第15話 いやぁ……ボク、もうびちょびちょに濡れちゃってるよぅ

 ボクはエレットさんと別れた後、前方に立ちはだかる山脈を前にしていた。

 もうこの山脈をどうするか決めないといけない距離だ。

 前方を飛ぶ選手たちは、洞窟へ向かう者、谷へ向かう者、高度をあげて山を越える者の3タイプに別れていた。


「パンツはもらったけど……お尻丸見えだよねこれ。だから谷は却下かなぁ。

そうすると、洞窟か上空からの山越えか……」


 ボクは山脈の右方面に目を移す。

 右方面は海になっており、迂回するなら海へと出ないとならない。


「海かぁ……綺麗そうだなぁ」


 ボクは太陽の光を浴びて、キラキラ光る海に惹かれていた。


「よし! ボクはこっち! 海へ行こう。右に行って!」


 海へと進行方向を変えることにした。


「クェー!」


 アルゲンタヴィスは了解と言わんばかりに声を上げ、体を旋回させる。


「うわああああああ!!」


 突如地平線が反時計回りにぐるりと回転したのだ。

 回転したのは地平線だけではなかった。木も地面も海も雲も。

 そう、アルゲンタヴィスを軸に旋回したため、世界がぐるりと回転したように見えたのだ。


「こんな風に見えるんだ! やっぱ空を飛ぶってすごい!」


 ボク達は森を抜け、砂浜を越え、青く透き通った海へと着いた。

 うっすら見える海底の濃い青が近づいてはボク達の後ろへと消えてゆく。

 海面を揺れる白い波が海底の青とは別方向に移動している。


 そして、透き通った海中を泳ぐ大きな魚の姿。

 その群れはボク達の進行方向と同じ方向へと泳いでいる。

 突如その魚が大きく跳ね、低空を飛んでいるボク達と同じ高さまで飛びあがってきた。


「わぁ! イルカさんだ!」


 口元が細く長く突き出たその生物の名はイクチオサウルス。

 似てはいるが、哺乳類であるイルカとはまったく別の種別であり、イクチオサウルスは魚竜に属する爬虫類である。

 小さい子供のイクチオサウルスは1メートル程で、成体は最大で25メートルもの巨体を持つものまで存在している。

 イルカは尾を上下に動かし泳ぐのに対し、イクチオサウルスは尾を左右に動かす。似ているが混同してはいけない。


 群れのイクチオサウルスは、交互に海面を跳ね飛び、アルゲンタヴィスと同じ高さまで飛びあがっては海中に潜ってゆく。


「すごいよー! ボク、イルカさんと一緒に空を泳いでるよ!」


 イルカではなくイクチオサウルスは、20匹以上の群れを成しアルゲンタヴィスと一緒に泳いでいる。

 しかし、アルゲンタヴィスを夢中で追従するイクチオサウルス達は、群れに追いつけずに後れを取っていた子供のイクチオサウルスの存在に気が付かなかった。


 後方ではぐれた子供のイクチオサウルスに目をつけて空より狙っている翼竜がいた。

 野生のアンハングエラだ。

 鋭く細長いとげとげの歯を複数持ち、くちばしが異様に長いアンハングエラは体長2メートルほどもあり、翼を広げるとその横幅は5メートルを超す。

 「年老いた悪魔」の異名を持つアンハングエラは、白亜紀前期の地球に存在していた翼竜だ。


 「ガァー」という奇妙な声が後方から聞こえ、ボクは後ろを振り向くとそこには大きな翼竜が飛んでいた。

 アンハングエラがイクチオサウルスのはぐれた子供を狙って飛んできたのだ。


「イルカさんが!」


 少し戻って助けるとなると、時間のロスになるだろう。


「でも、あのイルカさんを見捨てることなんてできない! アルゲンタヴィス! 戻って助けよう!」


 「クエー」という鳴き声と共に、アルゲンタヴィスは空中旋回を行って反転する。


「いっけー!」


 イクチオサウルスに気を取られていたアンハングエラは、アルゲンタヴィスの方向転換に気が付くのが遅れた。

 その為、アルゲンタヴィスの爪による先制攻撃が見事アンハングエラに決まった。

 アルゲンタヴィスの爪は、アンハングエラの翼を切り裂き、アンハングエラはバランスを崩して海面へと落ちていった。


 その瞬間海面が大きく盛り上がり、水中から巨大な生物が飛び跳ねてきた。

 その巨大な生物の正体は、全長10メートルはあろうかという巨大なマンタであった。

 マンタがアンハングエラを長い尾で空中へと弾き飛ばしたのだ。

 遥か後方へと飛ばされ、そのまま水中へと沈んでいくアンハングエラ。

 マンタはそのまま海中に潜るが、その勢いで大量の水しぶきが舞う。


「うわぁぁぁ!!!」


 大量の水しぶきを体に浴び、ボクはアルゲンタヴィスと共に上空へと回避する。


「あんなのに襲われたら大変だ……」


 アルゲンタヴィスを再び反転させ、その場から離れようとした。

 しかし、マンタはボク達の後を追いかけてくる。

 その速度はアルゲンタヴィスをはるかに上回り、あっという間にアルゲンタヴィスのすぐ下まで追いついてきた。


「もっと上にあがって!」


 アルゲンタヴィスは上空へと軌道を変えるが、それよりも早く海面から大量の水が盛り上がってきた。


「こないでぇぇぇぇ!!!」


 ボクの必死の叫びも虚しく、巨大なマンタは海上へと飛びあがり、ボク達はその背中の上へと乗りかかってしまった。

 マンタの浮上によって大量の海水がボク達を飲み込む。


「ごほっごほっ」


 大量の水を飲み込んでしまってせき込むボクの体は、全身海水まみれになってしまった。

 

