第2章第4話 外国人だからって日本人と何か違うの?

 店には外国人の客もたまに来る。


「外国の人来ると緊張するよね」


 と同じ店の人が言っているのを聞いたことがあるけど、わたしは、別に緊張なんかしない。ここは日本なんだから、郷に入りては郷に従えってことで、彼、もしくは彼女がこちらの流儀に合わせればいいと思っている。


「ココ、シミ、オチテナイヨ」


 その日来店したのは、中国人の女性客だった。30歳くらいの彼女は、流暢とは行かないまでも、コミュニケーションを取るには、問題ない日本語で話しかけてきた。確かに染みは落ちていないように見えた。うっすらと残っている。でも、それは、うちの店の責任ではなくて、もうそこまでが限界だったわけ。前に言ったとおり、うちは、シミ抜きは専門にやってない。そんなには落ちないわけで、ついたシミを修正液で消したように見えなくしたいなら、他の店に行ってもらうしかない。しかも、その人が持ってきたシャツは既に2回も再預かりしていたのだった。もう、これ以上はいいでしょと思って、わたしは、


「コレイジョウハ、モウオチナイヨ」


 同じように片言で言った。別に馬鹿にしたわけじゃなくて、その方が分かりやすいと思ったからだ。本当にそうかは知らないけど。すると、彼女は、


「オチルヨ!」


 と言ってきたので、わたしは、


「オチナイヨ!」


 と言った。


 これを5分くらい繰り返していたら、諦めて帰った。でも、帰り際に、


「ウッタエテヤルヨ!」


 捨て台詞を残していった。


 外国人を粗略に扱うと、なんでもかんでも、「差別」って言われる世の中だ。外国人だろうとなんだろうと、人によって取り扱いを変えるのって、普通のことじゃないかな。この頃は、差別差別って、うるさすぎる。「どんな人でも一人の人として尊重しなくちゃいけない」なんて、バカじゃないのって言いたい。


 だって、いい人と嫌な人の価値が同じだなんて、そんなアホらしい話ってない。これじゃ、いい人が損をするリクツだ。いい人と悪い人がいて、いいことをしている人も悪いことをしている人も、同じ評価がなされるとしたら、いつだって、いい人の方が嫌な思いをすることになる。


 わたしが、意図せず発見してしまった真理に、げんなりしていると、


「行った?」


 裏から、今日のパートナーが現われた。この店に店長含めて3人いるレギュラーバイトの一人だ。


「原川さん、よくあんなこと言えるよね、怖くないの?」


「怖い?」


「だって、なんとなく怖いじゃん。向こうの人って」


「向こうの人の方が、こっちの人よりも、問題を起こしやすいっていうデータでもあるんですか?」


「えっ……そんなの知らないけど」


「だったら、それって、ただ、別所さんがそう思っているってだけの話ですよね」


 わたしがそう言うと、彼女はムッとした顔をした。自分の意見……というか、感情に賛成してもらえないばかりか、返って個人攻撃――そんな気は全く無いけど、そう思っている気がする――されたことが気に入らないのだろう。それなら、話しかけなければいいのに、とわたしなんか思うのだが、まあ、それは彼女の勝手にすればいい。


「原川さん、平気なら、また一緒に入っているとき、あの人来たら対応してよ、いいでしょ?」


 やれやれ、だった。ここで、いい人ぶれば、損をするのはわたしだった。わたしだって、あんな、ゴリゴリと押してくる人を相手にするのは好きじゃない。わたしはクモが平気だけど、別に好きじゃないのと同じことだ。


「嫌です。わたしがカウンターにいるときは、わたしが相手しますけど、別所さんが、カウンターにいるときは、別所さんがやってください」


 わたしがハッキリとそう言ってやると、彼女は鼻白んだようだった。30代後半の彼女は、まだ20歳にも満たない小娘が生意気をやることに、さらに気分を害したようだけれど、知ったこっちゃなかった。


「あのさ、原川さん。これは、原川さんのために言うんだけど、そんな態度じゃ、この先、世の中渡っていけないと思うよ」


 そうですか、としか、わたしはもう返さなかった。言い返しても無駄な人種である。


 わたしは、世の中をうまく渡って行きたいなんてことは、もう随分昔から考えないようになっていた。世の荒波を、がんばって泳いでたどり着けるところがあるとしても、そこが何かしら素晴らしい島であると誰が保証してくれるんだろう。現に、うまいこと世の中を渡って来たと主張するであろうこの彼女の醜さといったらない。


 それなら、わたしは、荒波に入ることなく、ビーチでパラソルの下、サングラスをかけて、寝そべっていた方がいい。どうしてみんな海に入りたがるのだろうか。わたしも入っているけれど、これは、まあ波打ち際で足をぴちゃぴちゃさせているくらいのものだ。


 わたしのやるべきことは他にある。それが何なのか、まだ明確になっているとは言いがたいけれど、少なくとも、ロクに仕事をせずに、年下の人間に説教を垂れる女との会話よりはマシなものであることは間違いない。

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