第二章・その5

「どう考えてもおかしいわよ。絶対何か間違ってるわよ」


 巡回に行きながらも、聖菜がぶつぶつ呟いていた。ときどき、悔しそうに顔をあげてユーファを凝視する。睨みつけたいけど、それもできなくて苦悩してるって感じだった。


 で、それとはべつに、ユーファは嬉しそうに勇者剣を振りまわしていた。俺たちにも支給されている、没個性で廉価版の量産型だが、それでもユーファには嬉しいらしい。


「へー、軽い。これ、どんな金属でできてるの?」


「ただのステンレスだよ。特別な処理はしてあるけどな。だから、一定のレベルの魔力に呼応して、重量を感じさせず、羽のように軽く動かせるんだ」


「なるほどー」


 言いながらユーファがおもしろそうに勇者剣をかまえた。


「覚悟しろ悪者め! このユーファ様の前で悔い改めるがいい!!」


 なんか楽しそうに言いながら、誰も相手のいない状態で、エアチャンバラっぽいアクションをはじめる。


「悪者はあんたでしょ」


 俺の隣を歩く聖菜が小声でつぶやいたが、俺は聞こえないふりをしておくことにした。


「あのな、ユーファ。そんなに剣を振りまわしてるとあぶないぞ。偶然に通りがかった人とかが見てビビるから」


「ああ、そうか」


 言ってユーファが剣を降ろした状態のまま、俺たちを見た。主に腰の部分を、である。


「ふーむ、なるほど。こうやってつけるのか」


 ユーファが勇者剣の留め金を自分のズボンのベルトにひっかけた。その状態で、くるっとまわって見せる。


「ね、これでいい?」


「OKOK。そのまま、普通に歩いていればいい。本当にいざというとき以外、そういうのは抜かないもんだ」


「わかったぞ恭一」


 素直にユーファが返事をした。そのまま俺に笑いかける。勇者の仲間になれたのが嬉しいらしい。そして、俺の言うことはちゃんと聞く、か。――ついでだから、俺はちょっと訊いておいた。


「あのな。さっき、集会所でいろいろ話したときのことなんだけど」


「うん。何?」


「ユーファは、自分が魔王の娘だって、簡単にしゃべっただろ。あれ、なんでだ? そんなこと言ったら面倒なことになるって想像つかなかったのか?」


「想像ついたわよ」


 ときどき、男言葉だったり女言葉だったり変化するのは、まだ日本語になれていないからだろう。


「でも、間違いは正さなければならないし。隠し事はよくないから」


 真顔ですごいことを言ってくる。俺は少し考えた。


「まあ、確かにその通りだけど、それでも、勇者同盟の集会所で、あんなに堂々と、自分の素性を言うのはなあ」


「だって私、勇者になるって決めたんだもん」


 笑顔でユーファが胸を張った。


「勇者は正義の味方! 嘘は吐かない! 隠し事もしない! だから、私は本当のことを言ったのよ」


「――ああ、なるほど」


 俺は苦笑した。その俺を見て、ユーファもにこやかな顔で近づいてくる。


「ね、私って、勇者っぽかった?」


「うーん、なんて言ったらいいのか。――えーとだな。確かに勇者っぽかったけど、それ以前に、人間らしくなかった」


「え? そんなの、あたりまえでしょ? 私、魔王の娘で、人間じゃないから」


「あ、そういうことじゃなくてだな」


「私たちだって、嘘は吐くし、隠し事もするのよ」


 俺の代わりに、聖菜がつまらなそうにつぶやいた。


「人間って、そういうものなのよ。そりゃ、できるだけ、公明正大で、弱いものの味方で、自分の心のなかの恐怖を抑えて、悪い相手に立ち向かおうとはしてるけど。でも、どうしたって限界はあるし。それに、個人情報とか、プライベートなこともあるから。だから、嘘を吐くとか、隠し事をするっていうのは、ケースバイケースで、あっていいことなのよ」


「――へええ」


 聖菜の説明に、ユーファが意外そうな顔をした。


「聖菜は勇者なのに、自分の心のなかに、恐怖があるのか?」


 聖菜の言いたいところとは違うところをユーファは突いてきた。聖菜があきれた顔をする。


「あのね。私たちだって人間なの。生きている以上、自分より強いものや大きいものが相手のときは、見ていて恐ろしいって気持ちが湧き起こるわ。それを押し殺して戦うから、私たちは勇者って呼ばれてるのよ。怖いという感情がないわけじゃない。口にださなくて、表情にださないだけなのよ」


「ふうん。本当は怖かったんだ」


 ユーファが感心したように聖菜を凝視した。


「私、勇者って、怯える人間たちのなかで、まったく怖がらない、特別な存在だと思ってた。だから、正義のためにがんばれるんだって。魔王軍の連中も、みんなそう思ってるんじゃないかな。あいつらは異常だ。何をしても全然怯まないで突っこんでくるって言ってるのを聞いたことあるもん」


「あ、いまの話、魔王軍には秘密にしていてくれ」


 俺は人差し指を立てて、自分の口にあてた。


「そうだな。これは、昔の漫画にあったたとえ話なんだけど。ノミっているだろ? 動物にくっついて、血を吸う小さな虫のノミ。あれは自分よりも数百倍も大きい動物にくっついて、叩きつぶされることも考えずに血を吸う。あれを勇気と呼べるか? 答えはノー。怖いもの知らずは勇気じゃない。怖いものを知って、それを押さえつけて、そして前にでる心を勇気と呼ぶ。そして、それを可能にするものが勇者と呼ばれるんだ」


「――なるほど」


 俺の説明に、神妙な顔でユーファがうなずいた。


「まあ、こんなのは、格闘家もやってることなんだけどな。俺たちは普通の人間なんだ――」


 ここまで言ったとき、ユーファが急に表情を変えて俺から視線を逸らせた。一瞬してから、俺も気づく。隣に立っていた聖菜が俺のほうを見た。


 妖魔の気配である。しかもそれだけじゃない。女性の悲鳴まで聞こえたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る