第2章第11話 そんなに店舗増やして、どうすんの?

 店舗によって、売り上げにバラつきがあるのは、当たり前。客層も違うし、周囲に住む人の人口も違うわけだからね。でも、バラつきがどうとかこうとか言えないような店舗っていうのがあって、つまりは、全然お客の来ない店。この店、なんであるんだろうって疑問に思ってしまう店舗があるわけ。


 その日、わたしが入ったのはそういう店の一つだった。他にもそういう店があるかどうかは知らないけど、そこは、新しく作られた店舗で、内装は綺麗で居心地がいいのだけれど、お客が全く来ない。それはもう本当に見事なほど来なくて、午前中に来たお客の数はゼロだった。


 ゼロだよ、ゼロ。当然、売り上げもゼロ。


 客が来ないからって言ったって、仕事中は仕事中だから、大っぴらにサボるわけにもいかないので、わたしはまあ、たまにスマホでニュースを読みながらも、午前中は、外を見ては、ほとんどの間、ぼーっとしていた。そうして、いったい何なんだろう、この時間は、と考えたけれど、結論は出なかった。


 午前中どころか、午後の3時を過ぎても、誰一人、客は来ない。わたしは、忙しい店に入るのは好きじゃない。忙しいとなんとなく仕事をしている感じになるけれど、一つ一つの対応が雑になったり、それによって、客がクレームをつけてきたり、単純に疲れたり、ということになるからだ。……とはいっても、さすがにここまでヒマだと、いったい、わたしは何のためにここにいるんだろうという気持ちになってしまう。人生の貴重な時間を気前よくドブに捨てたって、もらえるのは加齢だけだった。本でも持ってくればよかったと思わないでもないけど、いくら客が来ないからといって、本を読むのはどうなのか。そういうときに限って、客じゃなくて、マネージャーとかの上司が視察とかに来て、


「仕事中に何をやっているんだ!」


 なんて叱責されるような目に遭ったら、目も当てられないことになる。実際、そういうことが他の店舗で最近あったっていうことを聞いているので、同じ轍を踏むのもバカバカしいから、わたしは大人しく、ぼーっと立っているという、上司に叱責されるのと同じくらいバカみたいなことをし続けた。


 で、そうやって、青春を惜しげなく無駄にしていたところ、午後4時頃に、ようやく一人のお客様が来店されたのだった。わたしは、


「いらっしゃいませ!」


 と無駄に声を張り上げてしまったので、その20代後半くらいの男性は、間違って寿司屋にでも入ってしまったのかと思ったのか、あたりをキョロキョロした。


「こ、これ、お願いします」

 

 男性が出したのは、わずかにワイシャツが2枚だった。合わせて500円もしないわけだけれど、それでも、売り上げは売り上げ、わたしがありがたくお代を頂戴しようとしたところ、


「ポイントカードでお願いします」


 と彼は、言いやがりました。


「ポイントカード?」


 わたしは、思わず訊き返した。


「ええ、こちらの」


 うちの店では、チャージ可能なポイントカードがあって、日本のキャッシュレス化に微力を貸していた。そのカードを、彼は差し出してきた。何か悪いのかって? いいえ、別に何も悪くはありません。ただ、ポイントカードによる支払いは、売り上げにならないっていうただそれだけの話。チャージの時に、すでに売り上げに計上されているからね。


 わたしは、カードを受け取ると、支払いを受け付けた。


「ありがとうございました」


 そうして、またぼーっとする時間へと逆戻りして、今度こそは、売り上げになる支払いをしてくれる客を待った。


 しかし、そんな客はついにその日、一人も現われなかった。まさかの、売り上げ0円。もちろん、長いこと営業していれば、そういう日もあるかもしれないけれど、「そういう日もあるよねー」で済ませていい問題ではないだろう。でも、わたしは別に経営者じゃないし、そこまで考える義務は無いと言えば、まったく無かった。経営のことは、経営陣に任せればいいわけで、わたしはただの受付なんだから、そんなことまで心配することはない。ただ、心配なのは、こうやって売り上げがない店舗を抱えることで、経営不振に陥って、リストラのために解雇されるなんていうことにならないかということだった。そうなったらなったでなんとかなるだろうなんて考えて、笑うほど、わたしは楽観的じゃなかった。


 その日の翌日、会社が、支店をあらたに二つ増やす予定だということを、わたしは、業務連絡で知った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る