第2章第3話 お客様は神様なの?
客にばかり問題があるわけじゃない。
シフトには、早番と遅番があって、ある日、遅番で入ったときに、客から文句を言われた。
「ちょっと! どうして、今日は、朝開いてなかったのよ!? おかげで、二度来る羽目になったじゃないの!」
それを聞いたわたしは、ポカンとした。店は、日によってオープンする時間が変わるわけじゃないんで、客が寝ぼけていたんじゃないかと思った。
でも、そうじゃなかった。
どうやら、その日の早番の人が、遅刻して、普通よりも1時間も店を遅く開けたということらしかった。まあ、それでも、例えば、急病だったら仕方ないだろう。従業員は機械じゃない。そういうこともあるわけだけれど、その理由が、
「いやあ、前の日にさ、スマホゲームやり過ぎちゃってぇ。それで、起きられなかったのよ、参ったわ」
ということだった。
これには、別に、会社に対して忠誠心だとか、仕事に対して倫理観だとか、そんなものの持ち合わせが無いわたしも、呆れた。バカじゃないの、と思った。思ったので、そのままそう言ってやった。それだけじゃなくて、
「そのせいで、わたしが、無駄に怒鳴られたんだけど」
言ってやると、自分が悪いにもかかわらずムッとした顔を向けてきた。
「しょうがないでしょ! 起きられなかったんだから!」
で、逆ギレ。あ、これは、話してもダメなパターンだ、と思ったわたしは、もう話しかけることをしないで、無言で仕事をすることにした。話しながらじゃないと仕事ができないって人もいるみたいだけど、わたしは別に平気。グダグダと誰かの愚痴や自分の自慢話を聞かされるくらいなら、何にもしゃべらずに、仕事をしていた方がマシ。
最近は、しゃべらないと、すぐにコミュ障のレッテルを張られるけど、問題は、コミュニケーションを取ろうとしないことじゃなくて、コミュニケーションを取りたい相手がいないことじゃないかと思う。高校の現代文の授業かなんかで習ったようなことだけど、言葉っていうのは、使えば使った分だけその価値が下がるとかなんとか。
SNSのおかげで、みんな自分の意見を言いやすくなって、言葉があふれるようになったわけだけど、その中身の無内容ったらない。芸能人の不祥事の批判とか、バカみたい。そんなのを得意になって批判すれば、自分のつまらない人生が少しは救われた気になるのかな。だから、わたしがSNSをやらないのはそれが理由……って、わけじゃなくて、ただ、面倒くさがりなだけ。
こういう、仕事がいい加減すぎる人も問題だけど、仕事に真面目に取り組みすぎる人も問題だ。真面目なのはいいことだけど、真面目すぎるのはダメ。で、それはどういう例かって言うと、
「――本当ですね、また落ちていませんね」
20代の後半くらいの同僚の女性が、客の対応をしている。クリーニング済みのブラウスを、客に返したのだけど、どうやら染みが落ちていないらしい。うちは、染み抜きにはお金を取っていない。無料でやってる。なんで無料なのか、大して落ちないから。だから、本格的な染み抜きをしたかったら、他店に持っていってもらうしかないわけ。それなのに、
「じゃあ、もう一回、お預かりしてみますね」
なんてことを、彼女は言い出した。すでに二回預かったあとなのにだよ。もう何度やったって同じでしょ、と思ったわたしは、横からしゃしゃり出るのもなんだとは思ったけど、その預かったヤツを返すのがわたしになるかもしれないので、
「あの、すいません。それ、もう一回出しても、無理だと思いますよ。もう、染み抜きをちゃんとやってるところに出した方がいいと思います。それとも、買い換えるか」
言ってやった。
客は驚いた顔をした。
「え、でも……もう一回出せば、落ちる可能性はありますよね?」
「可能性っていう話だったら、わたしがこれからアメリカに行って、ハリウッド女優になるっていう可能性だってありますけど。そんな程度の可能性にかけたいっていうなら、構いませんけど」
そう言うと、客は気分を害したのか、もういいです、と言って、帰ってしまった。
「は、原川さん」
「はい?」
「お、お客様に向かって、ああいう言い方はないと思います……」
「でも、ああ言わないと分かんないんじゃないですか? それに、できないことをできるように言うことって詐欺じゃないですか? まあ、お金を取らないと詐欺にはならないけど。時間と労力と期待は奪いますよ、確実に」
そう言っても、彼女は、お客様だから、とぶつぶつ言っていた。お客様は神様だってことかもしれないけど、わたしは、そんなことは一切思っていなかった。わたしはサービスを与える側、彼らはサービスを与えられる側ってだけで、どっちも同じ人間に過ぎない。客だから横柄な態度を取っていいことにはならないし、店の人間だから謙虚な態度を取らなければいけないってことにもならないと思う。もちろん、失礼な言動はまずいけど、わたしは、自分の態度が失礼だとは思っていなかった。それでも、
「原川さん、困るよ、もうちょっと接客について考えてもらわないと」
あとから、さっきの客がクレームをつけてきたということで、マネージャーから小言をもらった。わたしは気にしなかった。小言をもらうのも仕事のうちで、それがパワハラにまでなるなら、いつでも辞めるつもりでいたからだ。
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