第二章・その3
2
「恭一!」
夜、例によって勇者同盟の集会所へ顔をだしたら、聖菜が怒りの表情で俺に声をかけてきた、俺のそばに立っていたユーファが驚いた顔で俺の背後にまわる。おいおい魔王の娘がビビってるよ。すげーな聖菜。魔王軍が本当に再興したら、そのときは先陣を切って闘いに行ってくれよ。俺は知らん。考えてる俺の前で聖菜が立ち止まった。そのままにらみつけてくる。
「今日の昼間、食堂の爆発事故って、あなたがやったんでしょ!」
「は? 違うよ。俺は止めに入ったほうだ」
爆発事故を起こしたのはユーファである。違うって言ってるのに、聖菜の柳眉がつりあがった。
「ほらやっぱり。事故に巻き込まれた人が言ってたわ。エルフとドワーフの喧嘩を止めようとした勇者がいたって」
「あ、止めに入ったって、そういう意味じゃなくて」
「それ、やったの私だから」
どう言い訳しようと思っている俺の後ろから、小さい声でユーファが言ってきた。正直だな。俺がかばおうと思っていたのに。ユーファの申し出に、聖菜が驚いたように視線をむけた。
「あ、昨日の。まだ帰ってなかったの?」
さっき、俺にむけていた敵意の表情とは違う顔つきで聖菜がユーファをにらみつけた。そりゃそうだろう。何しろ魔王軍の残党である。実際は魔王の娘なんだが、それは聖菜には言える話ではなかった。聖菜が眉をひそめたまま腕を組む。
「あのねえ。ここは勇者同盟の集会所なの。そりゃ、あなたはおとなしく連行されてきたけど、次代が違ったら、滅ぼされても文句言えないところなのよ。まあ、今回は見逃してあげるから、早く帰りなさい」
「この娘、勇者になりたいって言ってるんだ」
仕方がないから俺がフォローした。聖菜の驚いた顔が倍増しになる。
「はあ!?」
「しかもこれが冗談じゃなくて、どうも本気らしいんだよ」
「え、それでここにいるの? ちょっと待って何を考えてるのよ。あなた、魔王軍の残党なんでしょう」
「違うわ」
また正直にユーファが返事をした。
「私は魔王軍の残党じゃなくて、魔王の娘だから」
「あ、そう。――はあ!?」
納得したように返事をしてから、聖菜が裏返ったみたいな声をだした。気持ちはよくわかる。聖菜が目を見開いてユーファを凝視する。
「あなた、何を馬鹿なこと言ってるの!?」
「いや、これがなあ」
どう説明したらいいもんだか、俺も頭をひねりながら聖菜に話しかけた。
「なんて言ったらいいのか、とにかく、この娘は勇者になりたいって言って、魔王のところから家出したらしい」
「はあ!?」
はあ第三弾がきた。まあ、そうなって当然だろう。あきれたみたいな顔をする聖菜に俺は説明をつづけた。
「昨日のあれは、魔王の使いがユーファを迎えにきてたところだったんだそうだ。で、俺たちが、たまたまそこに出っくわして、それで、あの会社員みたいな格好した奴を追い払ったら、俺が気に入られて。それで俺の弟子になるって」
「――あんた、それ、いいって言ったの!?」
「俺がいいとか悪いって問題じゃない。上からの正式な命令がすぐにくるぞ」
「なんですって――」
「あ、三人ともいるわね。ちょうどいいわ」
という声は渋谷先生のものだった。俺と聖菜が同時に声のした方向へ目をむける。たぶん、俺の背後にいるユーファもそうしたはずだ。案の定、青い制服を着た渋谷先生が立っている。顔が半笑いなのは、これからの話を聞いて、聖菜がどう反応するか想像しているからだろう。
「なんですか?」
聖菜が不安そうに訊いた。どういうことを言われるのか、もう見当がついているらしい。渋谷先生が半笑いのまま俺たちの顔を順番に見た。
「あなたたちは、これから、コンビではなくて、トリオとして行動してもらいます。そこにいる、ユーファが新メンバーだから」
「はい、ありがとうございます」
俺の後ろで、ユーファが嬉しそうに返事をした。俺は無言。目の前に立っている聖菜は唖然としている。――たとえるなら、会社勤めのОLさんが帰宅したらアパートが全焼していて、今日寝る場所がないって感じだった。よっぽどショックだったんだろう。そりゃまあ、前代未聞の事態だからな。
「あ、あの」
少しして、やっとこさっとこって感じで聖菜が口を開いた。
「あの、この娘、魔王軍の娘だって馬鹿なこと言ってるんですけど」
「私も驚いたんだけど、調べたら、どうも本当らしいのよ」
渋谷先生の返事も相当に馬鹿げていた。
「昨日の時点でいろいろ確認したんだけど、何を聞いてもスラスラ答えて。しかも、勇者同盟の資料と全部一致したわ。魔王軍のなかでも、相当上の立場でないと、全体を把握してないはずだから」
「だから私、魔王軍じゃなくて、魔王の娘です」
ユーファが補足した。聖菜がユーファと渋谷先生を交互に見る。
「あの、そういうのって、許されるんですか?」
「そういうのって?」
「だから、魔王軍の残党とか、魔王の娘が勇者になるなんて」
「魔王軍の残党だったら、多少は問題があったかもしれないけどね」
半笑いのまま、ちょっと眉をひそめて渋谷先生が返事をした。
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