第三章・その4

「なんかよくわかんないけど、ガンバだぞ、恭一!」


「ちょっと恭一、あんた、自分が何をやってるのかわかってるの!?」


 ユーファが能天気に言い、聖菜が青い顔で俺に声をかけてきた。


「実を言うと、あんまり。だから教えてくれよ。あの三人って、どちら様?」


「だから、『大崎』の人たちだって。光さんと、一馬さんと、明さん。勇者同盟のトップチームよ」


 俺の質問に、聖菜が小声で説明してきた。


「すごいのよ。妖魔退治の成績だけじゃなくて。魔王軍の残党を滅ぼしたこともあるエリートなんだから。本当なら、私たちみたいなのが話をしていい人たちじゃないのよ」


「へーえ。そりゃすごいな」


 俺は素直に感心しながら、先を歩く大崎の腰に目をやった。俺たちが持っている勇者剣とは形状も色合いも少し違う。


「なるほど、だからか。カスタムかかってるな。俺たちみたいな汎用とは違う」


「へえ、わかるか?」


 光か一馬か明かわからないが、大崎のひとりが振りむいた。


「そりゃ、まあ。エリートの持ってる勇者剣は違いますね。――エレメンタルは雷撃かな。ひょっとして、それ使って俺とやりあう気ですか?」


「安心しろ。ちゃんと君たちに合わせる。これからやるのは、普通の剣でのやり合いだ」


「そりゃどうも」


「それでも勝てるからな。それから、俺たちのひとりはでない。正々堂々、二対二でやるから、あとで文句は言いっこなしだ」


「はあ」


 ボケっと返事をしてから、俺は聖菜とユーファを見た。つまり、ユーファが勝利の景品で、それを奪い合って、俺と聖菜、大崎のふたりが手合わせをするってことか。


「ちょっといいですか? あの、手合わせするの、俺だけにしてくれませんか?」


 サッカーコートのまんなかで立ち止まった大崎の三人組に、俺は控えめに提案した。


「聖菜――そっちの『中野』の女子の分も、俺がやりますんで」


「ちょ――何を言ってるの恭一!」


 青い顔のまま聖菜が俺に突っかかってきた。


「ただでさえ勝ち目なんてないのに、そんなことしたら無傷じゃすまないわよ!」


「安心しろ、これはただの手合わせだって話だから。ヤバくなったら止めてくれるだろ」


「もちろんそのつもりだ」


 これは大崎三人組の補足だった。


「そう言ってくれてほっとしました。――ただ、それでも聖菜は女だからな。こっちの三人さんはエリートだ。やり合ったら、やっぱり少しは怪我をするだろう。そういうのは男の役目だ」


「ふざけないでよ! 私だって勇者の子孫で、少しくらいの怪我なんて、最初から覚悟して」


「それは妖魔との戦闘のときだけにしな。勇者同盟の仲間との手合わせで痛い思いをするなんて、馬鹿馬鹿しいぞ」


 聖菜から目を離し、俺は大崎三人組のほうをむいた。


「いいですよね?」


「いいだろう」


 大崎のひとりがうなずいた。


「ただ、それだと、君は一対一の手合わせを二回やることになる。連続だから相当きついと思うが、覚悟の上なんだな?」


「もちろんです」


「ずいぶんとあっさりしてるな。最初から勝負を捨ててるのか」


「そんな気はないんですけどね」


 俺が覚悟の上なのは、それでも勝てると思ったからだ。――という言葉は飲みこんでおいた。こんな勝利宣言をしたら、むこうさんがどういう形相になるのか、流石に俺でも想像がつく。むこうさんは似たようなことを俺に言ったが。


「さて、どなたが俺とやるんですか?」


 俺は右手で勇者剣を持った。で聖菜とユーファにむけて、離れるようにジェスチャーする。


「まずは俺からだな」


 大崎の三人組の、右側に立っていたひとりが近づいてきた。


「ルールは?」


「普段のトレーニングルームの奴でいいだろう。まいったと言うか、気絶したら終了だ」


「なるほど。それともうひとつ。さっきも言いましたけど、俺の名前は青山恭一です。あなたは?」


「大崎光」


「ですか」


 どれくらいの功績を挙げた人物なのか、あとで調べておこう。考えてる俺の前で、大崎の、残りのふたりが後ずさった。光さんが勇者剣をかまえる。


「では、両者かまえて」


 俺と対峙している光さんじゃない、べつの大崎のひとりが言ってきた。この人が審判ってことらしい。俺と光さんは同時にかまえた。


「では、はじめ!」


 言われて俺は前にでた。当然の話だが全速力である。光さんの表情は変わらない。そのすぐ横をすり抜けるとき、俺は勇者剣を振った。峰打ちにしたのは、どうせよけられないだろうと予想していたからである。


 案の定だった。一瞬置いてから、ものすごい絶叫をあげて光さんがひっくり返る――が、直後におとなしくなった。叫んだら身体に響いて余計に痛いと学習したんだろう。


「さすが」


 俺は勇者剣を降ろしながら振りかえった。俺の予想では、峰打ちの勇者剣を振った時点で、光さんの身体ごと、十メートルは吹っ飛んでるはずだったんだが。


「重心が安定していたんだろうな」


 おかげで身体を吹っ飛ばして眠らせるはずが、アバラを折ってしまうことになった。これはまずったかなーと思いながら、俺は審判役をやっていた、残りの大崎ふたり組に目をむけた。唖然としている。


「これって勝負ありでしょー!!」


 のんきで嬉しそうな声はユーファのものである。そっちをむくと、ユーファが笑顔で、聖菜はキョトンとしていた。


「――何? いまの?」


 少しして、聖菜が茫然と訊いてきた。


「まさか、瞬間移動?」


「そんなわけないだろう。猛スピードで走って勇者剣を振っただけだ」


「光!」


 説明する俺の背後で、大崎ふたり組の声がした。振りむくと、ふたり組が倒れてる光さんに駆けよっている。


「大丈夫か!?」


「これは――」


 大崎のひとりが、右手の人差し指をあげて、自分の額にあてた。そのまま光さんを見すえる。


「まずいな。アバラが行ってるぞ」


「治せるか?」


「安心しろ。いま、ずれた場所を戻す。――我慢しろ、結構効くぞ」


 透視でどこが悪いのか確認したらしい。そのまま、透視していた大崎、光さんの脇に手をあてた。


「ふん!」


「ぐうー!!」


 たぶん、大崎の一族に伝わる治療術か何かだな。それを受けた光さんがものすごいうめき声をあげた。少しして静かになる。


「傷口は綺麗に合わせておいた。そのまま静かにしていれば、ずれてつながることはない。離れた場所で休ませてやれ」


「そ、そうか」


 大崎のひとりがうなずき、光さんを背負って、サッカーコートから離れて行った。たぶん、ベンチにでも寝かせるつもりなんだろう。


「何をした?」


 忘却の時刻の彼方へ去っていく大崎のひとりを背後から見ていたら、もうひとりの大崎が冷たい感じで詰問してきた。


「だから、猛スピードで近づいて、峰打ちで一発。そんだけっすよ」


 俺は勇者剣を肩に担いだ。


「まさか折れるとは思ってなかったんで、ちょっとまずったとは思いましたけどね。二回戦、どうします?」


「もちろんつづけるぞ」


 俺を見すえる大崎の顔に、さっきまでの余裕ぶった笑みは浮いていなかった。


「正直に言うが、こちらも油断していたようだ。次は本気で行かせてもらう」

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