第三章・その7
「――こりゃ、驚いたな」
魔将軍の足元から、土の地面が、道路みたいに、まーっすぐえぐれていた。赤く光っているのは、高熱で溶岩化したせいだろう。ありがたいことに、聖菜と大崎の人たちに被害はない。もっとも、衝撃に驚いたのか、腰を抜かしてへたり込んでいたが。
「ひ――」
「ななななんなの!? こんなの、かつての魔界大戦の記録映像でも――」
大崎の人と聖菜が小さく呟いたのが聞こえた。あの大音響を直で受けて、それで、この距離でも聞こえるか。つまり、俺も相応の覚醒しているらしい。
やばいな。要するに、いま、俺の目の前にいるのは、それほどの相手だってことになる。
「魔王様の娘と言ったか、貴様」
自分のやったことに誇るでもなく、魔将軍が俺のほう――じゃなくて、俺が抱っこしているユーファのほうをむいた。
「見たところ、かなり強い魔力を持っているようだが、まだ小娘だな。なぜ、魔王様の娘などとざれ事をほざく?」
「――何? こいつ?」
魔将軍の質問に返事をせず、俺の胸元でユーファが呆然と呟いた。
「何よこの力? それに、どうして私の言うことを聞かないの?」
「たぶん、ユーファが生まれる前にたおされたからだろうな」
俺は魔将軍から視線をそらさないようにしながら、ゆっくりユーファを地面に置いた。
「それで、そのときから、ワープみたいに、いま、この場所にいる。だから、この時代の状況が理解できてないんだ」
「貴様は何を言っている?」
魔将軍が俺を見すえた。――んだと思う。兜かぶってるから、このへん、なんだかよくわからない。
「この時代とはなんだ? まるで、違う時代に行ったかのような口ぶりだな。そんなくだらぬ演技で、この俺を騙せるとでも思っているのか?」
「もう魔界大戦は終結した。おまえが無理に争う必要はないんだよ」
「死ぬのが恐ろしくて、詭弁を弄するようになったか。見損なったぞ」
どうせ信用しないだろうと思いながら事実を言ったんだが、魔将軍は勇者剣をかまえたままだった。くくくと妙な音が聞こえる。これは魔将軍の嘲笑だったのだろうか。
「ここが違う時代だと言うのなら、なぜ、貴様はここにいる? 人間の寿命など、百年にも満たないはずだ。貴様がいるわけがないだろう」
「人違いじゃないか? 俺はまだ十七歳だ」
軽い調子で言いながらも、俺は内心、ヤバイと思った。そこまで似ていたか。こいつ、俺のことを、以前に相対した、初代六大勇者のひとりだと思っているのだ。
「人違いだと? 何を馬鹿なことを」
魔将軍が勇者剣をかまえながら、ゆっくりと歩きだした。――勇者の戦いに、基本的に間合いがどうとかって理屈は存在しない。マシンガンぶっぱなしてるのと同じだからだ。しかし、それでも、強敵がずかずかと近づいてくるのは心理的プレッシャーがある。だが、負けるわけにもいかない。歯を食いしばってこらえる俺を見て、魔将軍が動きをとめた。そのまま、少しの間、俺を凝視する。
「ふむ、確かに似ているが、こうやって見ると、前より若く見えるかの」
あたりまえだ。魔界大戦に参戦した六大勇者のひとり、青山は三十過ぎていたはずだ。俺とは年齢が倍近く違う。
「しかし、人間とは、化粧しだいで若づくりも可能だと聞くしな」
これで納得してくれたかと思っていたが、残念。魔将軍は勘違いを訂正しようとはしなかった。
「この俺の接近に、最後まで抵抗したのは貴様だった。ほかの誰に、この俺の魔力重圧を跳ね除けられる? 貴様が青山でなければなんだというのだ」
「青山恭一。あんたが言った、『青山』の一族の子孫だよ」
「――ほほう」
魔将軍がおもしろそうな声をあげた。
「何があっても事実を認めようとはしないわけだな」
何があっても俺の言うことを信用する気はないらしい。まずいなと思う俺の視界の隅で、いきなり大崎の明さんが立ちあがった。馬鹿、実力の差がわからないわけでもないだろうに、まさかやる気なのか? ちらっと眼をむけて、俺はぎょっとなった。明さんの表情から理性が消え失せている! 強烈すぎる魔力重圧に負けて暴走しているのだ!!
「うわあああああああ!!」
最初っから悲鳴みたいな声をあげて、明さんが魔将軍にむかって走りだした。完全に素人の動きである。女で言ったらヒステリーだな。それにしても、訓練で身に着けた運足も忘れてしまったか。慌てて俺も駆けた。魔将軍が面倒そうに勇者剣を振りあげる。
「消えろ」
魔将軍が短く言うと同時に、俺は明さんに飛びついた。頭をつかんで地面に押しつける。そのまま魔将軍のほうをむくと、ちょうど、魔将軍も勇者剣を振り下ろすところだった。さっきのあれを食らったら骨も残さず蒸発しちまうぞ。仕方がない。俺も自分の勇者剣をかまえた。直後に魔将軍が勇者剣を振り下ろす。
真っ赤に輝く、マグマみたいな衝撃が目の前に発生した。
「ふん!」
俺はかまえていた勇者剣を振り下ろし、途中でむきを変えてⅤ字型に跳ねあげた。馬琴と派手な音を立てて、俺の持っていた勇者剣がへし折れる。そうなって当然だろう。なんのカスタム化もされていない、一般用の量産型だ。しかし、それでもギリギリまでは勇者剣としての使命を果たしてくれたらしい。
俺の目の前に迫っていた赤い閃光はむきを変え、夜空の彼方へ飛んで行ったのだ。
「――ほう?」
砕けた勇者剣から手を放す俺を見て、魔将軍が不思議そうに小首をかしげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます