新卒! クリーニング受付1年生!
春日東風
第1話 クリーニングの世界へ
福島の春は遅い。
3月3日のひな祭りの日、わたしの高校の卒業式の日は、まだ寒風の吹く、冬が終わりきっていない時節だった。ひな祭りの日に卒業式だなんてしゃれているけれど、それは、わたしの高校が女子校だからだ。
三年間の高校生活を終えて、わたしは、就職することになっていた。本当は、専門学校に進学したかったのだけれど、家の事情がそれを許さなかった。
祖父母と両親で、四人五脚、小さな工務店を営んでいたのだけれど、憎むべき震災によって、あっさりと倒産、
「悪いけど、専門学校は諦めてくれ」
と父に言われて、ショックは受けたけれど、うなだれていても誰も助けてくれないのであれば、顔を上げるしかない。そうして、顔を上げたわたしの前にクリーニング店があったのだった。正確に言えば、ただあったわけじゃなくて、学校の先生が勧めてくれたのだ。
「県内でいくつも店舗を持っている、優良な中小企業よ。従業員割で、安くクリーニングしてもらえるし、いいじゃないの」
後半は分かったような、分からないような感じだけれど、とにかく働かなければいけないわたしは、恩師の言葉を縁だと思って、クリーニング店に就職することにしたのである。
「ところで、入社日は、3月8日だからね」
にっこりと続ける先生の顔を、わたしは穴の開くほど見つめたことを覚えている。8日と言ったら、わたしが卒業する日の5日後だった。専門学校に行けないのはやむを得ないとしても、卒業の思い出に、わたしは仲の良い友だちと旅行を予定していた。卒業旅行に国内大手のテーマパークに泊まることを計画していたのだった。
それをキャンセルしなければいけない先生の一言の理由はすぐに知れて、何でも、クリーニング業界の
「仕事じゃしょうがないね」
予定通り卒業旅行に行く友達を見送って、わたしは、一人、入社式へと向かったのだった。
入社式当日、わたしは支給された制服を身にまとって、工場へと赴いた。工場というのは、実際にクリーニングを行うところである。店舗で受け取った品物は全て工場へと送られて、ここでドライや水洗いやプレスや何やかやされて、店舗に戻されるのだった。
「おはようございます。この入社式の日には、みなさんと同じように、わたしも初心に戻ります。初心に戻って、我が社がこの社会に対して、何ができるのか、それをしっかりと考えて実践していこうと思うのです。我が社が社会に対して貢献できることを、若い力を持ったみなさんと一緒に模索し、実践していけることは、わたしの喜びです。これから一緒に頑張っていきましょう」
入社式のあいさつをした我が社の社長は、髪は薄く、お腹はでっぷりとした、典型的な中年男性だった。それでもわたしは社長に好感を持った。というのも、こんなに短いスピーチを聞いたのは、学生生活の中ではかつて無いことだったからだ。
しかし、せっかく社長が短く決めてくれたのにも関わらず、そのあとに、わたしたちの直属の上司になるマネージャーが、あーだこーだ、うだうだと午前中から昼寝をしたくなってしまいそうなスピーチを始めた。わたしは何とかあくびをかみ殺したけれど、同じ新入社員の隣の女の子なんかは、大きく口を開けてあくびをしていた。一度その子と目が合うと、彼女はにっこりと笑って、
「う・ざ・い・よ・ね」
と口を動かした。彼女に同調して、入社早々目をつけられたらたまらない。わたしは、曖昧に微笑むだけにとどめておいて、いつ終わるとも知れないマネージャーの話に耳を傾ける振りをして、夕飯のことを考えていた。
ようやくマネージャーの話が終わると、今度は工場見学だった。その日から、三日間は、工場で研修である。実際にわたしが入るのは店舗の方だけれど、店舗から送られた品物がどういう取り扱いをされるのかを知っておかなければ、店舗で接客はできないというリクツらしかった。
午前中の研修が終わって、お昼になると、近くにあったお寿司屋さんで、社長とマネージャーを含めて、昼食を取ることになった。お腹は空いていたけれど、初対面の社長とマネージャーの前ではなかなか好きなように食べるわけにはいかない。わたしが遠慮がちにつまんでいると、
「どうした? ダイエットでもしているのか?」
とマネージャーがセクハラまがいのことを言ってきたので、余計に食べる気が失せた。わたしは、隣でパクパクとまるで三日ぶりの食事ででもあるかのように豪快に食べる例の彼女を横目にしながら、申し訳程度に寿司をつまんだ。
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