第三章・その1
1
「それで、結局、このチームは三人のままなんですか?」
翌日、勇者の集会所で、俺と聖菜、ユーファは渋谷先生から正式な命令を聞かされた。俺の質問に渋谷先生がうなずく。
「理由は、何かあるんですか?」
魔王の娘を、ロクに成績もあげていない俺たち下っ端勇者が世話するなんて、どう考えても筋が通らない。不思議に思って質問したら、渋谷先生がため息をついた。
「理由って言ったらいいのか。――ユーファは、最初から自分を魔王の娘だと言っていたわ。それが本当だと判明したから、あなたたちのチームから外すってことになると、それまで、私たちはユーファの供述を聞き流していたってことになるから。ちゃんとわかっていて、それで、あなたたちに任せたってことにしたいんでしょうね」
「うわ面倒臭い理由がきましたね」
要するに、組織としての体裁を保ちたいってことか。あきれる俺の前で渋谷先生が話をつづけた。
「それに、魔王軍の残党が、ユーファを前にして直立不動の姿勢で命令を聞いたって話は、まったく記録映像が残ってないから。むしろ、上としては、そっちのほうが信用できないって判断をしているはずだし」
「あ、そうか。それはあるでしょうね」
「ちょっと待ってください。渋谷先生は信じてくれてるんですよね?」
この質問は聖菜だった。渋谷先生が眉をひそめる。
「まあ、半分くらいはね」
「じゃ、残り半分は疑ってるんですか?」
「そりゃ、私だって、言われたことをなんでも馬鹿みたいに信じこむほどお人よしじゃないし」
正論だな。俺の横で、聖菜が納得のいかない顔をした。
「でも本当なんです」
「じゃ、次から記録映像を撮っておきなさい」
「俺たち、見まわりに行ってきますから」
証拠がないんだから、これ以降の話は、本当だ、信じられないの水掛け論になる。そんなもんはやるだけ無駄だ。勇者剣に手をかけて俺は渋谷先生から背をむけた。
「じゃ、行ってきまーす」
嬉しそうにユーファが手を振ってから、俺の後ろをついてきた
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ恭一!」
あわてたみたいな聖菜の声が飛んだ。振りむくと、同じく勇者剣を持った聖菜が駆け寄ってくる。
「あなた、それでいいの!? これからもユーファと一緒なのよ!?」
「仕方がないだろう。俺たちだって組織の人間だ。上からの命令には従うしかない」
「そりゃ、そうだけど」
「おまえユーファが嫌いなのか?」
不思議に思って質問したら、聖菜が不満そうな顔をした。
「そういう問題じゃなくてさ」
「じゃ、いいじゃないか。ほら、見まわりに行くぞ」
「――仕方がないわね」
悔しそうに聖菜がうつむいた。実際問題、上からの命令を拒否したら退職処分を食らってもおかしくはない。勇者として活躍したかったら、ユーファと一緒に行動するしか選択肢はなかった。
「ただ、勘違いはしないでよね」
聖菜が勇者剣を腰につけながら、小走りで俺のそばまで近づいてきた。そのままにらみつけるように見あげてくる。べつに怖いわけじゃないが、俺にはにらみつけられる理由がわからなかった。
「勘違いって、何をだ?」
「このチームのリーダーはあなたじゃないってこと」
不思議に思って質問したら、余計に訳のわからない返事が返ってきた。
「は?」
「は? じゃないわよ。気がついてないの? ここ二、三日、恭一は私たちのことを仕切りすぎてるのよ。なんでも自分で勝手に決めて行動しようとするし。しかも、それが、妖魔や魔王軍の残党を滅ぼさなくて平和で安泰。あーよかったとか、そんなのが目的だし。戦うべき敵に剣をむけることもできないような、勇者の子孫ってだけでヘラヘラしてる奴がリーダーなんて、私は認めないからね」
「俺はリーダーになろうとなんて思ってないぞ」
「とてもそうは見えないわよ」
