第三章・その9

「本調子ならともかく、いまの状態で貴様とやりあったら、おそらく俺もただではすまん。痛いのは俺も好きではないのでな。この次、ベストの状態で再戦させていただこう」


「できれば、俺はもうやりたくないんだけど」


「勇者の言葉ではないぞ」


「俺は変わり者なんだよ」


「自分は常識人と言ってなかったか?」


「ケースバイケースって言葉がある」


「手の平を返すの間違いだろう」


 俺は返事をしなかった。むこうも期待していなかったと思う。そのまま、魔将軍がすたすたと白い霧の彼方へ消えていった。


「名前を聞いてなかったな」


 俺が魔将軍の背中に声をかけたら、少しだけ魔将軍が立ち止まった。


「マイヤード」


「――ああ」


 少しだけ、声が漏れた。なるほど、確か、目白の勇者が相対して、共倒れになった強敵だ。あの勇者剣は、それでか。たぶん、自分の胸に突き刺されていたものを、そのまま使っているんだろう。これ以降は憶測だが、何者かが、封印状態だったマイヤードの胸から勇者剣を引き抜いたのだ。それで蘇生した。


 それはいいとして、誰が抜いた?


「貴様は青山恭一だったな。覚えておくぞ」


 マイヤードが言い残し、白い霧の彼方へ消えていった。しばらく時間を置き、本当にマイヤードが戻ってこないと確認してから、俺はほっと額を撫でた。汗がすごい。まあ、あれだけの重圧感に耐えて見せたのだ。いまの俺の実力で言うなら120点である。


「さてと」


 俺はひっくり返っている大崎さんたちを見ながら、左手で胸元のペンダントに手をかけた。明さんは気絶してるだけだが、一馬さんは血まみれである。損傷の確認より、まずは救急車の手配だ。最初にやりあった光さんはどこにいるんだろう。死んでなきゃいいんだが。


「すみません、緊急事態です。死にかけの人間がでました。ひとり。損傷の確認はしてませんが、血まみれです」


 俺はペンダントに語りかけた。


「救急車よろしく」


 あとは放っておけば位置情報サービスを利用して救急車がすっ飛んでくる。俺はカスタム勇者剣を地面に置き、倒れている一馬さんに駆け寄った。両手をかざして、バイオリズムとオーラパターンを読みとる。


「――ふむ、命に別状はない、か」


 驚いたことに、一馬さんの全身から、傷らしい傷は検知されなかった。ということは、この全身の血は、一馬さんのものじゃない。――というわけでもなさそうだ。血圧がひどく低い。マイヤードの手で、一馬さんは、傷つけられることなく、全身から血液を噴出させられたらしい。


「驚いたな。まるでクラインの壺だ」


 かつて、目白の初代勇者がやられたのは、これが理由か。相手を傷つけることなく、心臓を抜きとれる。おそらく距離も関係ないだろう。だから、かつて要塞に立てこもっていた連中もやられたのだ。まともな人間なら抵抗できなくて当然である。


「どういうこと?」


 まあ、出血がすごいだけだから、輸血しまくれば助かるだろうと思っていた俺に声がかけられた。聖菜のものである。俺は行方不明の光さんのことも探さなくはならないのに、なんだと思って眼をむけたら、聖菜は腰を抜かしたまま、呆然と俺を見ていた。


「あの化物、なんだったの? あなた、どうしてあんなのに、いきなり戦えたの?」


「あれはマイヤード。戦えたのは、俺が青山の勇者だからだ」


「ふざけないでよ」


 血まみれの一馬さんをどうしようかと思って俺は背をむけたが、聖菜の詰問は止まらなかった。


「いままで、あんな、妖魔を見かけても、滅ぼさずに逃がしていたあなたが、どうしてそんな。おかしいじゃない」


「べつにおかしくなんかない」


 面倒くさいから俺は真実を話すことにした。ちらっと聖菜のほうをむく。


「俺は実力を隠していただけなんだ」


「な――」


「さて、と」


 あらためて俺は一馬さんのほうをむいた。ぜえぜえ言っている。出血がすごくて赤血球不足で全身に酸素がまわっていないらしい。


 まあ、ぜえぜえ言える程度には元気ってことか。放っておいても大丈夫らしい。


「すごかったぞ、恭一!」


 あとは光さんだな――と思っていた俺に、今度はユーファが声をかけてきた。見ると、なんだかキラキラした目で俺を見ている。


「あの訳わかんない鎧着た奴、すっげー強かったのに、恭一、ちゃんと戦って見せたし。やっぱり恭一って強かったんだなー。私、弟子入りしたの、正解だったと思ってるぞ。嬉しいぞ」


「運がよかっただけだ」


「嘘つくでない。さっき、聖菜に、俺は実力を隠していただけだと言うたではないか」


「そそそそうよ!」


 この突っ込みに聖菜も乗ってきた。面倒くさいな本当に。


「あの――マイヤード? あんな化物クラスの相手に、運がよかっただけでなんとかなるわけないじゃない。一体どうやって」


「あのな、状況わかってんのか? いま、この場には気絶した人間と怪我人がいるんだぞ」


 俺の言葉に、聖菜が、アッという顔をした。ユーファもである。


「まあ、待ってろ。そろそろ救急車が出動したはずだ。十分もあればくるだろ。それまで、俺たちはここにいなくちゃな」


 胸元のペンダントのデジタル表示を確認し、俺はふたりに言った。


「あとは、勇者同盟の集会所で正式な報告をしなくちゃならない。なんか、俺のやったことに聖菜たちが興味を持ったのはよくわかった。ただ、その件については、後で話を聞く」

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