第12話 月一の会議

 うちの会社では、月に一回の割合で、会議が開かれている。工場に集まって、この一ヶ月で気がついたことを話し合い、改善案を出す。その会議に今月はわたしが参加することになった。入ってまだ二ヶ月の新人のわたしが参加してもいいのだろうかと思ったけれど、


「持ち回りだからねー」


 と藤井さんが、見事な細工が施された自分の爪をうっとりと眺めながら言ってくれた。


「以前は、各店の店長が出席してたらしいんだけど、それじゃあマンネリになるっていうんで、その店の人全員に出る機会を与えようってことになったの。先月はわたしが行ったのよ」


 そう言えば、そんなことを教えてもらった気もした。勝手に、自分は出なくてもいいんだろうと思っていたので、聞き流していたのかもしれなかった。


「どんなことを発言すればいいんですか?」


「何でもいいのよ~。仕事してて気になったことならね」


 仕事してて気になったこと、と言われても、それはいくつかあるはあるのだけれど、その気になることというのがシステムの不備なのか、それとも、わたしの能力が低いせいなのか、そこがはっきりとしないので、発言していいものかどうか、分からない。


 会議で何を発言するかということも問題だったけれど、もっと切実な問題として、わたしには会議が開かれる工場に行くための足がないということだった。自転車はあるけれど、自転車なんて使ったら、往復で1時間半以上かかってしまう。5月の暑い中を1時間半も自転車をチャリチャリやったら、その日、仕事する元気はなくなるだろう。会議の日には、午前中が会議に当てられるけれど、午後からは通常通り仕事があるのだ。


「じゃあ、わたしが送り迎えしてあげるよー」


 工場までどうやって行こうか、その時だけは親に何とかお願いしようか、それとも、最悪タクシーを利用しようか、と悩んでいることを、仕事中にぽろっと話したところ、そう答えてくれたのが、原川さんだった。彼女も今回の会議に出るので、家までわたしを迎えに来てくれて、しかも、会議のあとわたしを店まで送ってくれるという。


「え、でも、原川さんも会議のあと、仕事なんでしょ?」


「そうだよ」


「だったら、わたしを送ってたら、仕事に戻るのが遅れちゃうんじゃないの?」


「ちょっとくらいいいってー。もう忙しい時期過ぎたんだからあ」


 わたしは、彼女の申し出に感謝しながらも、その「ちょっとくらいいい」精神のおかげで、以前ひどい目に遭ったことを思い出したので、断ろうとしたところ、彼女は、その場でマネージャーに電話し始めた。わたしを送り迎えする交渉を始めたようで、


「えー、でもー、じゃあ、どうやって工場まで行けって言うんですかぁ? 会社から、タクシー代とか出るんですかぁ? え、マネージャーが送り迎え? それはダメですぅ、セクハラじゃないですか。もしそんなことするなら、わたし、そのことを会議で問題にしますよぉ。マネージャーが仕事にかこつけて、女子社員を誘惑してるんですけどぉって」


 軽い脅迫を交えたそれは彼女の思い通りに展開したようだった。


「はい、はい、じゃあ、ちょっとわたし自分のお店帰るの遅くなりますけど、いいですね。はい、ありがとうございます。マネージャーならそう言ってくださると思ってましたぁ」


 原川さんは、受話器を置くと、わたしに向かってにっこりと微笑みかけた。わたしは今さら断れなくなって、申し出をありがたく受け入れさせてもらうことにして、その日原川さんと組む人には今度、差し入れでも持って行くことにした。


 それまで、原川さんとはプライベートでは接点が無かったのだけれど、このことが縁になって、電話番号を教え合った。SNSのアカウントも互いに教えたのだけれど、


「あー、でも、わたし、めんどくさくて、SNS使わないから、なんか緊急のことがあったら、電話してね」


 と言われた。連絡用に家族に言われてしぶしぶアカウントを作ったのだけれど、使い方もよく分かっていないらしい。


「メッセージの送信はできるけど、写真送ったりとかそういうことはムリー」


 わたしも特にそんなにSNSを利用する方ではなくて、前の日に来ていたメッセージを、翌日まで放置してしまうということがよくあるので、


「メッセージ入れたら、5分以内に返信してねー」


 などと言われなくて、ホッとした。その原川さんから、会議当日の朝、


「着いたよー」

 

 とちゃんとメッセージが来て、わたしが家を出ると、水色の軽自動車が停まっていた。近づいていくと、運転席から原川さんが出てきて、手を振ってきた。ボックス型であるにもかかわらず丸みを感じさせるその車は、ラパンというらしかった。


「ローンで買ったから、払い終わるまでは仕事辞められないんだー」


 わたしを助手席に乗せて、車を発進させた原川さんが言った。


「え、じゃあ、払い終わったら、辞めるつもりなの?」


「払い終わったらすぐに辞めるかどうかは分かんないけどぉ、わたし、他にやりたいことがあるから、いずれはね」


 わたしと同じくまだ働いて二ヶ月ちょっとであるのに、すでに辞めることを考えているということにわたしは驚いた。ただそれが仕事が嫌でというのではなく、やりたいことがあってということなので、同時に感心もしていた。わたしのやりたいことって何だろうか、とふと考えてみて、うーんと心の中で首をひねっていたところで、工場の駐車場にラパンは到着したようだった。

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