第二章・その4

「魔王の娘なら、べつに戦犯というわけでもないし」


「そりゃ、そうかもしれませんけど。でも、魔王の娘なんですよ!?」


「家柄で判断するの? 勇者の世界って、前時代的なのね」


 と言ったのはユーファである。聖菜が敵意の目でユーファをにらみつけかけ、悔しそうに下をむいた。


「気分的に納得いかないのはわかります」


 渋谷先生も、少し困ったみたいな感じだった。


「ただ、上も会議をしてね。断る理由が何もないってことになったのよ。魔王軍は敗北して、現在は解散しているわ。残党が再興目的でスパイとして潜りこんでるわけでもないし、勇者は血筋だけでなるものでもないし。能力があれば、誰にでも門戸を開くのが基本方針だったからね」


 渋谷先生の言うことに間違いはなかった。そもそも、初代の勇者たちだって、いまはレジェンド化しているが、もともとは、何者かに選ばれたとか、家柄がいいとか、そんなんじゃなくて、強力な異能を持ってるだけの、ただの一般市民だったって話だったからな。それと同じである。自分の力をいい方向に活用させたい人間がいたら、チャンスを与るのがフェアってもんだ。


「確かにその通りかもしれませんけど」


 それでも聖菜がごねた。さすがに渋谷先生も眉をひそめる。


「これは命令です。聞けないというのでしたら、それなりの処罰が降りますが?」


 何か言いかけた聖菜が、これで黙った。聖菜が勇者としての誇りで凝り固まっているのは、短い付き合いでも十分にわかっている。不祥事起こして勇者同盟を除名なんてことには絶対になりたくないはずだ。


「わかりました。では、上からの命令ということで、私も受け入れます」


 聖菜がちらっとユーファを見ながら言った。遠まわしに、心からの友達になったわけじゃないって言ってるのと同じである。


「ただ、質問いいですか? どういう理由で、私と恭一のコンビにユーファが入ったんですか? 私たち、妖魔も、魔王軍の残党も滅ぼしたことがないんですよ。ずっと成績のいい勇者が何人もいるはずです」


「確かにその通りです。だから、あなたたちが、ユーファと組むことになったんです」


「は?」


「理由その一。そもそも、そこにいるユーファが、恭一くんに興味を持って、勇者の心得を是非とも教えてほしいと言ってきました」


 これは前にも聞いた話だった。一瞬してから、ユーファが目を見開く。今日はこれで何度目だろう。


「はあ!? なんでそんな!?」


「どうしてかはユーファに聞きなさい。私は知りません。それから理由その二。恭一くんは、妖魔も魔王軍の残党も滅ぼそうとしません。なので成績は最低ですが、だからこそ、ユーファの面倒を見る役として最適と上も判断をしました。ほかの勇者たちは、ユーファを見た瞬間に斬りかかる危険があるからです」


 これは筋の通った話だと俺も思った。聖菜でさえ、ユーファを見て疑惑と敵意をむきだしにしてきたのだ。ほかの成績優秀な先輩方がユーファと組んだら、陰湿ないじめどころか、事故を装って殺しにかかる危険もある。


「――ちょっと待ってください」


 聖菜が渋谷先生の前で右手をあげた。


「それってつまり、私たちが、ほかの勇者同盟の先輩たちから、この魔王の娘を守って行動しろってことですか?」


「理由その三」


 面倒臭くなったのか、聖菜の質問を無視して渋谷先生が説明をつづけた。


「この勇者同盟に、優秀な勇者の子孫は何人もいます。そういう人たちには、これからも、積極的に街の治安を守ってもらい、ときたま出没する妖魔や、魔王軍の残党を討伐する仕事に集中してもらいたいのです。外部からきた勇者見習いを養育するような、はっきり言って雑務の類は、勇者の子孫であっても、目立った成績をあげていない、底辺に任せるのが基本です」


 なるほどね。それにしても開き直った説明がきたな。黙って見ていたら、聖菜の表情が、悲しいのか怒っているのか、まるで判断できないものになった。


「私が底辺だって言うんですか!?」


「いままでの成績から、そう判断しても問題ないと思いますが?」


 渋谷先生が冷ややかに聖菜を見つめた。その聖菜が燃えるような目で俺をにらみつけてくる。


「あなたが、妖魔を見かけても、滅ぼそうとしないから、こんなことに」


「何度も言ってるだろう。無駄な殺しは趣味じゃないんだ」


「無駄じゃないんでしょう。平和を守るためには」


「説明はこれで以上です」


 口喧嘩でもするみたいな聖菜の言葉を渋谷先生が遮った。


「そういうことで、まず今夜から、あなたたちは三人で夜の巡回をするように」


「――ええ!?」


「これは決定事項です!」


 泣きそうな聖菜の声を押しつぶすように渋谷先生が一喝した。


「だって、そんな」


「では、巡回に行ってよし!」


 聖菜の返事も聞かず、渋谷先生が背をむけた。そのまますたすたと部屋をでていく。渋谷先生も、この話には乗り気じゃないから背をむけたのか。それとも自室に戻って、聖菜の絶望的な表情を思いだして笑い転げる予定なのか。ちょっと興味もあったが、それより俺はユーファのほうをむいた。ユーファはキラキラして目で俺を見ている。


「じゃ、お願い。いろいろ教えてね、恭一師匠」


「あそ。じゃあ、まず、最初にひとつ」


「なんですか?」


「俺のことは恭一でいい。師匠なんていらん。それと、そっちのごちゃごちゃうるさいのは聖菜って名前だから」


「了解しました恭一。それから、よろしくね、聖菜」


 まるで空気の読めてない調子でユーファが俺と聖菜に言った。聖菜がこっちを見る。冗談抜きに半べそかく寸前の顔つきだった。


「なんで私が魔王軍の娘の面倒なんて見なくちゃいけないのよ」


「そういう差別はよくないぞ。勇者の子孫がやることじゃない」


 大体、魔王軍の手下だったモンスターを仲間にして、それでラスボスの魔王を倒すゲームが存在するくらいだ。リアルでそういうことをやってはいけないなんて理屈は通るはずがなかった。


「じゃ、行くか。基本は、巡回しながら、何かあったら実際に見せて教えるから」

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