第四章・その5
「骨か」
俺は小さくつぶやいた。その間にも、あちこちから白骨が起きあがってくる。みんな、錆びついた剣を持っていた。――形状は、俺が前に持っていた勇者剣と似ているが、錆ついてるってことはステンレス製じゃない。旧時代の遺物だ。
「かつての魔界大戦で死んでいった勇者軍どもの亡骸だ」
ヘルマスターが薄く笑いながら説明した。
「ふむ、それで魔界と人間界を直結させたのか」
「本当に飲みこみが早いな。私の実力が貴様に及ばないことは認める。だが、だったら数に物を言わせればいいだけの話だ」
「なるほどね」
「それに、かつての魔界大戦に参戦した勇者軍団なら、リーダーだった六大勇者から直接の剣の指導を受けている。貴様とは格が違うぞ」
「まあ、普通はそう考えるだろうなあ。こりゃ大ピンチだ」
俺の前にいるスケルトン勇者軍団は――ぞろぞろと復活している。目で数を数えようと思ったが、二十を越えたあたりであきらめた。
「ちょっと聞くけど、『大崎』の人は? それから、マイヤード様が見えないんだけど」
スケルトン勇者軍団が、まだ襲いかかってこないことを確認してから、俺はヘルマスターに訊いてみた。ヘルマスターは笑ったままである。
「これから死ぬ貴様がそれを知ってどうなる?」
「いいじゃないか、最後の最後にそれくらい教えてくれても。大体、俺は『大崎』の人が人質にとられてるから、ここにきたんだぞ」
「ふん」
ヘルマスターの笑みが強くなった。
「まあ、それくらいのサービスはしても罰は当たらんだろうな。貴様たちの世界では、冥土の土産に教えてやるとか言ったか」
「さすがはヘルマスターだ。冥土の土産なんて言葉、よく知ってるねえ」
「――なんだと?」
なんとなく言ったら、ヘルマスターの表情から急に笑みが消え去った。
「貴様、いまなんと言った?」
「は? 冥土の土産なんて言葉、よく知ってるなって言ったんだけど?」
「その前だ。貴様、私をヘルマスターと言ったな。なぜ貴様のような小僧が、魔王軍での私の位を知っている?」
「だから勇者同盟の資料だよ」
あ、まずったな、と心のなかでちらっと思ったが、俺は表情にださずに言い訳を並べた。ヘルマスターが、なんとなく、納得のいかないような目で俺を見ている。
「まあいいだろう」
納得のいかない表情のまま、それでもヘルマスターがうなずいた。
「いまの話、事実はどうかは知らんが、その勇者同盟も、もうなくなるのだからな。資料はあとで集めて焼き捨てればいい」
「――なんだと?」
今度は俺が訊きかえす番だった。
「勇者同盟がなくなるって、どういうことだ?」
「ああ、忘れていたな。あの『大崎』の一族だが、ここにはいない。貴様がここにくるのを確認して、使い魔に命じて勇者同盟の集会所へ送り返したわ」
ヘルマスターの顔に、あの邪悪な笑みが戻ってきた。
「ただ、なんの力もない、ただの使い魔に、仮にも勇者の一族を届けさせるなど、危なくて心配でな。それで、マイヤード様にお願い申しあげて、ご同行をしていただいたのだ」
「――何い!?」
俺はヘルマスターの言おうとしていることがわかった。そういうことか。マイヤードが直接乗り込んだら、勇者同盟にいる戦場知らずの連中など、束になってもかなわない。こいつは俺を殺すのが目的だったんじゃなかったのだ。仲間が殺される事実を知り、歯を食いしばってもだえる俺を眺めて笑い転げるのが目的だったのである!
「どうした? 私はちゃんと約束を守っただろう? 『大崎』のものには傷ひとつつけていない。そのまま、ちゃんと送りかえした。マイヤード様は、私と違って、何も約束などしていなかったがな」
「俺は帰る」
もう返事をするのも面倒くさいので、俺は短くヘルマスターに言った。
「俺も、ここにこいって約束だったから、ここにきただけだ。約束は守ったぞ。それ以降の話はしていない。だから好きにさせてもらう」
いまから、この忘却の時刻を抜けだして、勇者同盟の集会所まで全力疾走で、約一時間。駄目だ、間に合わない。――いや、それ以外の方法があった。もっと早く集会所まで行ける。俺の前にいるヘルマスターは、人間界と魔界をつなげたのだ。
それを応用させれば。
「ただで帰すと思うてか?」
少し時代錯誤な口調で言いながら、ヘルマスターが右手を挙げた。同時に、俺の前に立っていた、約三十名のスケルトン兵士が、ざわっと動く。右手に持って剣をこっちにむけてきた。
「かかれよ! 手足をバラバラにして、我が従者であるケルベロスの餌にするのじゃ!!」
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