第二章・その8
「それで、いまの話を信じろっていうの?」
勇者同盟の集会所で、渋谷先生が眉をひそめて聞いてきた。そうなって当然だろう。魔王軍の残党を見かけたけど、命令一発で追いかえしました。記録映像を撮るのはうっかり忘れてました。――こんな話、俺が上級係員でも絶対に信用しない。
「信用できないってのはよーくわかります。でも本当なんですよ」
「本当なんです」
俺の隣にいた聖菜が補足した。渋谷先生があきれ顔で俺たちから目を逸らし、ユーファのほうを見る。それにユーファも気づいた様子で笑顔になった。
「本当でございます」
「ふざけるのもいい加減にしなさい」
ユーファはふざけてるんじゃなくて、敬語の使い方がわかってないだけなんだろうが、渋谷先生は理解できていないみたいだった。
「だって、魔王軍の残党が、そんな」
「それは、私が魔王の娘だから」
ユーファが渋谷先生の言葉を遮った。渋谷先生が、アッと気づいた顔をする。俺たちと同じで、いままで信用してなかったらしい。
「魔王軍の残党もそれ言ってました。部下の妖魔に。それで、人間に憑いた妖魔に、早くでろって言って、それから、そのまま退散って流れでした」
「私も見ていました。間違いありません」
俺の説明に聖菜がフォローした。渋谷先生が俺たちを交互に見て、それからユーファを見る。
「――あなた、自分のことを、魔王の娘だって言ってたわね?」
「だから何回も言ったのである」
ユーファが、少し不愉快そうな顔で胸を張った。いくら言っても信じられないのがおもしろくなかったんだろう。渋谷先生が小首をかしげた。少ししてから、あらためてユーファのほうを見る。
「これは本格的に信じてもいいみたいね。事情聴取からの推論だけじゃなくて、状況証拠もそろったってわけだし」
「つまり、いままで私の話を聞いていなかったのですね?」
「そんな話、普通は誰も信用しないもんだ」
不服そうなユーファに俺は忠告しておいた。ユーファが少しむくれた顔でこっちを見る。
「恭一は、信じていなかったのであるか?」
「じゃ、聞くけど、俺が、かつて魔王軍を滅ぼした六大勇者のひとりの子孫ってだけではなく、初代六大勇者のひとりの生まれ変わりで、前世のことを覚えてるって言ったら、ユーファは信じるか?」
「――うーむ、えーとね」
ユーファが少し考えてから、笑顔でこっちを見た。
「指さして笑うと思う。私が魔王の娘だから、それに対抗してもの言ってるのに決まってるから」
「ひどいリアクションだな。せめて、馬鹿言ってんじゃねえよって返事をするくらいにしてくれ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ」
と言ってきたのは聖奈だった。チラっと見たら、なんかスゲー目で睨んでる。
「とにかく、いまの話は正式に上に報告します」
俺と聖奈の会話に渋谷先生が入ってきた。
「それで、ひょっとしたら、ユーファは、このチームから外される可能性もありますから、そのつもりでいなさい」
「は?」
ユーファが妙な顔で渋谷先生を見た。
「どうしてなのですか?」
「だって、あなたが本当に魔王の娘だって言うんなら、はっきり言って、いろいろな利用価値が考えられるわ。そうでなくても、基本は要人扱いになるでしょうね。一緒にいるべき勇者も、もっと優秀な人間であるべきでしょうし。それを、言ったら悪いけど、こんな、妖魔を滅ぼしたことさえ、一度もないようなチームに入れるなんて」
「な――」
渋谷先生もひどいことを言う。俺の横で、聖菜が不満そうに声をあげた。
「それって、私たちじゃ、役不足だって言うんですか?」
「言葉の使い方を間違えてるわよ。あなたたちは役不足じゃなくて力不足です」
冷静に訂正してから、渋谷先生が聖菜を見つめた。
「考えてごらんなさい。具体的な成果をひとつもあげていないチームに要人を預けるなんて、できるわけないでしょう。それとも、あなたたちは上に報告してないだけで、魔王軍の残党を滅ぼしたような、偉大な功績でもあげているわけ?」
「――それは――」
聖菜が少しだけ言葉を詰まらせ、不愉快そうに俺を指差した。
「私が成果をあげられないのは、恭一が邪魔をするからです! 妖魔を滅ぼそうとしても、いつも途中で割って入ってきて、それで妖魔を逃がして。私は悪くありません!」
「べつにいいじゃないか。滅ぼさなくてもなんとかなってるんだから。世のなか平和が一番だぞ」
「あんたは黙ってなさい!!」
自分はベラベラしゃべってるのに、勝手な言い草だな。あきれる俺から目を逸らし、聖菜が渋谷先生のほうをむいた。
「だから、私は、渋谷先生が考えているような、劣等生なんかじゃありません!」
「あ、そう」
渋谷先生がうなずいた。
「じゃあ、これ以降も、ユーファの面倒は、あなたたちが見るってことでいいわけね?」
「――あっ」
ここで、聖菜がしまったって顔をした。考えていることはわかる。黙って言われっぱなしにしていれば、魔王の娘なんていう、面倒なのとはおさらばできたのに。――こんなところだろう。
どうしたらいいのかわからない顔をしている聖菜を見て、渋谷先生が苦笑した。
「とりあえず、あなたの要望はわかりました。恭一くん、あなたは?」
「俺はどうでもいいです。何しろ昼行燈なもので」
「そう。それでユーファは?」
「私は恭一といたいのです」
ユーファの返事は、少し意外だった。渋谷先生も不思議そうにする。
「どうして? もっと優秀な勇者と一緒にいたいとは思わないの?」
「だって、ほかの勇者って、魔王軍の残党を敵だと思っているのでしょう?」
ユーファの質問に、渋谷先生がうなずいた。
「だから勇者なのよ。それが?」
「だったら、私も、切り殺されちゃうかもしれないし」
「それはないわ。ちゃんと要人扱いするように命令をだしておきます」
「うーん」
ユーファが少し考えた。
「それでも、私は恭一のチームがいいです」
「それはどうして?」
「だって私、恭一が最初に見た勇者だし、その恭一に弟子入りするって言ったから」
言いながらユーファが俺のほうを見た。
「仮にも勇者を目指すものが、自分の言葉に責任もとらないようでは話にならないのです」
「立派なこと言ってくるなあ」
俺は感心した。俺たちは勇者の子孫だから、飯食って呼吸していれば勇者でいられるが、ユーファは違うからな。とにかく勇者らしく行動しようとしてガチガチになっているんだろう。
かわいいな、と俺はちらっと思った。
「なるほど、話はわかりました」
渋谷先生がうなずいた。
「要人である本人が望むのであれば、なるべくそうするようにこちらも行動します。とにかく、今回のことは上に報告しますから」
「わかりました」
「では、今日はこれで解散とします」
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