第10話 一日の勤務スケジュール

 店の営業時間は、午前10時から午後8時までで、これはつまり店舗のためのスペースを間借りしているスーパーの営業時間にほぼ重なっている。スーパーは午後の10時まで営業しているので、終わりは店の方が早い。


 営業開始は午前10時からだけれど、出勤はその30分前まで。店に入ったらまず掃除をする。モップで床を掃き、カウンターを水拭きする。レジを立ち上げてから、釣り銭の準備。そのあと、今日仕上がりの品をチェックする。もちろん、今日仕上がっても、客がきちんと今日引き取りに来るとは限らないけれど。それら細々としたことを済ませてから、オープンのために、カーテンを開ける。それから、受付業務に移る。


 受付の業務としては、客が持ってきた衣服を預かって、料金を請求する。個人の店なんかでは後払いの場合もあるみたいだけど、チェーン店は大体先払いだ。預かった衣服には、タグと呼ばれる、識別用の小さなナンバープレートをつける。


 午前中までに預けてもらえて、かつ、Yシャツやスーツなどをドライクリーニングする場合であれば、その日のうちに仕上がってくる。正午を過ぎると、その日のうちに仕上げることはできない。


 お昼の12時30分頃に集配の人がきて、工場が仕上げてくれた分を置いていき、店が預かった分を持って行く。品物を運ぶには相応の力が必要なので、集配は男性が担当している。50代くらいのその人は、おしゃべりが好きで、他店舗の話をちょこちょことしていく。


「原川さんが昨日レジを壊しちゃって、修理の人が来てくれるまで3時間くらいみんな手書きで請求書を作ってたらしいよ~」


「えっ? レジをですか?」


「何をどうやったらレジなんて壊すんだろうね、いやはや」


 こうやって他人の失敗を聞いている分にはいいのだけれど、わたしの失敗も他の人に話されているのかと思えば、あまりいい気分でもない。とはいえ、人の口に戸は立てられないわけで、やむを得ないところ。


 1時くらいに休憩を取る。店の奥に、ほんの一人分ではあるが、座れるスペースがあるので、そこでお昼を食べたり、本を読んだりすることができる。


 1時間の休憩が済むと、また受付業務に戻る。夕方に近づくにつれて、客が多くなる。スーパーの中に店舗があるので、夕飯の買い物がてら、クリーニングに出していこうと考える人が多いからだ。4時過ぎになると、再び集配の人がやってきて、昼過ぎのときと同じように、仕上がった物を置いて、預かった物を持っていってくれる。その日の仕上がりの物がちゃんとあるのかどうか検品して、客が引き取りに来てもいい状態にしておく。その作業が終わると、一日の仕事終わりまでもう少し、という気分になる。


 午後の8時に閉店するわけで、何もなければ、8時ちょっと過ぎに退社できるわけだけれど、8時ギリギリに飛び込んでくる客がいると、その対応のため、残業になる。

 

 店を出ると、わたしは高校時代から乗っている、ボディにいまだ高校のステッカーが貼り付けられた自転車に乗って、家まで帰る。家までは5分程度のもので、歩いたってたかが知れていた。仕事の行き帰りはそれでいいけれど、これから何かあったときのために、たとえば、突然、峠を攻めたくなったり、海をぼーっと見たくなったり、助手席に座るのが好きなカレシができたりしたときに備えて、免許を取りたいと思っている。思ってはいるけれど、先立つものが必要なわけで、実家に住まわせてもらっている以上は、家に生活費を入れなければならず、新入社員でもあるのでお給料もそれなりだから、免許取得は、もうちょっと先のことになりそうだ。


 何とか4月を終えて、ホッと一息つけると思っていたところ、5月の始まりは、4月と遜色ないほど忙しかった。店が月初めにセールをすることはすでに述べた。そのセールに合わせて、4月のセールに来なかった客の残りが押し寄せてくるのである。残り、と言っても、もしも4月のセール時の天気が悪く出足が鈍っていると、その人々が5月にやってくるので、むしろ5月の方が忙しくなるくらいらしい。何にしても目が回るくらい忙しかった。


 三日あるセールのうち、二日目は休日だったのけれど、出勤した初日と最終日にそれぞれ問題が起きた。わたしが入社して二ヶ月以内という短い期間に、こんなに立て続けに問題が起きるなんて、もしかして、わたしには疫病神でもいているのではないかと思い、おはらいをしてもらうため霊験れいげんあらたかな神社仏閣をスマホで検索していたところ、


「そんなんじゃないって、このくらい普通だから」


 とモデル並の美貌を持つ遠野さんに慰められた。


「普通ですか?」


「そそ、普通よ。そのうちに慣れるから」


 そう言って輝くばかりの笑みを作った遠野さんは、


「それか、耐えきれず辞めちゃうかだね」


 と付け加えた。

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