第18話 そ……そうだよ。ボクは……女の子……だよ

 ボク達は坂城さんから露店の打ち合わせをしたいという連絡を受け、アルケミーギルドに来ていた。

 アルケミーギルドに到着すると、そこで待っていたのは坂城さんと背の小さな一人の少女だった。

 その少女は坂城さんの後ろに隠れていてるが、背負った大きなリュックのせいで隠れきれていなかった。

 坂城さんの後ろからひょこりと顔半分だけ出し、ボク達を観察しているようだった。

 そんな様子を笑顔で眺める坂城さんは、ボク達にその少女を紹介してくれた。


「どうもこんにちは、みなさん。最初に一人ご紹介したい方を連れてきました。さあ、こちらへどうぞ」


 坂城さんは小柄な少女をボク達の前に連れ出した。


「こちらはリオさんというNPCの方です。少し前に商人ギルドで知り合いまして。生産活動をメインとした活動をされたいとのことで、これはと思い声を掛けさせていただいた次第です」

「あわわ……は、はじめまして。リオと申します。よ、よろしく……お願いしますね」


 リオはペコリとお辞儀をし、つむじからぴこんと飛び出した一房の毛がぴこぴこ揺れていた。

 リオは薄茶色の綺麗な髪の毛をしていて、ミディアムヘアーでゆるくふわりと毛先がカールしていた。

 髪型を整えるためのパーマとは異なり、あくまで自然なナチュラルカールだ。

 身長は姉ちゃんよりも少しだけ小さい位で、おそらく140cm程だろう。ボクよりは大きかった。

 そして、何より特徴的なのが背中に背負った大きなリュック。

 降ろせばいいのに、何故か背負ったままだ。

 お辞儀をした時も、ふらついて一歩前によろけてしまっていた。


「はじめまして、リオさん。あたしは宗乃美乃梨。こっちは妹の萌生。こっちはカルナイン。あなたと同じNPCよ。ちなみにあたし達二人は人間よ。

で、坂城さん。あなたが連れてきた位だもの、何かリオさんに商売で関わってもらうってことなのかしら?」


 姉ちゃんはリオさんに挨拶をし、そのまま坂城さんへと話しかけた。


「その通りです。美乃梨さん。実は、リオさんに露店の売り子や在庫管理などお任せしようと思っています。

彼女自身も裁縫や鍛冶といった生産活動をやっていきたいそうで、美乃梨さん達の装備制作や、素材集め等でお互いにメリットがあると見込んでいるのですが、いかがでしょうか」


 緊張した表情で姉ちゃんの顔を見つめるリオさん。

 姉ちゃんも指をあごに当てて考えている。


「んー……坂城さんに全部任せるって言った手前だし、それでもいいとは思うけど……素直でいい子そうだし。

ただ……素材集めに製造を任せる、かぁ……」


 迷ってる姉ちゃんに、カルナインが自分の意見を口にする。


「悪い事ではないと俺は思うがな。問題は抱え込むチームの規模だろうな」


 姉ちゃんはカルナインの言葉に頷く。


「そうなのよね。5人パーティーに坂城さんにリオさん。合計7人になるのよね。そうなると、生産活動の支援も考えた今後のプランも必要になるでしょうし……」


 坂城さんがタイミングを見計らって口を開いた。


「冒険者としてレベルもあげたい。生産素材も集めたい。商売もしたい。そんな全ての目標を達成できる依頼を、冒険者ギルドで見つけました。それがこれです」


 坂城さんが姉ちゃんに手渡したのは2枚の羊皮紙だ。

 

「何々……? 街近辺に出没する狼を退治する仕事かぁ……討伐数に応じて報酬が変わるのね。素材ってもしかして狼の毛皮とかかしら?

もう一枚は……クロウラーの討伐? なるほど、糸ね」

「あ、はい。その毛皮と糸で装備を作りたいんです」


 そう答えたのはリオさんだ。


「それに、露店の広報写真で萌生さんに着てもらう服も作っていただこうと考えています。一気に有名になった萌生さんをモデルにするのはタイムリーなトレンドでぴったりです」

「ボクの服!? ボクがモデル!?」


 そんな恥ずかしい事できないよ!

 姉ちゃんが頷く前に断らないと!


