第三章・その2

 そのまま集会所をでて、俺たちは普段通りの見まわりにでた。一応、俺が聖菜と横に並んで、ユーファは俺のすぐ後ろというフォーメーションである。


「なんで私の横に並ぶのよ?」


 まだ怒りが収まっていないらしく、聖菜が俺のほうをにらみつけてきた。


「リーダーぶるんじゃないって、さっきも言ったでしょう?」


「べつにリーダーぶってなんかいない。ただ、俺は男だからな」


 なんとなく言ったら、またもや聖菜が柳眉を釣りあげた。


「男だからって、それだけで偉そうにするんじゃないわよ!」


「あ、ストップ。誤解してる。そうじゃない」


 俺は聖菜の言葉を遮った。


「ほら、俺は男だから、何かあったら、女性の聖菜を守らなくちゃいけないんだ。だから、こういうときは、本当は俺が先に歩かなくちゃならない。ところが、俺が先に歩くと、聖菜がガタガタ言ってくるから、とりあえず並んで歩いてるんだ」


「――ああ、そう。そういうこと。わかったわ」


 俺の説明に、少しして聖菜がうなずいた。ありがたいことにわかってくれたらしい。


「それなら、いまはそれでいいわ。男として、とるべき行動だとは思うから」


「そりゃどうも」


「ただ、言っておくけど、女だからって、私の実力が劣っているなんて思わないことね」


 わかってくれた上で、それでも聖菜が俺をにらみつけてきた。


「私だって、対妖魔用の戦闘訓練は、シミュレーションでずいぶんやってきたんだから。軽く見られるのは心外だわ」


「訓練と実践は違うって、よく聞くぞ」


「だから実戦もこなしたいのに、あなたが邪魔するんでしょ」


 俺をにらみつけながら、聖菜が自分の腰の勇者剣に手をかけた。


「見まわりで妖魔を見つけるたびに、私は滅ぼそうとして必死になってるのに、あなたって人は、いつも見逃してばっかりで」


「ああ、ごめんごめん、いまのは俺が悪かった」


 これ以上は聖菜が本気で切れそうなので、俺は両手をあげた。


「ただ、俺は無駄に何かが死んだり滅びたりするのは、もう見たくないんでな。だから平和主義者で通してるんだ」


「勇者の血を引いているのに、悪を見逃すなんて、本当に最低ね」


 聖菜が勇者剣から手を離した。――それから、ちょっと不思議そうな表情をする。


「いま、もう見たくないって言ったわよね?」


 あ、まずい。


「前に見たことあるの?」


「そそそそれはほら。えーと、誰だって見たことあるだろう。TVをつければ、そういう報道番組はいつでもやってるし」


「あ、なんだ。そういうことか」


 あわてて言う俺に、聖菜があきれたような顔をした。


「それこそ、TVで見ているだけで、目の前の現実とは違うわよ。そんなもので本当の戦場を知った気になるのはやめておくべきね」


「はい、ごめんなさい」


 俺は聖菜に軽く頭をさげた。聖菜が俺から目を逸らす。とりあえず、この話はこれで終了ということになった。


 そして、それ以降の見まわりだが、不気味なほどに平和だった。


「これ、本当に昨日と同じ街なの?」


 三十分ほど歩きまわって、ついに聖菜も疑問を口にした。


「まるで妖気が感じられないわ。平和そのものって感じじゃない」


「平和でいいことじゃないか」


「そりゃ、そうだけど」


 聖菜も一応はうなずいた。


「でも、こうも何もないと、拍子抜けするのよ。昨日のあれはなんだったの?」


「うーん、たぶん、それは、私がいたから、みんなビビったんじゃないかな」


 と、これはユーファの言葉だった。


「ほら、昨日、私が魔王軍に命令したから。それで、その情報が、ほかの魔王軍にも伝わって、それでみんな、私たちの見まわるところには行かないようにしてるんだと想像します」


「あー、なるほど。それはあるだろうな」


 俺も納得した。魔王の娘が引っ込んでろと一括したら、そりゃ、魔王軍の残党でも、すっ飛んで逃げだすに決まっている。


「――え、ちょっと待って」


 こりゃのんびりできると心のなかで喜んでいた俺の前で、聖菜が眉をひそめた。


「それって、ひょっとして、私たち、もう魔王軍の残党と戦えないってこと?」


「戦わなくて済むならそれでいいんじゃないか?」


「よくないわよ!!」


 聖菜の声は悲鳴みたいだった。なんだ? 何が不満なんだと思う俺の前まで聖菜が詰め寄ってくる。


「私は勇者の子孫として、功績を挙げたいの! 魔王軍の残党と戦って、その実力を認められたいのよ!! それが、そんなチャンス、二度とないなんて」


「目的と手段が入れ替わってないか?」


 俺はあきれた。


「あのな。俺たちは魔王軍から人間を守って、平和を維持するために存在してるんだ。出世するのが目的で勇者やってるんじゃない。戦う相手がいないんなら、あとは普通にデスクワークでもいいだろうが」


「――それは――」


 聖菜が口を閉じた。本来の勇者がどういうものか、思いだしたらしい。


「まあ、功績を挙げて成功したいって欲があること自体が悪いとは言わない。ただ、だったら、ほかの仕事でやればいいだけだ。勇者ってのはそういうもんじゃないぞ」


「なるほど、そうなのであるか」


 俺の横でユーファが神妙な顔をしながらうなずいた。


「さすがは私の師匠だ。いいこと言うなー」


「最近の勇者がおかしいんだよ」


 何しろ、勇者同盟に顔をだしても、みんな、どれだけ妖魔を滅ぼしたとか、そんな自慢話ばかりだからな。ゲームで勝負してるつもりにでもなってるらしい。リアルは違うってことがわかっていないのだ。


「でも、恭一は出生しようとしない、とっても珍しい勇者だから、多数決の理屈だと、おかしいのは恭一なのではないですか?」


 少しして、ユーファが無邪気な顔つきで訊いてきた。


「まあ、そういう言い方もできるけどな。俺は引退した身だ。後は好きにさせてもらうさ」


「何を言ってるのよ。引退どころか、勇者として本格的なデビューもしてないくせに」


 聖菜がおもしろくもなさそうに言い捨てた。

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