第四章・その3

「わ! びっくりした」


「あのな恭一」


「待て待て待て。近い近い。ちょっと離れて」


「おう。これくらいかな?」


 ユーファが言い、てくてくと三十センチくらい後ずさった。まだ近いけど、とりあえずはいいとしよう。


「それで? いきなりなんだよ?」


「なんだよは私の質問でありまするぞ?」


 ユーファが不思議そうに俺の腰に眼をむけた。


「急に恭一が教室をでるから不思議に思って私もついてきたのだ。そうしたスマホでいろいろしゃべって。聞き耳を立てていたら、なんか、おもしろそうなことを言ってたな」


 あ、それで近距離だったのか。納得すると同時に俺はあきれた。


「あのな、人が電話してるときは、盗み聞きなんかしないのが基本的なマナーだぞ」


「世のなか、何事も例外がある。まあ、そんなことはいいから」


「よくねえよ」


「それよりも、いま、昨日のマイヤードのことを言ってたな。それで殺すとかなんとか。恭一は、誰と話していたんだ?」


 あー、そこまで聞いてたか。今度はどう誤魔化そうと、俺は少し考えた。――なんにも思いつかない。それにしても、面倒ごとってのはつづくものだ。泣きっ面に蜂ってことわざもあったっけ。


「昔、ちょっと縁のあった奴がいてな。そいつと話してた」


「ふうん」


 仕方がないから、問題にならないレベルで本当のことを言ったら、ユーファが俺を見ながら、少し小首をかしげた。


「それで、その、縁のあった奴とは、勇者の仲間であるか?」


「仲間じゃないけど、まあ、似たようなもんだな。要するに関係者だ」


「そうか、関係者であったのか」


 なんか、ユーファが難しい顔をして腕を組んだ。


「いまさっき、恭一はスマホで話しながら、私の名前を言っていただろう? その関係者とやらに私の名前を紹介した。何か理由があるのか?」


「特に何も。なんとなく、ぽろっとでただけだ」


「それはよろしくない気がします」


 眉をひそめながらユーファが俺を見つめた。


「そういうのは個人情報と言って、おいそれと他者に言っていいものではありませんぞ。まあ、今回は、相手が関係者なのですから、私も強くは言いませんが」


「人の電話を盗み聞きしておいて、どの口が言うんだそれは」


 俺はあきれた。というか、まー自分の都合のいいようにだけ行動する奴だな。さすがはお姫様である。


「まあ、いまのは、本当にぽろっとでただけだ。気に入らないっていうんなら謝る。悪かったよ」


「わかればよろしい、というわけでもない」


 とっとと謝罪すれば話は終わるだろうと思っていたのだが、ユーファの反応は予想外だった。


「あのな、何かあったのか恭一?」


 さっきまでの表情とは違い、なんだか優しい口調でユーファが話しかけてきた。目つきが俺のことを心配していますって告げている。


「さっき、スマホを持って教室をでたとき、なんだかすごい顔をしていたぞ。なんて言ったらいいのか――野良犬みたいな?」


「野良犬なんて見たことないからわからねえよ。つか、人のことを野良犬ってどういうことだ?」


「ああ、これは失礼。えーとな。じゃ、闘犬だ。これから殺し合いレベルの喧嘩するワンちゃん。あんな感じだった。いつも、のぺーっとした顔してる恭一じゃなかったから驚いたぞ。だから、私はあとを尾けたのです」


「あー、表情にまで、でちまってたか」


 さっきは考えていたことが口から洩れたし、本当に俺も年なんだな。いや、まだまだって可能性もある。そっちで考えておこう。


 何しろ、俺は十七歳なのだ。


「それで、何か問題でもあるのか恭一?」


「あるよ。まず、ユーファが俺の電話を盗み聞きしたことだ。あれ、よくないからな。俺のところに弟子入りしたんなら、二度とそういうことはするな。これは勇者の基本的なマナーだと思っておけ」


「あ、わかったのである」


 勇者のマナーと聞いた途端、ユーファの姿勢が正しくなった。


「勇者の基本的なマナーなら、私は喜んで従うのです」


「そりゃよかった。それから、俺がさっき、スマホで話していたことだけど、これは一切他言無用だからな。あれはあれで、一種の個人情報だ。ほいほい人に言うようなものじゃない。わかったな?」


「わかったのであります」


「いい返事だ」


 俺はほっとなった。これで、いまのことが聖菜の耳に入ることはない。こんな話を聖菜が知ったらどうなるのか、俺にも想像がつかなかった。


「じゃ、教室に戻るぞ」


「はいな」


「それから、学校が終わった後の、いつもの見まわりだけど、俺は少し遅れるかもしれない。なんだか調子がおかしくてな。三十分待ってこなかったら、腹を壊して寝てるんだと思っててくれ」


「おう、わかったのである。――でも、そういうのって、スマホで電話して、休ませてくださいって言うものではないか?」


「本当に具合が悪いときは、そういうことも言えないんだよ」


 位置情報サービスで、居場所を探られたら面倒だからな。俺は軽く念を押しておいた。

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