第24話 お客様以外とのトラブル 2

 スーパーとのトラブルはそれだけにとどまらない。クーラーの一件は、うちの店舗とスーパーだけの話に過ぎなかったわけだけれど、これに、客が絡んでしまった事案が発生した。


 8月が数日過ぎた頃、わたしは、遅番を終えて、店を閉め、スーパーを後にした。免許を持っていないわたしは、熱帯夜の下を、疲れた体で自転車をチャリチャリやって、ようやく家に着いた。社会人だから一人暮らしするのが当然かもしれないけれど、やはり実家はありがたく、特にこうして疲れて帰って来たあとに、ご飯が用意されているのは、本当に幸せなことだった。


 その幸せを噛みしめながら、わたしが制服を脱いで、シャワーを浴びようとしたときのこと、スマホが着信を告げた。ディスプレイを見てみると、スーパーからであるようだ。


「そちらのお客様がいらして、今日中にどうしても引き取りたいスーツがあるというので、こちらでお渡ししておきましたので」


 聞き覚えのある事務員の声が、そんなことを告げてきて、わたしの頭に大きな疑問符が現われた。電話相手が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。


 よくよくと聞いてみたところ、店の営業時間後に客が現われて、うちの店が閉まっていることが分かり、どうしても今日中に受け取りたいものだったので、スーパーの事務室に掛け合ったということなのだ。うちの店はスーパーより早く閉まる。言い換えると、うちの店が閉まっても、スーパーは開いているからそういうことができるのだった。


 ところで、うちの店は「閉める」と言っても、シャッター的なものを下ろすわけではなくて、ただカーテンを締めるだけなので、開けようと思えば誰でも開けることができる。その事務の人は、うちの店の客なら、スーパーの客でもあろうと親切心を発揮して、うちの店に入って、そのクリーニング品を見つけて、客に与えたということなのだった。


「こ、困ります! そんなことをされては」


 わたしの第一声がそれだった。小さな親切、大きなお世話である。営業時間内に来られなかったのは、その客のミスであって、多少同情はするけれど、営業時間後まで対応するべきではないし、それでも店の者が対応したなら、店が責任を取ることができるけれど、スーパーの事務員に対応されると、責任の取りようがない。


 どうやら向こうは、わたしからお礼の一つでも言われると思っていたようで、ムッとしたようだった。ムッとされたって、言わなければいけないことは言う必要があるわけで、とはいえ、これ以上、彼女に話してもしょうがないところがあると言えば言える。これは、スーパーに抗議すべきことだろう。もちろん、わたしからではなく、店舗責任者の店長か、あるいはマネージャーから。


 わたしは、手数をかけたことだけは確かなので、その点に関してのお礼は言ったが、次に同じことがあったときにどうするかはこちらにも関わりがあることなので、追って連絡を差し上げることになる、と伝えておいた。すると、


「そんな必要はありません。これからは断りますから!」


 と一方的に電話を切られてしまった。


 わたしは、ため息をついた。


 家に帰って来てまで仕事をするなんて、いっぱしのビジネスパーソンになったような気がしたけど、特にありがたくもなかった。窓から月が見えた。わたしはシャワーを浴びると、母が作ってくれたそうめんをすすった。


 翌朝、わたしは、店長は休みだったので、代わりに、マネージャーに連絡した。どうも、話したくないと思うほど、話さざるを得なくなって、何だかそんな法則があったような気がしたけど、覚えていなかった。


「何が問題なの、それ?」


 マネージャーは、以前わたしとやり合ったからというわけでもないような、あっけらかんとした声で言った。何がも何も、まずうちの店舗に入って来られること自体が問題だろう。それに、何か問題があったときに、責任が取れないということも伝えておくと、


「まあ、他店でもそういうことがあってね、これまで特に問題になっていないんだよ。向こうが好意でやってくれている分にはいいんじゃないかな」


 マネージャーはそう言って、内線入ったから、と早々に電話を切った。


 これまで問題が無かったとしても、容易に問題が起こることが分かるわけだから、どうして、そのままにしておいていいものか、とわたしは思ったけれど、マネージャーに言ってダメなら、さらに上の人というわけに簡単に行かないのが、縦社会の欠点で、わたしは次の定例ミーティングのときに問題として取り上げることに決めた。


「マネージャー、なんて?」


 隣から、バッチリメイクの藤井さんが訊いてきた。わたしが、言われたことをそのまま伝えると、


「いかにも事なかれ主義のマネージャーが言いそうなことだわ」


 と呆れた風でもない言い方は、本当に呆れているからこそのものである。


「泥棒を見てから縄を用意するタイプだねー」


 そう言いながら、爪を見せてきたので、わたしは、いつものように、そんなネイル見たことないです、と言っておいた。それは事実だった。機嫌を良くした藤井さんは、現われた客に向かって、


「いらっしゃいませ。お預かりしたワンピース、すごく綺麗になったから、早く井原さんにお見せしたかったんですよ」


 とそのコミュニケーション能力の高さをいかんなく発揮した。

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