第三章・その3
「あれ」
そのまま、いつもどおりの見まわりをしていた俺たちは、河川付近で妙な気配を感じとった。同時に、天空から白い霧が降りてくる。
忘却の時刻だ。しかし、おかしい。これは妖魔の気配じゃない。
「あのさ、これって」
俺の横を歩いていた聖菜が、不思議そうにこっちを見た。俺も首をかしげる。
「こんなところでぶつかるような予定ってあったか?」
「ううん、聞いてないけど」
「恭一、これって、勇者の気配だよなあ?」
俺の後ろでユーファが訊いてきた。うなずく。
「かなりの力の主だな。そりゃいいけど、なんでだ?」
見まわりのルートで合流するって話はなかったはずである。どこの担当さんがきてるんだ?
「ちょっと、行ってみるか」
河川敷も、俺たちの見まわりルート内に含まれている。俺たちは白い霧のたちこめる河川敷に入ってみた。やっぱり妖魔の気配はない。それなのに、勇者が忘却の時刻をつくった。なんの理由があってだ? 不思議に思いながらも、俺たちはグラウンドのあるほうへ行ってみた。勇者剣を持った人間が三人立っている。
「どうも、こんばんは」
この人たちも、コンビじゃなくて、トリオでチームを組んでるのか。そういえば、勇者同盟の集会所で見た記憶があるな、と思いながら俺は話しかけてみた。年齢は、俺たちより、少し上くらいである。
「あ、あの、どうも。はじめまして!」
俺の横で裏返った声であいさつしたのは聖菜だった。
「あ、違った。はじめましてじゃなくて、知ってるんですけど、お話ができて光栄です! 私、中野聖菜って言います。『中野』の一族です!」
直立不動の姿勢で自己紹介をはじめる。俺も自己紹介をするのが礼儀だな、と思った。
「どうも。俺は青山恭一です。『青山』の一族です」
「私はユーファ・エルルケーニッヒと言います。魔王の娘です」
つづいてユーファが、例の偽名を名乗った。その後に魔王の娘と言ったら意味がないんだが。
「それで、こっちの皆さん、有名な人たちなのか?」
俺は聖菜に訊いてみた。アイドルの追っかけみたいな顔をして三人組を見ていた聖菜がすごい形相で俺をにらみつける。
「馬鹿! あなた、知らないの!? この人たちは『大崎』の一族の」
「ああ、いいからいいから」
その、大崎の一族のひとりが笑いながら聖菜の言葉を遮った。
「こういう人って、よくいるんだよ」
「そうそう。――なんて言うの? 芸能人を見かけて、私テレビを見ない人だから知らなーいとか、そういうの」
「俺たち、べつに怒ったりしてないから」
余裕ぶった感じで、口々に言ってくる。何か勘違いしてるらしい。
「いや本当に知らないんですけど」
「まあまあ。だったら、それでいい」
俺の言葉を流すみたいにして、大崎のひとりがユーファを見た。
「ユーファくんだったな。君、魔王の娘なんだってね?」
確認するみたいな質問に、ユーファが不思議そうにした。
「さっき、そう言ったですけど?」
「ああ、確かに言ってたな」
返事をしてから、そのひとりが俺たちのほうを見た。
「たぶん本当です」
「魔王軍の残党が、この娘の言うことを聞いて、すっ飛んで逃げるのを見ました」
「――ふーむ、じゃ、信用してもいいかな」
大崎のひとりがうなずいた。
「じゃ、どうして、魔王の娘が、このチームと一緒なんだ?」
「私が一緒にいたいって言ったからです」
「そうじゃなくて、上からの命令だからでしょ」
「両方だろ」
ユーファの返事を聖菜が否定して、俺が補足した。大崎の三人がおもしろそうに俺たちを眺める。
「おもしろい関係だな」
「それはいいんだけど、ちょっと、個人的に、俺たちも納得できないことがあってな」
「納得できないって、何がですか?」
妙に思って質問したら、大崎のひとりが苦笑しながら俺を指差した。
「はっきり言うけど、君たちの実力だよ」
視界の隅で、聖菜が悔しそうに唇を噛むのが見えた。
