第三章・その6

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「なんだこれは!?」


 一瞬置いて、目の前にいた明さんも驚きの形相で俺と同じ方向を見た。俺に次いで気がつくとは、さすがはエリートだな。それから少しして、離れた場所で、なんだかわからないって目で見ていた聖菜も表情を変える。


「ちょっと! こっちにきて!!」


 あわてたように聖菜がユーファの腕をとり、俺たちのほうへ駆けだした。


「何者なんだ。これほどの妖気を持つものなら、都内の結界を破った時点で警報が鳴るはずだぞ」


「俺たちに考えつかない、何か特殊な手でも使ったんでしょ」


 俺は勇者剣をかまえながら、明さんの独り言に返した。結界都市トーキョーの安全性は100パーセント保証付き「のはず」だが、どうしたって見落としはある。そうじゃなければ、妖魔や魔王軍の残党が夜に出没するはずがない。


 ただ、それにしても、今回の奴はすごすぎた。過去に追い返したヘルマスターが子猫に思えるほどである。


「いざってときはひとりで闘ってくださいね。あとのことは頼みましたよ」


 もうすぐ忘却の時刻をかきわけて入ってくるだろう相手がどんな奴なのか想像しながら、俺は明さんに声をかけた。明さんが、ギョッとした顔でこっちを見る。


「君は闘わないのか?」


「俺の実績を知らないわけでもないでしょうに。俺は、そこにいる聖菜とユーファを保護して退散する役割につかせていただきます」


 これくらいの嫌がらせは問題ない部類だろう。横目で見ると、明さんが青い顔で俺を見つめている。当然だな。これからくる相手の破壊能力は、ざっと見て1メガトン――ICBМ三発分と少しだ。


 よかったな明さん、本物の魔王はこれの十倍以上あったぜ。それに比べれば、こいつだって子猫である。


「冗談を言うな」


 俺の心のつぶやきなど理解できてない明さんが震え声で言ってきた。


「こんな化物なんか、俺の手でどうにかできるはずが」


「それをやるから勇者の子孫の、しかもトップなんじゃないんですか?」


「ふざけるな! あんなのを相手に――」


「助け――」


 本音のでかけた明さんの声を遮るものがあった。目をむけると、さっき、俺がアバラをへし折った光さんを背負って運んでいった大崎のひとり――だから、一馬さんだ――が、よたよたと霧の彼方から歩いてきた。


 血まみれだった。幸運なことに、両手両足はついている。


「一馬!」


 反射で叫んだ明さんだったが、駆け寄る気配はなかった。動けなかったんだろう。理由? 簡単である。その背後からやってきた、異形の姿に怖気づいたからだ。


「ここはどこだ?」


 かすれるような声だった。声の主は、身長約2メートル。西洋の甲冑のようなものを着ているので、顔はわからない。たぶん、一馬さんを半殺しにした武器は、右手に持っている、あの剣だろう。目を凝らし、俺はギョッとなった。


「『目白』の一族の、オリジナルだ」


 まずい。つい独り言がでた。ヤバいかなと俺は横目で見たが、明さんが気づいた様子はなかった。まあ、そうなって当然か。いま、明さんが見ているのは、ただの魔王軍の残党ではない。かつての魔界大戦で勇猛を馳せた、魔王の直属である魔将軍なのだ。レベルが違いすぎる。


「いまはいつだ?」


 その魔将軍が周囲を見まわし、血まみれの一馬さんを押しのけて、俺たちに近づいてきた。のんびりとした動きだが、その一歩一歩に空間がきしむ。すごい魔力だな。そして、それ以上に問題なのは、その魔将軍の、甲冑の胸の部分に穴があいていることだった。


「あれ、死んでるぞ。ゾンビ状態だ」


 俺は横に立っている明さんに耳打ちした。とはいえ、聞こえてるかどうか。明さんは魔将軍を凝視しているだけだった。カスタム化された勇者剣をかまえて入るが、動く気配はない。動けないんだろう。蛇ににらまれた蛙と同じである。――エリートでも、やっぱりこれが限界か、と俺は思った。訓練と実践は違う。もっと言うなら、魔王軍の残党と、現役で活動していた本物は違う。いま、明さんはそれを知ったのだ。


「ちょっとあなた!」


 考えていたら、いきなり甲高い声が飛んだ。なんだと思って目をむけると、ユーファが平気な顔で、魔将軍につかつかと近づいていっている。どういうことだ? さっき、聖菜がユーファの手をひいていたはず――と思って聖菜のほうを見たら、こっちはこっちは、青い顔で硬直していた。あ、そうか。こっちもそうなるんだった。


「その、大崎の人、なんで怪我をさせたの? というか、知らない顔ね。どこの誰なの?」


 恐怖を知らないユーファが平然と魔将軍に詰問した。まずいな、魔王の娘だから、ほかの誰もがいうことを聞くと思っているのだ。それが今回、悪くでた。


「なんだ貴様は?」


 ゾンビ状態の魔将軍が、ゆっくりとユーファに顔をむけた。正確には、顔にかぶっている兜が横をむいた。ユーファがその前で、あきれたみたいな表情をする。


「あなた、私のことを知らないの? ユーファよ。魔王の娘の。見た感じ、すごい力を持っているみたいだけど、私の顔を知らないってことは、位は低いわけね」


「ふざけるな」


 甲冑を着こんだ魔将軍が右手に持っていた勇者剣を振りあげた。まずい! 間に合うかどうかの計算もなしで俺は駆けた。ユーファに抱きつく。


「キャ!!」


 以外にも、かわいい悲鳴をあげるユーファだった。こっちはそれどころじゃなかったが。


「何を――」


「文句は後で聞く!」


 そのまま抱っこ状態で、俺は魔将軍の前から飛び離れた。一瞬遅れて、魔将軍が勇者剣を振り降ろす。――大音響とはこういうのを言うのだろう。耳をつんざく猛烈な振動と衝撃、そして稲光が俺の目の前を走った。前に、自衛隊の軍事演習を見たことがあるが、それとほぼ同レベルである。やばいな。聖菜と、大崎の人は? 強大な閃光でおかしくなった目をこすりながら俺は周囲を見まわした。

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