第36話 1回で5万Gですわ。せいぜい味わってくださいませ

 タワーディフェンスの戦闘が開始された。

 チュートリアルだという第一戦目。

 自身も戦闘に参加する以上、絶対に負けるわけにはいかない。


 自身に気合を入れて待ち構えていると、小柄な魔物が1匹とことこと歩いてこちらにやってきた。

 見たからに弱そうな小さな魔物だ。

 緑色の肌にぼろぼろの麻の衣服、そして形だけの覆う面積の少ない皮装備を着ている。

 手にはこん棒を持ち、盾は持っていない。

 ゲームでよく見かけるゴブリンにそっくりだ。


「まさか……あれがそうなの……?」


 何故一匹で攻め込んできているのか理解できない。

 本物の戦闘ならあんな攻め方は絶対にしないだろう。


「これはゲームだってことなのね」


 こちらが設置したバリケードにやっと到達したかどうかの場所で、後ろから放たれた矢に倒れる魔物。

 あまりにもあっさり倒れて拍子抜けしたのか、防衛陣からは歓声の一つも上がらない。

 すると今度は同じような敵が二匹現れ、こちらに向かってとことこ歩いてくる。

 敵だという先入観がなければ、あながち可愛いと思ってしまっていてもおかしくはないだろう。


 あの魔物はNPCのように人格があるんだろうか。

 戦闘中だというのに、あたしはそんな事を考えてしまっていた。


 二匹の魔物もすぐさま討伐され、次は四匹いっぺんに現れた。

 この四匹も難なく倒したが、お気楽ムードはここまでだった。

 次に現れたのは八匹。そして次は十六匹と次々と倍の数になっていった。


「落ち着いて! 相手は強くないわ!」


 あたしは焦りが見え始めている防衛陣のメンバーに落ち着くよう声を掛ける。


「挑発! こっちよ! 挑発!」


 あたしは敵をまとめるために片っ端から自分へとターゲットを集中させる。

 数が多いため、ゴブリンの攻撃をすべて盾で受け止めきれないで足や腕にこん棒の一撃を何度も食らってしまっていた。


「くっ……痛すぎでしょ……」


 こん棒の一撃はそれほど大ダメージは受けないが、鈍く残る痛みを蓄積してくる。

 更には何度も攻撃を受けた腕が次第にしびれて力が入らなくなってきている。


「カルナイン! 一匹だけのこして他は殲滅させて! 全部倒したらすぐ沸いてくるかもしれない! 一匹だけ残して回復を優先させよう」

「了解した!」


 ニナの機転が利いたアドバイスのおかげで、あたし達は回復に費やす時間を作れた。

 おっぱいアーチャーニナは意外と頭が切れるようで、あたしは彼、いや彼女からアドバイスをもらうことも多かった。


「ヒール! ヒール!」


 アリサは必死に回復魔法をかけて走り回っている。

 回復の際に笑顔のサービスまでしていて、ニナとは違って最近のアリサは女性らしさが目立ってきている。

 しかしここまで大人数だとヒーラーの負担はかなりのものだろう。


「美乃梨!」


 エレットがあたしのそばまでかけてきた。


「言いにくいのですけど、もしこのまま敵の数が増え続ける一方なら、『最悪のケース』を『駐屯地の放棄』にしたいんですの。人的損害はなんとしても回避したいですわ」

「それはつまり、ここを放棄して逃げるって事?」

「そうですわ。誰かが死んでしまうよりは、駐屯地の放棄を選ぶべきですわ。そのためには選択は早めにしなければならないんですの。次も敵が倍沸くようでしたら、撤退の指示を出してくださいます?」

「次は……無理かな?」

「無理ですわ」


 あたしの質問に即答するエレット。

 その表情は硬く、議論の余地はなさそうだ。


「わかった。次倍沸いたらエレット達は撤退して。あたし達が食い止めるから」

「は? 何言ってるんですの!? 美乃梨も逃げるに決まっていますのよ?」

「あたしは……逃げられない。フルムーン首領として、一戦目で負けるなんてあっちゃいけないのよ」

「そんなくだらないプライドはお捨てなさい! 死んだら何にも残らないんですわよ!?」

「あたしが逃げたらさ……シーザス達全滅しちゃうじゃん? NPC見捨てる領主がNPCと共存なんて言っても誰がついてくる? そんなあたしの言葉信用できないでしょ。あたしさ、嫌だけど選択肢ないのよ。

ほんとはさ……全部投げ捨てて逃げたい。面倒なの全部捨てられたら楽だろうなって思う。でもね、それしたら終わりだなって思うからできないのよ」

「……美乃梨」


 エレットはインベントリ画面を開き、金色のポーションを取り出し、黙って美乃梨に突き出した。


「これは……?」

「完全治癒ポーションですわ。1回で5万Gですわ。せいぜい味わってくださいませ」

「そんな高いポーションを何であたしに?」

「美乃梨を死なせるわけにはいかなくなったからですわ。危険になったらお使いなさい。それと、さっきのわたくしの言葉はお忘れになって下さいませ」

「それって……?」

「わたくしもご一緒いたしますわ」


 周囲を見ると、回復は一通り終わったようで、みんなあたしとエレットの会話を眺めていた。

 後ろで会話を聞いていたエレットの副官スコットも強い意志のこもった表情であたしを見て頷いてくれた。


「ありがとう」


 最後の一匹の攻撃を受け止めているカルナインに頷き、カルナインが止めを刺す。

 すると今度は32匹のゴブリンが沸き始めた。

 

