第四章・その4
2
その日の夜。いつもとは違い、勇者隊に支給される青い制服ではなく、普段の私服に着替えた俺は家をでた。退魔用のペンダントは首にかけているが、勇者剣はない。マイヤードとの戦いでぶっ壊されちまったからな。代理の剣をとりに行くことはできなかった。集会所に行ったら聖奈とユーファにいろいろ聞かれる。
「まずったな」
歩きながら、俺は独り言でつぶやいた。いま、勇者剣が手元にないことを、俺も昼間は忘れていたのである。こりゃ想像以上に大ピンチだぞ。
「いくらなんでも、素手であいつらに勝てるわけないだろうし」
俺は歩きながら両手を見た。なんだか、半分くらい透けて見えるような気がする。それだけ、戦って勝てる自信がないってことなんだろう。こんな感覚は何年ぶりだろうか。少し考えてみたが思いだせない。まあいいさ。大崎の光さんを助けるためだ。
「そういえば、なんか連絡あるかな」
俺は昼間に指定された公園まで歩きながら、スマホをとりだしてみた。――魔王軍の残党からのメールはない。代わりにいろいろ入っていた。聖奈からである。
「早くきなさいよ。どこにいるの?」
「悪いけど、こっちはそれどころじゃないんだよ」
スマホをポケットにしまい、俺は目的の公園まで、少し早足で行くことにした。――公園に近づくにつれて、周囲を白い霧が覆いはじめてきた。忘却の時刻である。やっぱり本気で俺をやっちまうつもりらしい。まあ、勇者の子孫と魔王軍の残党なんだから、そうなってあたりまえなんだが。
「辞世の句でも考えておくべきだったかな」
冗談っぽくつぶやいてから、あんまりシャレにならないな、と俺は思った。前のときは転生の術をかけておいたんだが、今回はそんな余裕もなかったからな。まあ、大崎の光さんを助けるために死ぬんだから、多少は格好がつくだろう。
忘却の時刻をかき分け、俺は公園に侵入した。
「――こりゃ、すごいな」
公園のなかは、まともな広場になっていなかった。見たこともないような巨大な樹木や、不気味な虫が周囲を這いずりまわっている。日本じゃなくて、アマゾンにでもきたみたいな感じだった。
「いや、違うな。これは、魔界の動植物か。ただの忘却の時刻じゃない。人間界と魔界を直結させたんだ」
「ほう、よく知っているな」
という返事は、スマホで聞いた少女の声とよく似ていた。声のした方向を見ると、ワンピースを着た、額から角の生えた少女が立っている。すぐ隣にはケルベロスがいた。
「――ああ、前に、ここで俺に声をかけてきた娘か」
思いだした。俺をペットのケルベロスの餌にしようとしたヘルマスターである。それで、俺にケルベロスをぶっ飛ばされて、そのまま逃げかえったのだ。
ヘルマスターが悔しそうに眉をひそめた。
「貴様、本当に私のことを忘れていたのだな」
「殺さずに追い返すなんて、何度もやってきたからな」
俺は周囲を見まわした。
「マイヤードは?」
「貴様に答える義理などない」
「これからやりあうんだ。教えてくれたっていいだろう」
「繰り返すが、人質がどうなっても」
「はいはい悪かったよ」
俺は両手を挙げた。ヘルマスターが眉をひそめる。
「しかし変わった奴だな。私も、貴様のことを少し調べた。こちらも、勇者たちの情報を集めているのでな」
「へえ」
「貴様、『青山』の一族のなかでも、ずいぶんな変わり者だそうだな。実力があるのは間違いないが、まるで実績をあげようとしない怠け者だとか」
「正解」
「それなのに、ここが魔界の一部だとすぐに気づいた。なぜだ?」
「前に見たことがあるからさ」
「なんだと?」
「勇者同盟の資料にはいろいろ書いてある」
「――ああ、そういうことか」
ヘルマスターが納得したような顔をした。
「人間は事前に調べることで、知らぬものでも知ったような顔をすると聞いていたが、これがそうか。しかし、それにしても、まったく恐れた素振りを見せん。やはり変わった奴だ」
「マイヤードにも同じようなことを言われたよ」
「様をつけろ」
「これは失礼。マイヤード様にも言われたよ」
「さて、これから貴様の処刑に入る」
いきなりヘルマスターが話題を変えた。同時に、周囲から急激な魔力が湧きあがる。俺の見ている前で、地面がぼこぼこと揺れだした。
「なんだ?」
地震でもない。不思議に思って見ていたら、ぼこぼこ揺れる地面のなかから、白い棒みたいなのが生えてきた。
いや、棒じゃなかった。
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