第2章第2話 コインランドリーには何が必要?

 傍から見れば、クリーニングの受付なんて大した仕事には思われないだろう。ただ、クリーニング品を受け取って、それを工場に回し、工場から綺麗になって返ってきたものを、また客に与える。わたしも、この仕事を始める前は、そんなイメージだった。退屈で平凡な仕事で、その分だけ、負担も少ないだろうと思ってた。


 でも、それは、間違いだった。


 仕事自体のイメージは間違っていなかったけれど、客がおかしな人間ばかりだったのだ。


「おい、何で両替ができないんだよ!」


 わたしが入っている店舗には、コインランドリーが併設されている。コインランドリーというからには、コインが必要になるわけ。で、そのコインが無いときに、店舗に両替を頼みに来る客がいる。でも、うちは両替をしない。小銭が無くなったら、お釣りが出せなくなるからだ。理由はどうあれ、とにかくできないわけで、そう言うと、30代前半くらいのその男性客は、青筋を立てて怒り出した。


「両替してもらわないと、ランドリーが利用できないだろ!」


 まるで、両替してもらうことは基本的人権であって、そうしてもらえないことが不当な取り扱いであると言わんばかりの勢いだった。


「向かいにコンビニがありますから、そこで大きいお札を崩したらどうです?」


「なんで無駄な金を使わなきゃなんねーんだよ!」


「ランドリーでクレジットカードが使えればいいんですけどね。まあ、とにかくうちは、両替はしてないんで、ご用がそれだけならお引き取りください」


「ふざけんな! おまえじゃ話になんねー! 上司を呼べ!」


「呼ぶのはいいですけど。でも、呼んだってどうにもならないと思いますよ」


「いいから、呼べよ!」


 わたしは幼い頃、父がいわゆる毒親ってヤツで、さんざん母やわたしに怒鳴ってくれたおかげで、怒鳴り声には耐性があった。怒鳴る人間っていうのは、怒鳴ることで自分を大きく見せようとしているわけで、実はそれほど怖くはない。本当に怖いのは、静かに話をする人だ。そういう人には注意した方がいい。でも、もちろん、怒鳴り声を浴びせられても平気ってわけじゃない。当たり前だけど、腹は立つ。ま、それはともかく、要求通りに、上司であるマネージャーを呼んであげた。


「少々お待ちください」


 すると、男は苛立った態度のまま、店を出て自分の車に入ったようだった。どうやら、奥さんとまだ小さな子どもがいるらしい。妻子に負担をかけて、10歳以上も年下の女に怒鳴るとか終わってるなと、ぼんやりわたしが思っていると、10分ほどして、マネージャーが現われた。


 わたしは、マネージャーに店の中じゃなくて、外で話してもらうように言った。わたしは別に平気だけど、客は怒鳴り声なんて聞きたくないだろうから。ふうっ、とためいきをついたマネージャーが、客の車に行くと、男は新たなターゲットを得て元気100倍、ガンガン怒鳴っているようだった。


 そうして、30分ほどしたあと、疲れ切った顔で、マネージャーが戻ってきた。


「何とか納得してもらったよ……」


「すごい剣幕でしたねー」


「原川さん……何か、逆鱗に触れるような言い方したんじゃないの?」


「できないことをできないって言っただけですけど」


「そう……」


「マネージャー、こういうときって、まず『大変だったね』とか言うべきだと思いますよ」


「えっ、あ……」


「まあ、別に大変でもなかったですけど」


 マネージャーは余計に疲れた顔をして帰っていった。


 こういうロクでもない客が来るのは日常茶飯事で、わたしは、まだ働き始めて半年ほどしか経っていないけど、ロクデナシはもうお腹いっぱいだった。この仕事をしていると、世の中に善人がいるという事実を疑いたくなってしまう。もちろん、どの仕事にもクレーマーはいるだろう。ただ、このクリーニング業界は、そのクレーマーを惹きつけるエネルギー的なものが、他の業界より強いのではないかと思う。新しく働き始めたいという人がいたら、その点についての、覚悟が必要だろう。

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