「姉ちゃん、ボク無理だよ!」 

「大丈夫よ、萌生! 可愛い服いっぱい着せてあげるわね。うふふ」

「え!? 恥ずかしいよ! 姉ちゃん、ボク無理だってば!」

「萌生は女の子よね? 可愛い服着るの恥ずかしいわけないわよね? ん?」

「そ……そうだよ。ボクは……女の子……だよ」

「でしょぉ? なら可愛い服着たいって思うのは当然よね? ここで着たくないなんて答えたら女の子じゃないって思われちゃうんじゃないかしら? ね?」

「え……そうなの? うぅ……」

「はい決まり!」


 姉ちゃんは一方的に決めてしまった。


 そして、姉ちゃんは以前作成しておいたポーションを坂城さんへと渡し、露店の打ち合わせなどを軽く行ってから坂城さん達と別れた。

 その後新パーティー5人で集まり、依頼を受けて街の外へと向かった。


「街の外は初めてだから緊張するわね」


 姉ちゃんは周囲を警戒しながら先頭を歩く。

 いつアクティブモンスターと遭遇するかわからない。

 盾役の姉ちゃんは今度こそ本番だという、いつも以上の緊張感を持って歩いていた。


「ニナは、美乃梨が『挑発』を入れた敵から攻撃を開始してくれ。『挑発』をする前の敵を攻撃してしまうと、ヘイトが自分に向かってくるぞ。乱戦時のヘイト管理を忘れるな」


 カルナインさんが初パーティのニナさんにアドバイスをしている。

 さすがカルナインさんだ。

 頼りになる男って感じで頼もしいよ。

 ボクもそうなれたらいいなぁ。


「萌生とアリサは、敵と遭遇したら前にでずに俺の陰に隠れていろ。俺がしっかり守ってやるから安心しろ」


 うひゃぁ。なんかそんなこと言われちゃうとこそばゆいなぁ。

 えへへ。なんか今のボクって守ってもらうお姫様みたいな感じで、女の子みたいだ。


 ボクはカルナインさんの背中を眺め、その頼もしさを感じて頬を赤らめてしまった。

 アリサさんを見ると、ボクと同じようにカルナインさんの背中を見つめて頬を赤らめている。


 だよね、アリサさん。ボクもわかるよ。

 心の中でアリサさんに語り掛ける。


 突然姉ちゃんが剣を抜いて後続のボクらに声を掛けた。


「いたわ! 狼2匹いる! 周囲を警戒して。他にもいるかもしれないから」


 そういうと姉ちゃんは勇敢にも狼へと真っ先に走り出す。


「こい狼! 『挑発』」


 姉ちゃんのスキルによって、狼達が姉ちゃんへと一斉に襲い掛かった。


「ひっ!」


 姉ちゃんは怯えながらも盾で狼の突進を食い止める。

 

「美乃梨! こちらに背を向けるな! 後続の射線を開けろ! 横に回れ!」


 カルナインさんは叫びながら姉ちゃんを襲う狼へと切りかかる。

 姉ちゃんはカルナインさんの指示通りに横へと移動した。

 カルナインさんは一匹を二本の剣で切り裂き、二匹目を睨み付ける。

 姉ちゃんは盾に隠れながら剣を無造作に振り回している。


「ニナ! お前が撃て! 今のうちに経験を積むんだ!」


 叫ぶカルナインさん。

 そして、棒立ちしていたニナさんはその声に体をビクッと震わせる。


「わ、わかった。やってみる」


 弓を引き絞るニナさんだが、本物の戦闘はこれが初めてなのだろう。

 狙いを定めるのに時間がかかっている。


「た、たすけて!」


 姉ちゃんは地面にへたり込んでしまっていて、盾で体を覆いながら剣を振り回している。


「でやあっ!」


 「ビュン」という矢が風を切り裂く音がするが、狼の少し上空を通過し、そのまま奥の木に突き刺さる。

 それを見たカルナインさんは、狼へと一気に近づき右側面から狼の胴へと剣の一撃を食らわせる。

 「キャイン」という悲鳴をあげて狼は大量の赤い光の粒となって消えた。


「姉ちゃん! 『ヒール』!」


 ボクは姉ちゃんへと駆け寄り、回復魔法をかける。

 姉ちゃんのわずかに減っていたヒットポイントゲージが回復した。

 お尻をぺたんと地面につけ、ボクへと顔を向ける姉ちゃん。

 いつもの強気の姉ちゃんの顔はそこにはなく、今にも泣き出しそうな顔をしていて、瞳に涙を浮かべていた。


「ご、ごめんなさい……」


 ニナさんが姉ちゃんへと駆け寄ってきた。


「う、ううん。だ、だいじょうぶ。あたしも攻撃受けたの初めてたから、足が思うように動かなかったし」


 えへへと笑う姉ちゃんだが、足がぶるぶる震えていた。

 ボクは耐えきれなくなって、姉ちゃんに抱きついた。


「大丈夫? やっぱ壁役は他の人にやってもらったほうがいいよ。姉ちゃんが危険な目に合うのボク嫌だよ」


 ボクがそういうと、姉ちゃんはボクを引き離し、真剣な顔でボクの顔を見つめた。


「大丈夫。あたしが萌生を守るから。今回はちょっと焦っちゃっただけ。次はしっかりやるわ!」


 どうみても強がりだ。

 姉ちゃんだって、生まれてから今まで戦うなんて経験があるわけないんだもの。

 ボクの為に我慢しているんだ。


「姉ちゃん……無理しないで?」


 姉ちゃんは勢いよく立ち上がり、その場でジャンプしはじめた。


「だいじょうぶ! もう平気! 次いこ次!」


 カルナインさんが姉ちゃんのそばへと歩いてゆき、姉ちゃんの肩を軽くたたいた。


「美乃梨、おそらく今の狼程度なら、10匹位いっぺんにきてもお前のヒットポイントゲージはそこまで減らんぞ? 今ので1割も減ってなかったしな」

「え……?」


 姉ちゃんはカルナインさんの顔をまじまじと眺めていた。 

 ボクは確かに姉ちゃんに『ヒール』をしたけど、正直姉ちゃんのヒットポイントゲージを見ていなかった。

 そっか、ボクは回復を気にしなければいけなかったんだ。

 ゲームではヒーラーとかやったことあったけど、実戦だと完全に頭からそういう役割分担が抜け落ちてしまっていた。

 前回戦闘をした時は、まるでそういった役割を気にする必要もなかった。

 実質今回が初めての戦闘といってもおかしくないだろう。


「ごめんなさい。ボク、ヒットポイントゲージすら見てなかったよ……次からちゃんとやるから!」


 ボクは『戦う』っていう事を本当には理解していなかった。

 ゲームの延長線上でなんとなく出来ると思い込んでいた。

 ボクは甘かったんだ。

 今回は敵が弱かったから助かっただけ。

 戦うっていうことが命のやり取りだとわかっていたつもりだった。

 でも、実際に戦闘してみて本物の戦闘という空気を肌で感じて、覚悟が全然足りてなかったと痛感した。

 下手したら姉ちゃんを失うことだってありえるんだ。


「絶対に姉ちゃんはボクが守るんだ」


 ボクは手に持つ杖を改めで握りなおした。

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