第2章第12話 クリーニングできないものは?

 クリーニングに対するよくある誤解の一つに、「汚れているものをとりあえず持っていけば何でも綺麗にしてもらえる」というものがある。これ、本当に、大間違いで、クリーニングできるものっていうのは、クリーニングできるものに限られる。


 どういうことか。


 たとえば、染みがついたものを持ってきて、染みを取ってくれって言われても無理。そういうのは、専門の店でやってもらうしかない。あるいは、ほつれがあるものを持ってきた場合、そこから破損する恐れがあるので、受け付けることはできない。


 その日、受け付けることができないものを持って現われたのは、老夫婦だった。初めて来た客のようで、入会していないということ。こういう一見さんは、注意しないといけない。常連さんだと、どういうものを持ってくるか分かるのだけれど、一見さんの場合は、何を持ってくるのか分かったものじゃない。クリーニングに対する上記の誤解から、とりあえず、なんでもかんでも持ってきてみればいいと考えている人が多くて、そのなんでもかんでもが、とんでもないものであることがしばしばあるわけ。


  二人が、持ってきたのは毛布だった。何の変哲も無い茶色い毛布だったけれど、しっかりと折りたたんであるので、どうも変な気がした。いや、折りたたんであること自体は構わないのだけれど、どうもその折りたたみ方が綺麗すぎるのだった。なんだか気に食わない。


  わたしは、その毛布を開かせてもらった。老夫婦は嫌な顔をしていたけれど、それで、やっぱり何かあるんだとますます確信を持つことができた。で、案の定だった。開いてみると、異臭がする。臭い。


 どうやら犬だかネコだかの糞がついているようだった。……マジか。汚れたものを持って来る客はいくらでもいるけれど、さすがにこれは初めての経験だった。ちょっとはどうにかしてよ、目立たないようにさ。もちろん目立たないようにすればいいわけではないけれど、まんま持ってくる? 


 わたしは彼らの正気を疑ってしまった。てか、本当にぼけてるんじゃないの。


 さすがにそんなことまでは言えなかったけれど、とにかくこのままでは受け取れないことを伝えて持ち帰ってもらった。セーフ。毛布を開けてみてよかった。うっかり受け取って、あとから中を改めてから断りの連絡を入れたら、「一度受け取ったくせに!」とクレーム案件になってしまう。


 クリーニングに来れば何でもかんでも綺麗にしてもらえる、というのは、もう一度はっきりと言いたいけれど、大いなる誤解だ。わたしたちは、引き受けられるものしか引き受けられない。ていうか、分かるよね、普通。……それが分からないんだなあ、本当に。クリーニング店に来る前に、まずは、自分の心をクリーニングして綺麗にしてもらいたい。何を持っていくのが良くて、何を持っていくのが悪いのか、分かる程度には。

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