いや、中断させられた。
どこか遠くから、金切り声のような悲鳴が聞こえてきたのだ。
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