第三章・その8

「いまのを跳ね返すか。六大勇者の、『青山』の子孫だなどと、何をふざけたことを言っていると思っていたのだが、言うだけの力は持っているようだ」


「だから本当だよ」


「本当だとするなら、初代の『青山』の力を、ずいぶんと強く継承していることになる。先祖返りか貴様?」


「それは違うな」


「ふむ」


 魔将軍が、兜越しに俺を凝視した。


「軽口をたたいているようだが、嘘偽りで相手を翻弄しようとしているようにも見えん。そもそも、人間でいながら、この俺と対峙して、まともに語り合えるとはな。変わった奴だ」


「魔将軍に変わった奴って言われるってことは、俺はよっぽどの常識人なんだろうな」


「そうやって軽口を叩けるところが変わっていると言っているのだ」


 魔将軍が俺から目を逸らした。


「そこの娘、その勇者を羽交い絞めにしろ。動けないようにしてから斬り殺す」


 は? 誰に言ってるのかと思って、俺は魔将軍の視線の先に眼をむけた。ユーファがいる。あ、そうか。魔将軍は知らないのだ。


「ふざけないで。何を言ってるのよ」


 案の定、魔将軍の命令に、ユーファが眉をひそめながら言い返した。


「恭一は、私の師匠なんだから。私が勇者になるために、いろいろ教えてくれてるのよ。どうして私が羽交い絞めになんてしなくちゃいけないのよ」


「――なんだ貴様は?」


 ユーファの反発に、魔将軍が小首をかしげた。


「貴様、魔王軍――には所属していないか。小娘すぎる。しかし、それでも魔族のはずだ。そこらの妖魔と違うことは見てわかる。それが、なぜ勇者に立ちむかおうとせん?」


「私は魔族なんて馬鹿馬鹿しいの、もうやりたくないのよ!」


 ユーファが吐き捨てるみたいに言った。


「魔王軍なんて、魔界大戦で六大勇者に負けて、パパなんて、滅ぼされはしなかったけど、もう隠居ジジイだし。私は、そんな弱っちい魔王軍なんかにいたくないのよ! それに比べて、六大勇者は勝ったのよ。優しくて強いし、弱いものの味方だし。だから私、勇者になるって決めて、それで恭一に弟子入りしたんだから!!」


 前にも聞いたが、ユーファのこの主張は本音だって信用してもよさそうだ。それはいいが、魔将軍を相手にこんなことを言うとは。――想像していた通り、魔将軍の、甲冑の内側に充満している魔力の凶暴性が倍増しになった。見ていてわかる。くそ、いま俺の勇者剣はへし折れて使えない。どうすればいいと思った俺の足元に、気絶した明さんがいた。


 で、さっきまで持っていたカスタム勇者剣も地面に転がっている。


「ちょっと借りますよ」


 俺が明さんのカスタム勇者剣を手にとったときだった。


「この裏切り者が!!」


 魔将軍が一括し、持っていた勇者剣を水平に振った。暴風と紅蓮の閃光、そして強烈な熱波が生まれ、俺たちに襲いかかってくる。


「乱世龍!」


 もうやけくそで気合いを挙げ、俺もカスタム勇者剣を振った。勇者剣の先から、ドラゴンのブレスみたいな勢いで青い雷撃が放出される。それが魔将軍の放った勇者剣の衝撃とぶつかりあい、もみあうようにしながら空の彼方へ消えていった。


 何とか互角に持って行けたが、次はどうなる?


「――ふむ」


 どうなるかわからない状態で勇者剣をかまえる俺を見ながら、魔将軍が首をひねった。


「どうやら、俺もかなり長く寝ていたようだな。本調子にならん。――いや、この剣がダメなのか」


 魔将軍が右手に持っている勇者剣に眼をむけた。


「かつて、俺たちに対抗してきた勇者の持っていた剣だからな。そこそこの力は持っているだろうと思っていたのだが、どうも俺には軽すぎる」


「わかってて使っていたのか」


「道具に罪はないのでな。かつての勇者の持ち物だろうが、使えるものは使う」


 俺の独り言に返事をし、それから魔将軍が、なんとなく不思議そうに、俺とユーファを交互に見た。


「貴様、『青山』の子孫だと言っていたな。なぜ、その魔族を助けようとした?」


「俺の弟子だからだよ」


「どいつもこいつもふざけおって」


 魔将軍が短く言い、いきなり背をむけた。


「もういい。興が削がれた。俺自身も本調子ではないしな」


「こりゃありがたい。やめてくれるのか」


「俺も貴様が怖いのだ」


 ちらっと振り返り、魔将軍が意外なことを言った。

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