第三章・その5

「その本気って言うのは、ルールのある試合のなかでの本気ですか? 殺すレベルの本気ですか?」


「安心してくれ。俺だって殺人者にはなりたくない」


「そりゃほっとしました」


 言い、俺は光さんを背負って忘却の時刻から去っていった大崎の人が戻ってくるのを待った。――なかなかこない。


「ひょっとして、勇者同盟の集会所までつれていったんでしょうか?」


「それをするくらいならスマホで救急車を呼んでるだろう」


 言いながら俺の前に立っていた大崎の人が勇者剣を手にとった。


「審判がいなくても試合はできる。つづけようか」


「わかりました」


「ガンバだぞ恭一! さっきみたいにやっちゃえ!!」


 相変わらず、ユーファが能天気に声援してきた。まあ、悪い気はしないが、少しは慎重に行くか。むこうさんも、俺の本来の実力に気づいたはずだし。


「さっきも言いましたけど、俺の名前は青山恭一です」


「大崎明だ。――ああ、すまん」


 勇者剣をかまえた俺から目を逸らし、明さんが聖菜のほうをむいた。


「審判をしてくれとは言わないから、用意、はじめという号令をかけてくれないか?」


「え? ああ、はい。わかりました」


 明さんの言葉に、聖菜が慌ててうなずいた。


「では、用意」


 聖菜が言うと同時に、あらためて俺と明さんはかまえた。


「はじめ!」


 いきなり突っこむ手はもう通用しないから、まずは相手の初太刀をさばいて、後の先をとる作戦で行くか。――と考えていた俺の視界を、いきなり白銀の光が覆った。全身をひき裂くような激痛が走る。


「痛つつつ!」


 反射ででかけた悲鳴を押し殺し、俺は勘にまかせて横っ飛びに逃げた。振りむく余裕もなかったが、明さんが間合いを詰めて、つい一瞬前まで俺のいた場所に勇者剣を振り降ろしたのは理解できた。目をこすりながら見ると、明さんが、眉をひそめてこっちを見ている。


「本当に何者なんだ?」


 明さんの声には若干の怒りが内包されていた。


「いまのを避けるとは。とても信じられれん」


「俺は六大勇者のひとり、青山の一族のもんですよ」


 正直に言いながら、俺は勇者剣を握りしめた。――よし、まだ身体はしびれてるが、力がでないわけではない。


「それはいいけど、雷撃を使いましたね」


 俺は明さんのかまえる勇者剣を見た。パチパチと稲光が飛んでいる。カスタム化された勇者剣の持つエレメンタルの能力だった。


「使わないって、少し前に言いませんでしたっけ?」


「本気になると言ったはずだが?」


「あーそうでしたっけね。これは失礼」


「なんだそれ! 汚いぞ!!」


 と言ったのはユーファである。俺も本音ではそう言いたかったが、戦争ってのはやったもん勝ちの世界だ。


「勇者なら、正々堂々、同じ条件で戦って、それで勝つから格好いいんだろうが!」


「すんません、あれ気にしなくていいですから。じゃ、つづけますか」


 ユーファの声を無視して俺は明さんに勇者剣をむけた。それはいいけど、このままじゃまずいな。さすがに使ってる武器のレベルが違いすぎる。


 久しぶりに、もうちっと本気だしてみるか。考えてる俺の前で、明さんが小首をかしげた。


「後遺症が残らない程度には加減しておいたんだが、まさか、それで普通に動けるとはな。もう少しあげてみるか」


 どうも同じことを考えていたらしい。同時に明さんのかまえる勇者剣から放出されている稲光の量が三倍近くに膨れあがる。あ、やばい。ちょっとシャレにならないな。さっきのをスタンガンにたとえるなら、次にくるのは、台風で切れて地面に落下した電線だ。普通の人間なら、軽く触っただけで救急車送りになる。


 それ食らって平気な顔で立ってたら、さすがに怪しまれるだろう。


「あの、すみません」


 こうなったら白旗をあげて話を終わらせようと思い、俺はかまえていた勇者剣を降ろした。それを見て、明さんも笑顔になる。


「わかってくれたか」


「ええ、俺の負けです」


「そう言ってくれてほっとしたよ」


 明さんもかまえていた勇者剣を降ろした。


「さすがに後遺症がでるまでやったらまずいだろうと、実は心のなかで不安に思っていたんだ」


 そこまでやる気だったのかよこの人。あぶねえなあと思う反面、感心もした。そこまでやる覚悟で行動しないと、勇者同盟でトップの座は得られないってことなんだろう。俺には無理だ。


「では、約束通り、ユーファくんは俺たちが保護するということで」


 考えてる俺に、明さんが予想外のことを言ってきた。


「え、ちょっと待ってください。それは約束にないはずでしょう」


 俺が言ったら、明さんがふたたび険悪な感じで眉をひそめた。


「なんだと?」


「俺たちは手合わせをして、実力を知り合うって約束だったはずです。まあ、俺なんて実績ゼロですけど、そこそこはできるってわかってくれたと思いますし」


 言って、俺は確認の意味をこめてユーファのほうを見た。


「私は恭一と一緒にいるぞ!!」


 また元気な返事がきた。


「ほら、ユーファもああ言ってますし。そもそも、俺たちみたいな最低ランクが上に意見もできません。ユーファを保護する件、なんとかしたいんなら、大崎の皆さんで渋谷先生たちに提案してくれませんか」


「なるほど、そういう返事をしてくるわけか」


 明さんが近づいて、俺を見下ろした。いま気がついたけど、結構背が高いな、この人。


「こっちは怪我人がでてるんだがな」


「恨みっこなしの手合わせだって約束ではじめたんですけど?」


 間違ったことは言ってないはずである。俺の返事に、明さんが悔しそうに唇を噛んだ。


「わかった。では、ユーファくんを保護する件、こちらから上に提案させてもらおう」


「それはお好きにどうぞ」


 やらないでくれ、なんて言える権利が俺にあるわけでもない。それはいいけど、これから目をつけられて、何か因縁吹っかけられたりするのかな。いままで目立たないようにしてきたのに。――ここまで考えかけ、俺は愕然と忘却の時刻の彼方へ目をむけた。


 いままで感じたことない、それでいて記憶にある、すさまじく邪悪な妖気が俺の超感覚を直撃したのである。

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