第二章・その2
購買部に行った俺は、自販機でA定食の食券を買った。ユーファも真似をして食券を買い、席に着く。
「これ、どうやって使うの?」
目玉焼きにソースをかけていたら、ユーファが割り箸を持って聞いてきた。
「あ、そうか、知らないんだな。これは、まず、こうやって割るんだ」
俺は自分の割り箸を持って、左右にひいた。パシンと音を立てて箸が割れる。
「こうね」
ユーファも真似して箸を割った。
「それで、シャーペンを持つときは、こう持つだろ? その下のところに、もう一本入れてだな。で、こう動かして、ものを挟むんだ」
「ふうん」
ユーファが俺の手の動きを見て、割り箸をひねくりだした。少しして、困ったように顔をあげる。
「できないわ」
「そのへんは練習だな。剣の稽古と同じだよ」
「そうなんだ。勇者はすごいわね。食事の技も練習してるなんて」
「こんなの、技でもなんでもないぞ。それに、勇者だけが使い方を練習をしてるわけでもない。まわりを見な」
言われてユーファが左右に顔をむけた。あたりまえの話だが、アジア系の顔をした連中は、みんな箸で飯を食っている。少しして、ユーファが感心したみたいに俺のほうをむいた。
「みんな、これの練習をしてるの?」
「もちろん。子供のころから、ずっとな。それで使えるようになったんだ。それから、これは箸って言うんだ」
「ふうん、箸ね。それにしても驚き」
ユーファが感心したみたいに呟いた。
「こんな難しい技を、みんな練習してるなんて。日本人って、努力家なのね。魔王軍が負けた理由がわかったわ」
たかが箸の使い方ひとつで戦争の行く末が左右されるとも思えないが、ひどくまじめな顔をしたユーファが割り箸と格闘をはじめた。俺と同じように、自在に箸を使えるようになりたいらしい。
「むこうにいたころは、どうやって食事をしていたんだ?」
「ナイフとフォークとスプーンだけど?」
「だったら、そっちの机にプラスチック製の奴が置いてあるから、それを使えばいい」
「ううん。絶対に箸を使えるようになってやるわ」
「あそ。じゃ、がんばりな。それはいいけど、あんまり食事に時間がかかると、五時限目に間に合わなくなるぞ――」
俺が言いかけたときだった。
「何よあなた! またこっちにきて! ここは私たちが食事してるのよ! 下賤なあなたたちはむこうに行ってなさい!!」
「下賤なんて、どういうつもりよ! 今日は私たちが先にきてたんだから! 気に入らないなら、あんたたちがでていけばいいでしょ!!」
恐ろしく敵意に満ちた金切り声がし、俺は振りむいた。金髪で細身の女子生徒と、背が低くて童顔の女子生徒が取っ組み合う寸前の状態でにらみ合っている。エルフとドワーフだ。たまにこうなるんだよな、ここって。前のときはエルフとダークエルフだったっけ。貴族を気どっている連中はほかを見下すからすぐにトラブルが起こる。
考えながら見ていたら、ほかのドワーフやエルフたちもぞろぞろ集まってきた。
「なんなんだおまえたち。いつもいつも偉そうな態度をとりやがって。前々から気に入らなかったんだよ」
「細かい工芸品をつくるしか能のないものを下賤と言わなくてなんと言う? 私たちは人間の魔導師たちにも技術を提供する高貴なるものだ。気安く話しかけるのはやめてもらおう」
「技術を提供だあ? 魔道の技を教える代わりに、市民権を人間からもらってるだけじゃないか。いま、世のなかを仕切ってるのは人間だぞ。おまえたちだって負け犬だろうが」
「なんだと?」
「ちょっとちょっと。ストップ」
今日はいつも以上にひどいな、と思っていたら、いきなりユーファが立ち上がってエルフとドワーフの間に入っていった。なんだ? 何を考えてるんだ? エルフとドワーフが殺気だった顔つきでユーファのほうをむく。両方とも眉をひそめた。
「知らない顔だけど、私たちと似てるわね。――いえ、波動が違うわ。何者?」
「背が高くて金髪だな。おまえもこいつらの――いや、違うな。耳が丸い」
エルフにもドワーフにも、ユーファが何者なのか把握できないらしい。不思議そうにする両者の前で、ユーファが胸を張った。
「私は勇者よ。まだ見習いだけどね」
ユーファの宣言に、エルフとドワーフが拍子抜けした顔をした。
「なんだ、人間か。なんの用?」
「邪魔しないでくれないか」
「そうはいかないわ。こんな喧嘩、勇者が見過ごすわけにはいかないもの」
また面倒臭いことをユーファが言ってきた。君子あやうきに近寄らずって言葉があるんだが、ユーファは知らなかったらしい。まあ、仮にも王族だからな。無意味なトラブルを見過ごせないって言うのは、わからないでもなかった。
「ほら、恭一も」
考えてたら、ユーファが俺のほうをむいて声をかけてきた。あ、本当に面倒臭い。これは俺まで巻き込まれるパターンである。まだ飯を食い終わってないのに。何を言おうかと思っている俺を見ながら、ユーファが不思議そうにした。
「どうしたの? こんな喧嘩、勇者だったら、絶対に止めないと」
俺たちの能力は妖魔や魔王軍の残党と闘うためのもので、学校のなかの喧嘩なんて、風紀委員や先生たちに任せておけばいいのだ。エルフとドワーフたちが俺のほうを見る。
「――ああ、知っている。青山の一族の奴か。目立った成績は上げていないが、相当腕は立つそうだな」
「勇者は勇者の仕事をしていてくれ。俺たちにはかかわるな」
「俺もそうしたかったんだけどさ」
仕方がないから立ちあがりながら言ったら、エルフたちとドワーフたちがちょっと驚いた顔で後ずさった。俺はユーファの手をとって、自分のテーブルまで引き戻そうと思っていただけだったんだが、どうも喧嘩に参戦すると勘違いされたらしい。
「いや、あのな」
「それ以上くるな!」
エルフが言い、ドワーフがユーファと俺たちの間に立った。なんだこいつら、こういうときだけ、意外に仲がいいな。
「何かするなら、こっちもそれなりの行動をとるぞ!」
エルフもドワーフも敵意の目をむけてくる。俺はあきれた。
「誤解してるって。俺はただ」
「恭一に何かしたら私が赦さないから!」
ここで、意外なことを言ったのはユーファだった。気がついたら、ユーファの身体の周囲からパチパチと火花が沸きあがっている。表情もかなり物騒だった。喧嘩を止めに入ったはずのユーファがこれかよ。つか、誰と誰が喧嘩してるんだか。
「恭一は、私の、勇者になるための指導をしてくれる師匠なんだから! その恭一と喧嘩するって言うなら、私が相手になるわよ!!」
言うと同時にユーファの全身が青白く輝きはじめた。ヤバい。爆炎か雷撃か、正体は不明だが、これは魔王の血筋のもたらす破壊能力と判断してよさそうだった。人知を超えた魔力の発動に、エルフたちがギョッとした顔をする。
「ちょっと待て、それはなんだ」
「私たちは、ただ」
「うるさい!」
「ちょっと待てユーファ!」
俺が声をかけるより早く、ユーファの全身を覆っていた青白い光がぐうっと膨張した。まずい。俺はその場で床に伏せた。直後に稲光が頭上を走り、一瞬してから爆音が校舎内を震撼させる。
――後日、この件は購買部のガス漏れ引火事故ってことで片づけられることになった。軽症者二十五人。死人のでないのが不思議なほどの災難だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます