第四章・その6
「ひかえろ馬鹿どもが!!」
この瞬間、俺のなかで、本当の力が少しだけ顔をあげた。なるほど、このレベルまで追い詰められないと、俺の実力は元のレベルにまで戻らなかったんだな。――心の片隅でぼんやり思いながらも、俺はスケルトン兵士をねめつけた。スケルトン兵士の動きが一瞬で止まる。
正確には、硬直して動けなくなったのだ。こいつらはもう生きていないが、生前、誰に指導を受けたのか、それはかろうじて覚えてくれていたらしい。
「――あ?」
俺の怒鳴り声で、急に動きを止めたスケルトン兵士を見たヘルマスターが、きょとんという顔をした。
「なんだ? どうしたのだ? なぜ私の命令を聞かん? 生き返らせたのは私だぞ。早く、その男を八つ裂きにせよ!」
「貴様らは誰の弟子だ!」
ヘルマスターを無視して恫喝する俺に、スケルトン兵士が一斉に気をつけの形をとった。骸骨じゃなくて顔に肉がついていたら、どんな表情になっていただろう。俺はヘルマスターを指さした。
「わかっているなら、戦うべき相手が誰かもわかるはずだ! あの女を拘束しろ!!」
「ななな何を貴様は言って。――ああ!?」
いきなりの俺の剣幕に、それでも反発しようとしたヘルマスターがぎょっという顔をした。俺の命令に従い、スケルトン兵士の集団が、ひとり残らず自分のほうをむいて剣をむけたのだ。普通はそうなって当然だろう。
「なんだ? どうなっている? こいつらを蘇生させたのは私なんだぞ!!」
動揺顔のまま、ヘルマスターが絶叫するみたいに言った。まあ、その疑問も当然である。問題は、俺が過去に、同じヘルマスターレベルの奴とやりあったことがあるってことだった。
そして、そのときに、俺はある程度の打開策を見いだしていたのである。これが疑問に対する回答。まあ、教える暇もないから説明ははしょるが。
「殺さずに捕らえろ!」
俺の命令に従い、スケルトン兵士が錆びついた勇者剣を峰打ちにかまえ、一気にヘルマスターへ飛びかかっていった。
「なぜ私の命令を聞かないのだ!?」
ヘルマスターが叫ぶと同時に、粉砕されたスケルトン兵士の白骨が宙に舞った。一対一なら、確かにスケルトン兵士など、ヘルマスターの敵ではないだろう。だが、この数ではどうか? ヘルマスターは俺を殺すため、三十を超えるスケルトン兵士を蘇生させた。それが自分の命令に背いて襲いかかってくるなど、想像もしていなかったに違いない。ペットのケルベロスと一緒に拘束され、俺の前に突きだされたヘルマスターの表情は唖然としたものだった。
「――貴様、何者なのだ?」
それでも敵意の視線を崩さず、ヘルマスターが俺をにらみつけてきた。
「このヘルマスターのつくりあげたスケルトン兵士が、こんな行動をとるなど、あるはずが」
「いま、ここは、魔界と人間界をつないでいる状態なんだな? そのつないでいるポイントを変えろ。勇者同盟の集会所へだ」
事態は一秒一刻を争う。もうヘルマスター相手に馬鹿な会話をつづける気など、俺にはなかった。ヘルマスターの言葉を遮って命令した俺に、ヘルマスターが、それでも憎悪の視線をむける。
「何をふざけたことを。貴様の言うことになど、誰が従うか」
「言うこと聞かないと痛い目に遭うぞ」
「勇者の一族に従うくらいなら、私は死を選ぶ」
また面倒くさいことを言ってくる。まあ、魔王軍の連中は、死んでも蘇生する連中が多いからな。だからこそ、こういう事態でも余裕ぶっていられるんだろうが。
「どうした? さっさと殺せ」
「おい」
俺はヘルマスターから目を逸らして、ケルベロスを押さえつけているスケルトンたちのほうをむいた。
「そのケルベロスの、真んなかの首を落とせ」
「――なんだと!?」
これでヘルマスターの表情が急に変わった。やっぱりな。こんなところにまでつれてくるから、よっぽどの愛犬家なんだろうと想像していたんだが、大正解だったらしい。
「貴様、私のエリザベスに少しでも傷をつけてみろ。ただでは済まさんぞ!!」
スケルトン兵士に押さえつけられたまま、それでもヘルマスターすごい形相で俺に吠えたててきた。それはともかく、ケルベロスにエリザベスって名前をつけていたのか。
「いいネーミングセンスしてるな。外見は普通の女の子だけど、中身も少しは乙女チックなところがあったわけか。――ああ、前言撤回。そのケルベロスを傷つけるな」
俺の命令を聞き、ケルベロスにむかって勇者剣を振りあげたスケルトン兵士が動きをとめた。
「じゃ、言うことを聞いてもらおう。ここを勇者同盟の集会所と直結させてくれ」
「――汚いぞ、それでも勇者か」
ヘルマスターが歯ぎしりしながら俺をにらみつけてきた。
「攻めるなら、正々堂々と私を責めたらどうだ?」
「だから人質をとって、正々堂々と脅迫してるんじゃないか。早く言うことを聞くって返事をしな。黙ってるんなら、かわいいエリザベスちゃんの首は全部落ちて両手両足はバラバラになっちまうぞ。あと十数えるだけ待ってやる一二三四五六七八九」
「わわわかったわかった! 言うことを聞く!!」
あわててヘルマスターが首を縦に振った。――まあ、信用するとしよう。
「離してやれ」
俺の命令を聞き、スケルトン兵士がヘルマスターから手を離した。悔しそうな顔でヘルマスターが立ちあがる。
「――なぜ、魔王軍でも幹部だったこの私が、こんな、年端もいかぬ勇者の子孫に勝てないのだ?」
「外見で人を判断するから不覚をとるんだ。おまえだって、人間を騙すために、そんな少女の姿をしてるんだろう。確かにそれで人間は騙される。ただ、おまえたち魔王軍も、それで騙されるんだ。相手に通用する作戦は自分にも通用する。覚えておくんだな」
「何を偉そうに」
「十数えるまで待つって言ったよな? 九・五」
「わわわわかったから! エリザベスには手出しをするな!!」
どうしたって俺には勝てないと悟ったのか、ヘルマスターがうなだれて何やらつぶやきだした。魔王軍の儀式詠唱か何かだろう。同時に世界が見る見る歪みだしていく。
見えている光景が変わりだした――
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