「外見で人を判断するもんじゃないな」
「外見じゃなくて、いままでの言動からそう判断してるのよ」
「そりゃすまなかったな」
俺はおとなしくしてるつもりだったんだが。考える俺の隣をすり抜け、聖菜がすたすたと前を歩きだした。すぐに振りむく。
「ほら、もたもたしてないで、早く見まわりに行くわよ」
「へいへい」
俺は苦笑して聖菜のあとを歩くことにした。先頭を歩くことで、自分がリーダーだと主張したいらしい。
「恭一、聖菜が先に道を歩いていいのであるか?」
集会所をでるとき、ユーファが少し不思議そうに訊いてきた。
「本当は恭一、すごく強いのに。強い奴が偉いのではありませんか?」
「はあ!? 何を言ってるの!?」
俺の前を歩いていた聖菜がすごい形相で振りかえった。
「妖魔を滅ぼしもしない恭一の、どこが強いって言うのよ!」
「え? だって」
ユーファが俺を見あげた。
「私の目から見ると、恭一って、すごい魔力が」
「いいからいいから」
なんか面倒臭くなりそうだったので、おれはユーファの言葉を遮った。聖菜がイラついた表情のまま、俺とユーファを交互に見る。
「恭一の魔力がどうしたのよ?」
「べつにどうも。ユーファは俺を師匠として慕ってくれてるから、喜ぶように、いいことを言ってくれてるんだ」
俺はユーファのほうをむいた。
「な? そうだよな?」
「――うん」
少ししてユーファがうなずいた。ありがたい。魔王の娘だから好き勝手に言いたいこと言うだけ性格かと思っていたが、さすがに空気を読んでくれたか。
「と、言えばいいのであるか?」
違った。補足でとんでもないことを言ってくる。聖菜が不審そうな顔でこっちへ近づいてきた。
「あなたたち、何を妙な会話してるのよ」
「いやいやいやいや、大したことじゃないから。ほら行くぞ」
俺は笑って誤魔化し、ユーファの手をひいて歩きだした。これはふたりっきりのとき、少し説明しなければならないらしい。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
玄関まで行こうとする俺の背後から、聖菜の怒りに満ちた声が飛んだ。
「先に行くのは私よ! リーダーでもない奴が好き勝手に行動するんじゃないわよ!」
「あーそうだったな」
俺は立ち止まって振りむいた。
「じゃ、どうぞ、リーダー様」
聖菜に言ったら、怒りの形相が倍増しになった。
「あんた喧嘩売ってんの!?」
「あのな」
俺はユーファから手を離し、聖菜を見つめた。
「おまえなんかリーダーじゃないって言うから、聖菜がリーダーだって判断して、俺はものを言ったんだ。なんで怒るんだよ?」
「そんなの私の自由でしょう!!」
返事にもならない言葉を吐き捨て、そのまま聖菜が背をむけてスタスタと行ってしまった。
まあ、いいか。こういうこともある。
「女心ってのはわからねえもんであるなー」
仕方がないから後ろをついていく俺の横でユーファがつぶやいた。
「おまえだって女だろ」
「あ、そうか。少し訂正。人間の女心はわからない、であった」
速足で歩く俺の横で、同じく速足で歩くユーファが説明した。
「私がいた世界の女はわかりやすかったぞ。うまいものをくれたら嬉しい、まずいものを食べたらおもしろくない。好きな相手には好き、嫌いな相手には嫌いなのだ。でも、こっちは違うんだろ? 好きな相手に嫌いって言うんだろ? それでわからないって顔をすると、空気を読めって言うんだろ?」
「――まあ、そうだけど」
「ツンデレっていうそうじゃないか」
「正解。よく知ってるな。ずいぶん勉強したんだな」
俺は感心しながらユーファを見た。ユーファが嬉しそうに胸を張る。
「でも、どうしてそうなるのかは、まったく理解できないけどな」
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