第2章第6話 マネージャーは何のため?

 そろそろ10月になろうかというある日のこと。工場から仕上がったクリーニング品を、配送の係の人から受け取ったところ、明らかにクリーニングされていない品物があった。着物が数点。工場に出した状態と同じ状態のまま、まるで、宛先不明の郵便物ででもあるかのようにただ返ってきた。


 工場に確認を取ったところ、


「ごめんね、それ、間違えて、戻しちゃったみたい」


 とのことだった。


 ふう、とわたしはため息をついた。ていうのも、着物のクリーニングは、うちの会社が自分でやっているわけではなくて、別の会社に頼んでやってもらっている。その会社には一週間に一度、まとめて、うちの会社から着物のクリーニング品を送ることになっていて、その日を過ぎると、もう一週間待たなくてはいけなくなるからだ。わたしは別に、何週間待ったって構わないけど、客はそうゆったりと構えていられる人ばかりではないだろう。


 幸運なことに、客に連絡を取ってみたところ、誰も快くもう一週間待つことを承諾してくれた。クレーム上等のクリーニング業界でこんなこともあるんだなあと、わたしは、向こう1年分くらいの運を使い果たした気持ちでいたけれど、まさにその通りだったようで、その後、また、工場に出した別の着物が、同じようにそのまま突き返される事態が発生した。


 今度の客は黙っておらず、それどころか、まるで親の敵ででもあるかのように、さんざん文句をつけてきた。マネージャーに連絡したところ、割引チケットを渡すことで、事なきを図れとのこと。


「あのですね、まあ、今回はそれで納得してもらうとしても、次回はどうするんですか? みんながみんな、割引してもらえるならそれでいいなんて考える人ばかりじゃないと思いますけど」


「そうは言うけどね、工場も忙しいんだから、仕方ないじゃないか」


「忙しいのは、工場だけじゃないですけど、こっちだって十分忙しいですよ」


「まあ、いいじゃないか、ね。そう、怒らないで」


「わたしは怒ってないです。怒っているのは客ですよ」


「とにかくね、工場には注意するように言っておくからさ、じゃあ、切るよ。ああ、忙しい」


 うちの会社において、このマネージャーという役職は一体何のためにあるんだろう、とわたしは改めて考えた。じっくりと考えてみて得た結論は、組織には、真面目に働かない人間がいても何も問題ないということを証明するためではないかというものだった。それを証明することがどういう風に会社のためになるのか、そんなことまではわたしは知らないけどね。


 とにかく、マネージャーに話してもらちがあかない。らちがあかないでは話は済まないわけで、またクレームになって、その怒鳴り声を聞くのは受付であって、それがわたしになる可能性は大いにあるわけだから、なんとからちを開けないといけない。マネージャーに話しても無駄なら、その上の役職に話すまでだ。折良く、月一の会議の日が近く、さらにタイムリーなことには、その会議にうちの店舗からは、わたしが出席する番だった。


 その日わたしは、マネージャーの上の課長と、その上の部長がいる前で、工場からただ着物を突き返された件でクレームがあったことを議題にした。


 すると、部長の顔が、ムッと歪んで、


「初めから順序立てて話してくれないか」


 とぶっきらぼうな声が投げられた。


 その声音に、わたしも内心でムッとしながらも、それほど順序なんてものを気にするような複雑な話ではなかったけれど、これ以上無いほど、丁寧に話をしてやった。


「ありがとう」


 部長は、わたしに礼を言うと、強い目をマネージャーに向けた。どうやらわたしに怒っていたわけではないらしい。


「申し訳ありません!」


 マネージャーは、いきなり謝り出した。それはもう見事な頭の下げ方で、全国謝罪選手権でもあったら、ベスト4に入れそうなものだった。しかし、


「本当に申し訳ない!」


 頭を上げたあと、もう一度同じ事を繰り返したので、ベスト8に格下げした。二回だとわざとらしくなる。それを見たわたしはつい、部長が話すターンだということを忘れて、


「謝るんじゃなくて、対応策を考えてくださいよ」


 と言ってしまった。それでも部長は気を悪くした風でもなく、返って、


「原川さんの言う通りだ。すぐに対策を考えてくれ」


 とわたしの味方をしてくれた。ははーっ、と時代劇の家来ばりに、マネージャーはかしこまった。


 議題は別件へと移った。


 会議が終わったあと、マネージャーが近づいてきて、


「原川さん、ひどいじゃないか。何も会議の場で言うことはないだろう」


 恨みがましい目を向けてきた。


「ひどいのはこの件を闇に葬ろうとしたマネージャーじゃないですか」


「そ、そんな人聞きの悪いことを言わないでくれよ」


「じゃあ、何か対処してくれていたんですか?」


「も、モチロンさ」


 その作り笑いを浮かべた顔には誠意のかけらもなく、わたしは、会議の場で言われるのが嫌なら、直接、課長や部長に電話してもいいと言ってやると、その笑みは強ばって、不明瞭なことをごちょごちょと言いながら、離れていった。

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