第17話 会員カードへのチャージ

 わたしが勤務する店は、わたしが入って少ししてから、欠員1の状態になっていて、それだとお店が回らないので、ちょこちょこと他店から応援に来てくれていた。それ自体はありがたいことだけど、他店の人が来ると、戸惑うことがある。というのも、わたしが勤める店はチェーン店であって、どこでも同じサービスを提供してはいるのだけれど、仕事の仕方が微妙に違うからだ。


「カードへのチャージって、料金を聞いたあとは、できないんですか?」


 30代後半くらいの女性が眉根を寄せるようにして、わたしを見ていた。うちの会社では、会員カードにお金をチャージして、そのカードで、クリーニングの料金を払うことができるようになっている。カードはもちろんうちの会社の店舗でしか使うことはできないけれど、その代わりにポイントがつくので、クリーニングに使う分には多少お得になる。


「いえ、そんなことはありませんよ。チャージなさいますか?」


 カードへのチャージは、基本的には、料金を支払う前にしてもらうことにはなっていた。レジのシステム上、そうしておかないと、料金を打ち込むのが二度手間になるからだ。しかし、それは逆に言えば、手間になるというだけの話なので、その労を惜しまなければいいだけのことでもある。カードにチャージしてもらえれば、言うまでもなく、それは全て店の売り上げになるので、してもらえるというのであれば、料金の前でも後でもしてもらえばいい。


「今日は、チャージはいいです」


 客は首を横に振った。


 じゃあ、どうして訊いたんだろう、とわたしは思った。会話を楽しみたいなら天気の話でもすればいいのに、と思ったところ、


「昨日の店員の人には、支払いの前じゃないとチャージできないって言われたのよ」


 ということで、その不満をわたしにぶつけたかったらしい。


「でも、それっておかしいでしょ。どのくらいの金額になるのかあらかじめ教えてもらえればいいけど、それなしでレジを通したらもうチャージできないなんて。いくらになるのかなんて、こっちは分からないわけだし。金額が分からなければ、どれくらいチャージしていいか分からないじゃない」


 それは確かにその通りだった。料金表はあるけれど、自分が持ってきた洗濯物が、そもそもどのカテゴリーに分けられるのか、働いているわたしだって迷うことがあるのだから、まして客の立場で、料金表を正しく見るのはなかなか困難だし、仮に見られたとしても、持ってきている点数が多かったり、さらにオプションをつけたりすれば、計算は複雑になる。


「金額が多額になりそうな場合は、あらかじめ、おおよその合計金額を、レジを使わずに計算して、お客様に示して、その上でチャージするかどうかを、レジに打ち込む前に訊くようにね」


 と店長に言われていたので、わたしはそうしていた。うちの店舗にレギュラーで入っている人は店長とわたしの他に二人いるわけだけれど、その二人もそうしているだろう。しかし、他店からの応援の人はそうはしていなかったということだった。レジを通す前でないとどうしてもチャージできないと突っぱねたということである。


「ご不快な思いをさせて、申し訳ございません」


 わたしは、彼女に代わって、頭を下げた。


「別に怒っているわけじゃないのよ。ただ、この頃こちらを利用させてもらって、あなたも含めて、みんな感じがいい方ばかりだったから、ちょっと残念だったの」


 そう言うと、それ以上のことは言わずに、彼女は帰っていった。わたしは内心でため息をついた。クリーニング店は、この辺りで、うちのチェーンだけではなく、他にもある。客はどのクリーニング店を利用するか選ぶことができる立場なのだ。この店舗は大手のスーパーの中に入っているということでもって、多少のアドバンテージはあるけれど、それにあぐらをかけるような状態じゃない。事実、数年前にはどん底の状態にあって、全店舗のお荷物扱いされていたらしい。


 客に媚びる必要は無いと思うし、媚びたくもないけれど、客の立場になったときに当然受けたいと思っているサービスは提供していきたい。それをしないということが信じられないけれど、だからといって、入社して4ヶ月のわたしが、自分よりキャリアがあるその他店舗の人に意見をするのは、はばかられるので、店長に報告だけすることにした。


 こういうの、告げ口みたいで嫌なのだけれど、


「何かあったら何でも言うようにね」


 と当の店長から言われていた。

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