「チュートリアルでこの数はしゃれにならないでしょ!」


 全員が身構え、突撃してくるゴブリンに相対する。

 「ぐぎゃー!」という雄叫びをあげながら突進してくる小柄なゴブリン達。

 これだけの数を前にすると、身がすくんでしまって挑発するのに躊躇われてしまう。

 でも、この中で一番防御力と体力が高い盾役はあたしだ。

 あたしが逃げるわけにはいかない。


「ちょ、挑発!」


 声は震え、普段より数段小さな声しかでなかった。

 しかしスキルの効果はかかり、ゴブリン達が一斉にあたしへと向かって襲い掛かってきた。

 バリケードのおかげで一斉に襲い掛かってこれなくなっているので何とか持ちこたえられている。

 襲い掛かってくるゴブリン達に盾を押し出してタックルする。

 この方が敵の体制を崩せるので、次の攻撃まで時間を稼げるのをあたしは戦闘で学んでいた。

 盾で受け止め、剣で受け止め、足りなければ足で蹴り飛ばす。

 以前のような盾に隠れているだけのあたしじゃない。

 いっぺんに相手する数も3匹から4匹程度。

 あたしが抑え込めることが出来れば、少しづつ削っていって数を減らすだけだ。

 前衛に出て抑え込んでいるのはあたしとさっき配置したシールダー、そしてエレット隊のタンクが2名の計4名。

 抑え込んでいる敵をカルナイン達が倒していく。

 うまくパターンが決まってなんとかいけると思った矢先にそれは起こった。


 ガタン! という音と共にバリケードが破壊されたのだ。

 更に他のバリケードも破壊された音がした。

 全部で6個ほど設置したバリケードの内二つが破壊された。

 たったそれだけなのに、状況は一変してしまった。

 あたし達へと攻め込む通路の幅が一気に広がってしまったからだ。

 

「ぐがー!」


 あたしの周囲に10匹ほどのゴブリンが群がってきた。

 前方だけではなく、左右からも敵の攻撃が降り注ぐ。


「あぐっ!」


 こん棒で肩を殴られ、足を殴られ、あたしは立っていることが出来なくなり、その場に転倒してしまった。

 そのせいでゴブリン達がいっきに後衛へと抜けて行ってしまった。


「うおおおお!!」


 カルナインが2本の剣を振り回し、抜けてきたゴブリン達を薙ぎ払う。


「サンダーボルト!」


 エレットの放った雷によって、後衛に迫る直前で倒されていくゴブリン達。

 しかし、数が多すぎる。

 あたしは完全にゴブリンに抑え込められ、袋叩き状態になっていた。


「ぐはっ……あうっ……痛いっ……‥萌生……」


 その時、大声をあげてゴブリンの群れに突撃する人物がいた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 黒いオーラを放つ大きな両手剣を振り回し、ゴブリンの群れを一刀で薙ぎ払う。

 そしてあたしを抱えていっきに後衛に連れ戻してくれた。


 あたしはぼろぼろになった体で息も絶え絶えその顔を見た。

 その男はここの隊長シーザスだった。


「さて、今回限りの特別チュートリアルです。兵士とは別の『英雄ユニット』の召喚を説明しましょう」


 そういうとシーザスはあたしを地面に寝かせ、大きな大剣を軽々と片手で振り上げ天へと突きあげた。


「『英雄ユニット召喚』とおっしゃってください。さあご命令を。『敵を殲滅せよ』と」


 シーザスはあたしを見下ろし、あたしの命令を待っている。


「え……英雄ユニット召喚……敵を……殲滅せよ」

「了解」


 それだけ言うと、シーザスは敵の群れへと飛び込んでいった。

 その直後、シーザスを中心として黒いオーラが渦を巻き、そのオーラに触れたゴブリンが全て吹き飛んでいった。

 そして一瞬の内にゴブリンの群れは綺麗に消滅していた。


「何あいつ……あんな強かったの?」


 大きな大剣を肩に背負い、ゆっくりと歩いて戻ってくるシーザス。

 先程の黒いオーラは消え失せていたが、どことなくシーザスを纏っている貫禄のオーラが漂っているかのようだった。


「今回は特別です。コストもいりません」


 そういうと、シーザスは本部テントへと歩き出す。

 数歩歩いたのち、振り返ってあたしに声を掛けた。


「美乃梨様、あなたが領主でよかった。そうそう、チュートリアルはこれにて終了です」


 そう言い残し、シーザスはテントへと戻っていった。


「命令……しなくても来てくれたじゃない……何がチュートリアルよ……ほんっと突っ込みどころ満載……だわ」

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