第4話 恒例の新人イビリ
わたしには、結婚して家を出た姉が一人、そうして、双子の妹が一人いる。この双子の妹は、高校を卒業したあと、専門学校に通っていた。わたしは就職したのに、妹が学校に行っていることに関して、含むところがないと言えばウソになるけれど、仮にわたしが専門学校に行けば、妹が行けないことになって、であれば、どっちもどっちだという気がした。
店にいる四人のパート女性の一人梅山さんは、40代後半くらいの人だった。初めはすごく話しやすくて、色々と教えてくれるときも丁寧で、気の良い人だと思っていたのだけれど、それは初めだけのことだった。
しばらく経ってから、分からないところを質問してみたところ、
「前に言ったよね」
と言われて、教えてもらえず、まるで職人の弟子のような扱いをされた。「一度言ったことはもう教えない、あとは目で見て盗め」的な。仕事に差し支えが出てしまうことなので、再三訊いたところ、ようやく教えてもらえたけれど、やれ今の若い子は覚える気がないとか、仕事を遊びだと考えているとか、散々嫌みを言われた。わたしは、彼女の変貌ぶりに驚きながらも、
「分かりました。じゃあ、もうこれから分からないことがあっても、梅山さんには訊きません。マネージャーに直接訊くことにします」
はっきりと言ってやった。こういう人間は、弱みを見せるとかさにかかってくる。強気で行くことにすると、彼女は一瞬ムッとしたような顔をしたが、マネージャーに対する
「ありがとうございます」
と何とかこの人とも、緊張状態を保ちながらも、やっていけそうだと思った矢先に、事件が起こった。
引き取りに来た客が、セーラー服の
記録を調べてみると、なんと受け付けたのはわたしだった。わたしのミスである。もしかしたら、襟を取り忘れたのかも知れないと思ったわたしはゾッとした。取り忘れてしまうと、タグをつけられないまま工場へと送られてしまう。タグのない品物というのは、いわば、糸の切れた
「お探ししますので、お時間をいただけないでしょうか」
わたしが言うと、その客は、今日中に必要だという。わたしはとりあえず、工場に連絡することにした。工場長は50歳近くの女性で、さすがに工場を取り仕切るだけあって、パワフルな人だった。
「探してみるわ。見つかったら電話するから」
わたしは気が気では無かった。もしも、出てこなければ、最悪の場合、弁償になってしまう。まだ一回もお給料をもらっていないというのに、店に損害を与えることはなんとしても避けたい。
「ちゃんと確認しないから、そういうことになるのよ」
騒動をそばで見ていた梅山さんは、せせら笑うような声を出した。わたしが、そのセーラー服を受け付けたときに一緒に店に入っていたのが彼女だった。自分のミスを他人のせいにする気なんてこれっぽっちもないけれど、彼女がフォローしてくれていたら、こんなクレームは起こらなかったわけで、今回は、前に訊いたことをもう一度訊く、というパターンではないわけだから、わたしがセーラー服の襟を取り忘れているのをそばで見ているのだったら、一言いってくれればそれで済む話だった。店に損害が出る可能性があるにも関わらず、個人的な悪感情を先にして、新人をいびるなんていうのは、本当にしょうもない話だ。とはいえ、事が自分に関係があるのであれば、単にしょうもない、と言って済ませられる話でもなく、わたしは、ひたすら襟が出てくることを祈った。
その祈りが天上の神に届いたのか、数時間後に工場から電話が来て、
「襟、あったよ」
工場長の元気な声が聞こえた。
わたしは、ホッと胸をなで下ろした。すぐに、客に連絡を取ると、家まで持ってきてもらいたいと言う。配達のサービスはしていないのだけれど、今回はやむをえない。マネージャーに断って、客の家まで届けるために店を離れる許可をもらうと、その間一人になる梅山さんが、露骨に嫌な顔をした。
わたしはこの一連の件を、店長に報告することにした。今回の件について一番悪いのはわたしだ。それは間違いない。しかし、梅山さんが、新人の指導をするという先輩の役割を全うしていないのも事実だ。それによって、店に損害が出る可能性があったわけであって、彼女のいびりは、わたしにストレスを与える以上の効果を生み出してしまうことになりかねない。
生徒が教師に告げ口するようで若干嫌な気分にもなったのだけれど、次に店長と一緒になったときに、できるだけ感情を交えず、ありのままを報告した。うなずきながら聞いていた店長は、いつもの微笑をたたえたまま、
「梅山さんにはわたしから言っておくわね」
と言ってくれた。
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