「魔王の娘なんて、常識で考えれば、要人中の要人だ。それが、どうして、勇者同盟のなかでも最低ランクと言われている君たちが保護しているのか、どうにも理解できなくてね」
「へえ。そんなに俺たちって無能に思われてるんですか?」
「まあな。功績ゼロで無名で。無名すぎて、かえって話題になるくらいだ」
「はあ」
そんなことになってたのか。――たぶん、俺の前に立っている三人は、大崎の一族でもトップクラスのチームなんだろう。聖菜の態度を見ていれば、それくらいの想像はつく。そんな方々に知られてもらっているとは、光栄と判断していいんだか悪いんだか。
「まあ、世のなか、いろいろあるんですよ」
「いろいろあること事態は否定しないけど、これは特殊過ぎる例だろう」
「何か問題が起こったとき、君たちはユーファを守れるのか?」
言われて、俺は少し考えた。
「問題なんて起こらないと思いますよ。ユーファは魔王の娘なんだから、命令を聞かない魔王軍の残党なんていないと思いますし。帰れって言われて、本当に魔王軍の残党が帰るところは見てますから」
「しかし、例外的に、何か事件が起こる可能性はゼロじゃないだろう」
追加で大崎のひとりが聞いてくる。あらためて俺は考えた。
「例外って、たとえばどんなですか?」
「それは俺たちも考えつかないけどな。考えつかない、想定外の話だから例外と言うんだ」
「まあ、そりゃ、確かに、その通りでしょうね」
「そこで提案があるんだ」
大崎のひとりの口調が少し変わった。どうも、ここからが本題らしい。
「ちょっと、君たちの実力を見せてほしいんだよ。妖魔を滅ぼした実績がないから、君たちがどれほどの能力を持っているのか、俺たちには判断ができない。だから、軽く手合わせをしてみたくてな」
「あー、そういうことですか」
俺はうなずいた。ついでに周囲を見まわす。
「だから河川敷で待ってたんすね」
俺の質問に、大崎のひとりが笑顔でうなずいた。
「物わかりのいい人で助かった」
「そりゃどうも。ついでに、もう少し、物わかりのいいことを言ってみましょうか? 先輩たち、俺と手合わせして勝ったら、ユーファの保護は俺たちに任せろって言うつもりでしょう?」
俺の言葉に、大崎の三人組の笑顔が、少しだけ変化した。
「なぜ、そう思ったんだ?」
「ただ手合わせをしたいだけなら、集会所のトレーニングルームでやればいいだけですからね。周囲の視線がないところで手合わせをする以上、何か聞かれたくない話をする気だった。――違いますか?」
大崎の三人組は笑ったままだった。眉はひそめていたが。
「正直に言うが、その通りだった。そこの――ユーファくんは要人だ。保護する人間は実力者でなければならない。間違ったことは言ってないと思うが」
「確かにその通りですけど、俺たちがユーファを保護してるのは、上からの命令です。俺たちで、勝手に責任者を変えることはできないでしょう」
「そうだぞ。私の師匠は恭一なんだ」
これにはユーファも同意した。
「もちろん、それもその通りだ」
そして、大崎のひとりもうなずいた。
「ただ、その責任者の実力に問題があれば、上も方針を変えるだろう。わかってほしいが、俺たちもユーファくんのことが心配なんだ」
「というのは建前で、本音は魔王の娘を保護して、さらに功績をあげようとしてるようにも見えますけどね」
俺が言ったら、大崎の三人組の顔から笑みが消え失せた。まずいな。さすがにこれは黙っててもいい話だったか。
「その通りだよ」
大崎のひとりが渋い顔でうなずいた。
「へえ、驚きました。正直に認めましたですね」
「いまさら格好をつけてものを言っても、誤魔化せそうにないんでね。まあ、とりあえず、そういうことだから。じゃ、はじめようか」
大崎のひとりがむっとした顔のままで言い、河川敷にあるサッカーコートのほうへ歩いて行った。
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