第四章・その2
翌日、眠い目をこすりながら学校へ行き、適当に授業をこなした俺が昼休みにスマホで遊んでいると、妙な新着メールがあった。相手が誰だかわからない。
「なんだ?」
確認してみると、こんなことが書いてあった。
「大崎の一族のひとりを預かっている」
「――ははあ」
昨日、俺がアバラへし折って、直後にマイヤードがやってきて大騒動になって、そのまま行方知れずになってしまった人のことだな。確か、光さんだったか。考えてると、つづけてメールがきた。
「ここに電話しろ」
で、電話番号が書いてある。これは面倒くさいことになりそうだな。俺は教室をでながら、表示されている電話番号にかけてみた。
「もしもし?」
『青山恭一だな?』
驚いた。相手の声は女性だったのである。てっきりマイヤードが電話の相手だと思ってたんだが。
「いや、百年ぶりくらいに蘇ったんだからな。スマホの使い方なんか知らないか」
『何を言っている?』
「こっちのこと。それよりどちらさん?」
『以前、貴様に受けた屈辱を忘れていないものだ』
「へえ?」
俺は少し考えた。――何も心当たりがない。
「すまないけど、俺は何をやったんだ?」
『私を殺せる力を持ちながら、笑って見逃した』
「は?」
よくわからないことを言ってくる。俺は首をひねった。
「なんだそりゃ。助かったんだからいいじゃないか。普通なら、助けてくれてありがとうって礼を言うもんだろう」
『子供扱いされて、それで私が大人しくひきさがると思っているのか?』
「これは失礼。プライドが高いお方だったんですね」
誰だったかな、と俺は考えてみた。はぐれ妖魔や、魔王軍の残党を、殺さずに追い返すなんていつものことだ。さっきの反対で、今度は心当たりがありすぎてわからない。
「まあいいや。プライドが高いってことは、ただの妖魔じゃなくて、魔王軍の残党だろう。それで俺に復讐しようとした。ところが、この俺と、まともにやっても勝てるとは思えない。だから、かつて殺されたマイヤードの死体をどうにかして見つけだし、胸に刺さっていた勇者剣を引き抜いた。それでマイヤードは復活。だから昨日、かつて勇猛を馳せた魔王軍の英雄が俺たちの前に現れた。――こんなところか?」
俺は電話の相手に言ってみた。むこうが少しだけ沈黙する。
『説明する必要はなかったか』
ちょっとして、遠まわしに、その通りです的な返事がきた。
『しかし驚いたな。教えろ。なぜわかった?』
「適当に言ってみただけだ。昨日は魔将軍、本日は脅迫電話。偶然にしては、まずいことが起こりすぎてるんでな。それで人質をとって、俺を呼びだして、マイヤードの手でぶっ殺そうと、そういうことか?」
『ふん』
電話の相手が鼻で笑ってきた。
『さすがと称賛しておこう。飲みこみの速い奴は助かる』
「こっちは命の危機で、助かるどころか大ピンチなんだけど」
『それは自業自得だと思ってもらおうか』
「殺すべき相手を見逃してやったら自業自得かよ。恩を仇で返すとはこのことだな」
『だからこそ、我らは魔王軍なのだ』
「魔王軍じゃなくて、敗北した残党だろうに」
『人質がどうなってもいいわけか?』
「すまなかった。いまのは撤回する」
ここで俺は敗北宣言をした。くだらない言い争いで大崎の人に何かあったら土下座程度の謝罪じゃすまない。
「そんで? 俺はどうすればいいんだ?」
『いまから場所を指定する。そこにきてもらおうか』
「定番のパターンだな。はいよ、了解しました」
『場所は――』
電話の相手が言う場所は、俺のよく知っているところだった。オフの夜に、俺が剣の素振りをしている自宅近くの公園である。
「それで、時間は?」
「夜7時でどうだ?」
「いいね。ちょうど学校も終わって、家で着替えて、軽めの夕食を食べた後だ」
『わかってると思うが、くるのは貴様ひとりだけだ』
「それで俺はぶっ殺されるわけか。次に生まれ変わったとき、この人生のことを覚えてたらいいんだけどな」
『――さっきから聞いているが、おかしな奴だな』
なんとなく言ったら、電話の相手が不審そうに言ってきた。
『これから殺されるというのに、なぜ怯えないのだ?』
「ちゃんとビビってるよ。ただ、人間ってのは、生まれ変わっても前世の記憶を覚えてるってことがある。それにちょっと望みを持っただけだ」
『ふん、ただの虚勢だったか。くだらんな』
「軽口くらい叩かせてくれてもいいだろう」
『死の恐怖から逃れるために、ただ口数が多いだけ。――そう判断されても仕方がないと思うがな。それでも勇者の子孫を名乗る気か?』
「べつに、無理して名乗ろうとは思ってない。俺は無駄話が好きなだけだ」
『では、いまのうちに、通っている学校の友達と好きなだけ話をしておくんだな』
電話の相手の口調が、急に圧力を増した。
『予定の場所で会ってからは、そんなおしゃべりもできなくなると思っておけ』
「はいはいわかりましたよ。やっぱりそうなるわけか。――そうだ。最後に質問。俺がその場所に行ったら、『大崎』の人は見逃してくれるんだよな?」
『安心しろ。私は約束を守る』
よく言うよ。俺はあきれた。こんなことを言う奴が一番信用できないのだ。まあ、それでも、俺が行かなければ、大崎の光さんは百パーセント死ぬ。俺が行ったら、死ぬ確率は九十九パーセントになる。これからは俺みたいな古いのじゃなくて、新しい世代に世界を預けるべきだ。行くしかないか。
『貴様、古いとか、新しい世代とはどういうことだ?』
考えてたら、電話の相手が妙な感じで質問してきた。いかん、考えていただけのつもりが、口にでていたらしい。こういう凡ミスをするところが、やはり年ってことなんだろう。
「なんでもない。俺たちみたいな六大勇者の子孫じゃなくて、ユーファみたいな、新しい風を取り入れるべきだって思っただけだ」
『知らん名だな』
「へえ」
俺はしめたと思った。これはいいヒントである。こいつはユーファの名前を知らない。魔王軍の残党なのは間違いないが、所詮はそういうレベルだ。そして、魔王の娘であるユーファが俺に弟子入りしたことも知らない。俺が、この電話の相手となんかやらかしたのは、それ以前ってことになる。
「まあ、そういう娘が、俺のそばにいるんだよ。六大勇者の子孫じゃないのに、新世代の勇者になろうとしてるのが」
とりあえず、その場を繕うために、俺は疑われないレベルで真実を言った。
「これから以降は、そういう新世代に世界を任せるべきだ」
『人間とは、もっと伝統を重んじるものだと思ったのだがな。いろいろと残念だ』
「伝統を重んじすぎると、貴族と庶民みたいな差別につながるんだよ。世のなかには間違った伝統もある。切り捨てる勇気も必要だ」
『では貴様を切り捨てるとしよう。六大勇者の子孫の、強きものよ』
「まあ、こっちも精一杯抵抗するから、そのつもりでいてくれ」
『死に怯え、恥も外聞もなく、見苦しくもだえるわけか。これは楽しみにさせてもらおう』
「俺だって死ぬのが怖くないわけじゃ」
プツン、ツー、ツー、ツー。俺が言い返す前に電話が切れた。さすがに言葉遊び的な馬鹿なやりとりに飽きたらしい。まあいいさ。教室の戻ろうと思って俺がスマホをしまい、むきを変えたら目の前にユーファがいた。あと五センチでキスできる距離である。
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