第2章第13話 自販機の説明はよく読みましょう

 正社員は複数ある店舗のうち、色んな店に行かされる。「正社員なんだからどこに行かせてもいい、それだけ福利厚生をしっかりしてやっているんだからな、可能な限りこき使ってやらんとなあ!」というのがこの会社のポリシーらしい。普通は一つの店舗に入ればそれだけでいいんじゃないかと思うのだけれど、普通ではないのがこの会社である。


 その日、わたしが入った店舗はコインランドリーが併設されているところだった。コインランドリーはコインを使って洗濯機やら乾燥機やらをぐるぐる回すところで、それゆえのコイントラブルを以前に書いたことがあるけれど、このランドリーはコインも使えるし、ランドリー用のプリペイドカードも使えるのだった。


 しかし、それゆえのトラブルもある。


「あのー……すみません。カードが詰まってしまったんですけど」


 受付に現われた50がらみの女性が実に申し訳なさそうな顔で言ってきた。そんな顔をされてもどうしようもないわたしとしては、とりあえず状況を確かめるしかない。すると、なんとプリペイドカードの自販機にプリペイドカードを突っ込んでしまったと言うのである。自販機はプリペイドカードを吐き出すものであって、突っ込むものではない。いったい、なんの腹いせにそんなことをしたのか尋ねてみると、


「チャージできると思ったので……」


 とのこと。プリペイドカードはもともと入っている金額を使い切るだけのもので、チャージなどできない。少なくともここの機械から吐き出されるものはそうだ。そんなことは説明されてはいない。いないけれど、逆に言えば、「チャージできますよ」なんていうことも書いてはいない。書いていないことにも果敢にトライしてみた、と言うんだったら聞こえはいいけれど、その後始末をする身にもなってもらいたい。どろんこの服を洗うのは当人ではなくて、保護者。


 嘆いていても何も始まらないので、とりあえず、わたしは客に断って、そのカードを引っ張り出させてもらうことにした。ところが乙女の力ではうんともすんとも言わない。自販機はまるで子どもが美味しいものでも噛んでいるときのようにがっちりとカードを挟み込んで、離す様子はまるで無い。


 やむをえず、わたしはマネージャーに電話をすることにした。マネージャーと書いて、雑用係と読む。すぐに電話に出たマネージャーは、わたしから事情を聞くと、


「何とか引っ張り出せないのかな?」


 と店舗にやって来るのが嫌そうな声を出した。


「もうやってみたんです。工具があるので、扉を分解してみてもいいんですけど、元に戻せるか分かりませんし、それで何かあったら、会社が責任取ってくれるんですか?」


 わたしが言うと、


「分かった、分かったよ。今から行くよ」


 ため息とともに彼は答えた。ため息をつきたいのは、こっちの方である。この間、クリーニングの客への対応もやりながら、電話しているというのに。


 そうこうしているうちに、マネージャーはやってきた。


「お客様は?」


 彼がまだ何もやっていないのにすでに疲れた顔をして訊いてきたので、わたしは、ぼおっと待っていてもらってもしょうがないので、無事にカードが取れたら連絡する旨話して、帰ってもらったことを伝えた。


「そうなんだ、じゃあ、やってみるか」


 マネージャーは案外器用なのか、あるいは、そもそも機械の構造が簡単なのか分からないけど、15分ほどで取り出してくれた。しかし、プリペイドカードはひんまがってしまっていて、とてももう一度使える状態では無いようだった。


「お客様には、同じ金額のプリペイドカードを出して差し上げて」

「いいんですか?」

「しょうがないだろ。カードの中にいくら残っていたか知らないけど、その件でまたトラブって呼び出されるよりはマシだよ」


 自分が呼び出されるよりは会社に損害を与えた方がいいという彼の姿勢は、非常に共感できるものだった。わたしは言われたとおりにすることにした。


「『チャージはできません』とか書いておいた方がいいんじゃないですか?」

「何だって、チャージなんてしようとするんだ」

「そのカードを再利用したかったんじゃないんですか、エコの精神ですよ」

「『チャージはできません』なんて、なんかバカバカしくないかな」

「『万引きは犯罪です』なんていうことがわざわざ書かれる世の中なんですから、何にでも注意喚起はしておいた方がいいんじゃないですか?」

「任せるよ」


 任せられても、わたしはここの店舗責任者ではないので、勝手をするわけにも行かず、事の経緯を書いたメモを残しておくことにした。

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新卒! クリーニング受付1年生! 春日東風 @kasuga_kochi

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