「いやぁ……ボク、もうびちょびちょに濡れちゃってるよぅ」


 マンタはそのまま空中を飛び、100メートルもの超長距離ジャンプを行った。

 アルゲンタヴィスはそのままマンタの背中に押し上げられ、バランスを崩してその背中に押し付けられる。


「ひえええええぇぇぇ……」


 海面へと着水するマンタ。しかし、体は器用に上部を海面より上にだしたままだ。

 50メートル位その状態を維持し、再び100メートルジャンプする。


「もしかして……ボク達を運んでくれているの?」


 アルゲンタヴィスの飛行速度を大幅に超えるスピードで移動するマンタ。

 周囲を見ると、大量のイクチオサウルスや、小型のマンタをはじめ様々な水中生物達がマンタを取り囲んで泳いでいた。


「この海域の主なのかな……もしかして、ボク達がイルカさん助けたお礼をしてくれてるのかも?」


 こうしてボク達はスタミナを温存したまま飛ぶより早い速度で山脈の反対側まで行くことが出来た。


 しかし、この時海中から巨大な触手が伸びてきた。

 触手はボクの背後から迫り、腕ごとボクの胸に巻き付いてきた。


「きゃあああ!!」


 ボクに巻き付いた触手は海へとボクを引っ張るが、ベルトを締めていたのでアルゲンタヴィスも一緒に引っ張られてしまった。

 「クェッ!」と苦しそうに声を上げ、翼を動かしもがくアルゲンタヴィス。

 触手はボクとアルゲンタヴィスを引き離そうとすごい力で暴れだした。


「た、たすけてぇ!!」


 触手がどんどん巻き付いてきて、ボクの下腹部にまで迫ってきた。

 ボクとサドルの隙間へと触手を強引に挿入してくる。


「ひゃぁん!?」


 突如慣れない感触を股間に感じ、可愛らしい声を漏らす。

 触手はそのままもぞもぞと動き始め、ボクをサドルから引き離そうと蠢く。


「だ、だめぇ……! そんなところで……動かないでぇ!」


 次の瞬間、巨大な影が宙に飛び出してきた。

 ボク達を乗せてくれたマンタだ。

 マンタは触手の主へと襲い掛かると、触手の主の姿が海上へと浮かび上がってきた。

 触手の主は巨大なクラーケン。10メートルはあろうかという巨大なイカだ。

 マンタはボクに巻き付いた触手を尻尾で切り裂いてくれた。

 しかし、その衝撃でボクはアルゲンタヴィスと一緒に空中へと放り出されてしまう。

 空中で回転しながらも、アルゲンタヴィスは体制を持ち直し、なんとか海への落下は防ぐことが出来た。

 ちぎれた触手はまだボクを強く縛り上げ、潜り込んだ先端は股の下でびくびく動き回っている。


「なんでとれないのぉ! びくびく動かないでぇ……そんなとこ……刺激しないでぇ……」


 ちぎられた触手は痙攣を起こし、お尻とサドルの間でピストンのようにその隙間で動き始める。


「だ、だめぇー! いやぁぁぁ!」


 初めて感じる感触に悶えながら、必死にそれを耐えるしかなかった。

 

 ボクが悶えている間に、マンタはクラーケンを倒したようだ。

 しばらくして、やっと動かなくなった触手をほどき、海へと投げ捨てる。


「もう! なんて変態なイカなの!」


 海を見ると、海面から顔を出してボクをじっと眺めているイクチオサウルス達がいた。

 こころなしか、顔を赤らめているようにも見えたけど、きっと気のせいだろう。

 送ってもらっただけじゃなく、クラーケンからボク達を守ってくれたマンタに感謝しなくっちゃ。


「ありがとうマンタさん! イルカさん達もお元気で!」


 ボクが手を振ってお別れをしている間、みんなは海面から顔をだしてボク達を見送ってくれていた。

 巨大なマンタはしっぽを海上に振り上げ、左右に振ってお別れの挨拶をしてくれた。


「ラッキーだったね! さあて、ゴールまで頑張っていこー!」


 前方には巨大な円状のリングが小さく見えていた。

 ゴールまで一直線だ。


「さあいくよ、アルゲンタヴィス!」


 飛び立つアルゲンタヴィスのその後方で、海面へと浮かび上がってくる物体があった。

 それは先ほど巻き付いていた触手だった。

 そして、そこには紐のような黒い布切れが巻き付いていた。

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