第四章・その7
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「じゃあな。もう馬鹿な真似はするなよ。それからおまえたち、エリザベスちゃんを離してやれ」
俺はヘルマスターとスケルトン兵士に言い、忘却の時刻を飛びだした。あ、あのスケルトン兵士が持っていた勇者剣、あれ、もらってくればよかったな。錆びついていたけど、ないよりはましだったろう。俺もあわてていたらしい。まあ、戻る余裕もないのであきらめるしかないが。頭の片隅でそんなことを考えながら、俺は勇者同盟の集会所前まで走った。入口の扉が粉砕されている。
「間に合わなかったか」
口のなかで舌打ちし、俺は集会所に入った。――周囲を見まわすが、マイヤードの気配はない。破壊活動をするだけして、もう帰ってしまったってことか? いや、それにしては内部が綺麗すぎる。入口だけぶっ壊して、そのまま帰るなんて事態は考えにくい。
とりあえずマイヤードの気配がないので、普通に上履きを履いた俺は集会所のなかを歩いてみた。
「誰かいないか?」
まるで人がいないので、仕方なく、小声で言ってみる。――返事はない。しかし、代わりに人の気配を感じた。俺の声を聞くまで、気配まで落としておとなしくしていたらしい。
俺は駆けた。目的の場所はトレーニングルームである。そこの扉をあけると、渋谷先生をはじめとする諸先輩方が青い顔でへたり込んでいた。俺を見て、はっという顔をする。
「あ、あの」
「説明はいいです。マイヤードがきたんですね」
俺はトレーニングルームのなかを見まわした。――気絶した大崎の光さんもいる。ヘルマスターの奴、約束は守ったんだな。というか、さすがに契約破棄はないか。かつては羊皮紙の契約書で人間の魂を狩っていた連中だ。その辺はしっかりしているんだろう。
「恭一くん、あの」
「聖菜とユーファは?」
青い顔のまま話しかけてくる渋谷先生に俺は質問した。この部屋にいないことは、気配の有無でわかっている。
「それが、あの魔王軍がつれていって」
「何い!?」
大崎の光さんを取り戻したと思ったら、今度はあのふたりが人質かよ。一難去ってまた一難とはこのことだ。俺は舌打ちしながら周囲を見まわした。ここで気がついたが、壁にでっかい落書きがある。
「ランテ?」
なんのことだと思いながら声にだしたら、トレーニングルームでへたり込んでいた先輩勇者の皆様が、急に立ちあがりだした。顔色は悪いままだが、なんか、憑き物が落ちたみたいな表情でお互いの目を合わせだす。
「――ああ、呪縛を受けていたのか」
ランテが解呪のキーワードだったらしい。なるほど、それで動けなかったのか。追っ手を撒くにはいい手である。皆殺しにするより時間もかからない。
「質問に答えてください。マイヤードは、聖菜とユーファを傷つけましたか?」
俺は渋谷先生に訊いた。こっちも憑き物が落ちたみたいな顔をしていたが、少しして考えるように眉を寄せた。
「いいえ、怪我はさせてなかったわね。あの魔王軍の魔力放出だけで、みんな動けなくなっちゃったから。ユーファさんも含めてね。あとは、普通に担いでここからでていったわ」
「ですか」
殺さなかったということは、人質として価値があると判断したということだ。人質として活用する以上、なんらかの形で俺に脅迫の連絡がくる。くそ、俺もあのヘルマスターを人質にとっておけばよかったか。
「いや、無駄だな」
何しろ魔将軍だからな。ケルベロスなんぞを溺愛するヘルマスターとは違うはずである。となると、あとは一騎打ちに備えて用意をするしかない。
「すみません、ここにある勇者剣で、一番強力な奴はどれですか?」
俺が訊いたら、渋谷先生があきれたような顔をした。
「あなた、何を考えているの? まさか、あの魔王軍とやりあおうなんて言うんじゃ」
「いいから質問に答えてください」
「馬鹿を言わないで。大体、使用許可をとるだけで、どれだけ手間がかかるか。ほかの支部から応援がくるまで待ちなさい」
「そんな時間がどこにあるんですか」
俺は声に重圧をかけた。加減なしでだ。このトレーニングルームにいた全員が、ぎょっという顔で俺のほうをむく。目の前にいた渋谷先生も硬直した。おそらく、マイヤードにもこれをやられたんだろう。そして戦う以前に動きを束縛された。
「――あなたは――」
少しして、渋谷先生が俺を見ながら口を開いた。
「――あなたは、何者なの? いままでとは違いすぎるわ。どうして、こんなレベルの空間制圧を」
「俺は青山恭一ってもんです。知ってるでしょうが」
もう隠し事もできないかな、とちらっと思ったが、説明するのも面倒だった。あとはそっちで勝手に想像してください的なことを考えながら、周囲を見まわす。皆、驚きの表情で俺を見ていた。
「なんで、あんな下っ端がこんなことできるんだよ」
声のしたほうを見ると、前に俺とやりあった大崎の人だった。俺を下っ端呼ばわりか。前はもう少し紳士的な感じだったんだが、本音がでたな。
「ていうか、こんなの勝てるわけないだろ。あの魔王軍と同レベルだぞ。やりあうとかなんとかって問題じゃない。こんなんで動ける奴なんているもんか」
「こういうレベルの気をガンガン放出しながら、それで初代の六大勇者は魔王軍と戦ったんじゃないかと思いますよ」
いまの俺はマイヤードと同レベルか。もう少し行けると思ったんだが、まだまだ俺も本調子じゃないな。つか、結局は前の身体じゃないし、このへんが、いまの俺の限界なのかもしれない。
「そんなことより!」
俺は一喝した。その場にいた先輩勇者の皆様がびくっとした調子で気をつけをする。さっきのスケルトン兵士とそっくりだった。
「いまは時間が惜しい! 説明ははしょる!!」
言って、俺は渋谷先生に眼をむけた。親に怒鳴りつけられた小学生のお子様みたいな顔である。ちょっとやりすぎたかな。あとでどう誤魔化そう。――まあ、帰ってこられる保証もないし、それはあとで考えるとするか。
「いま、この場にいる人間のなかで、一番の責任者は?」
「はい、あそこにいる、目黒さんです」
俺の質問に、渋谷先生が奥に立っていた初老の男性を指さした。へえ、知らなかったな。俺は目黒さんのところまで歩いて行った。その目黒さんまで起立の状態で硬直している。
「そう硬くならなくていい。正直、間違ったことをしているのは俺もわかってる。ただ、特例だと思ってくれ。勇者剣のなかで、一番強力な奴を貸してほしい」
「わかりました」
目黒さんがうなずいた。やっぱり青い顔である。年寄りには、もう少し親切にしたかったんだが。
「では、すまないが、保管庫の扉をあけてほしい」
「承知しました」
目黒さんの声は、まるで社長ににらまれた平社員のようだった。
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