第8話 姉ちゃん、誘惑しないでよ。ボクにそんなの見せないで!
1時間ほどボクを拘束して堪能した姉ちゃんは、やっとボクを解放してくれた。
夜までまだ時間があるので、ボク達は街の探索に向かうことになった。
ボク達が来たのは冒険者ギルド。
ここは恐らく今後の重要な場所の一つになると思われる。
扉を開けると、中には既に沢山の人で賑わっていた。
「すごいね姉ちゃん。もう人がこんなに沢山」
「やっぱりここは重要拠点だからかしらね。早くも情報集めた人達なんでしょうね。予想以上にライバルが多そうだわ」
入口できょろきょろしてるボク達に一人の男の人が話しかけてきた。
「可愛いね、君達! ここは初めてかい? もしかして人間かな? それともNPCかな?」
姉ちゃんはその男とボクの間に割ってはいる。
「はじめまして。あたし達は人間よ。ここは初めてなの。良ければ少し情報を分けてもらえるかしら?」
「おお! ついに人間が冒険者ギルドに入ってきたのか! いいよいいよ。俺が詳しく教えてあげる。俺はマイク。よろしくね」
「ありがとう。あたしは美乃梨。ところであなたはNPCなのかしら?」
「そうだよ。今ここにいるのは全員NPCさ。人間はキミたちが初めてだよ」
なんと。ここにいる全員がNPCだというのか。
正確には解らないが、30人位はいる。
すると、ボク達の後ろから声がした。
「あら、入口で突っ立ってたらじゃまですわ。どいてくださいます?」
金髪に縦ロールのツインテールをした小柄な女性が入口から入ってきたのだ。
「あ、ごめんなさい」
ボクは謝罪して横にそれる。
そして、その女性を先頭に10人ほどがボクの前を通過していった。
先頭の女性以外は全員が男だ。
それを見たマイクがボク達にこっそり囁く。
「彼女らも全員NPCさ。あの可愛い子はエレットっていう子で、既に取り巻きがいるんだ。彼女らも冒険者さ」
マイクはエレットを横目で眺め、舌なめずりをした。
エレット達はそのままぞろぞろとボク達の前を通り過ぎ、奥へと消えていった。
「NPCなのに取り巻きとかいるんだ……」
「そりゃいるさ。NPCっていったって、生きてるんだからね。誰かを好きになるし、嫌な奴がいればぶん殴る。
人間だろうがNPCだろうがそんなのは関係なくね」
「ふぇ……」
ボクは姉ちゃんの陰に再び隠れた。
そんなボクを見てマイクは笑顔で話しかける。
「大丈夫さ! 君らみたいな可愛い子達を殴ったりはしないさ! よかったらこの後一緒に食事でもどうだい? えへへ、色々教えるよ?」
「いえ、他の方に教えてもらうので結構です」
姉ちゃんは眉毛をぴくぴくさせながら、ボクの手を引っ張って奥へと進んでいった。
「教えてもらわなくてよかったの?」
ボクは姉ちゃんに尋ねると、姉ちゃんはその場で止まりボクへと向きかえった。
「NPCのくせにナンパしようとしてたのよ。あたし達を! 萌生は女になったばかりだからわかんないでしょうけど、ああいうのは絶対相手にしちゃだめよ!」
「そ、そうなの? 親切そうだったけど……」
姉ちゃんの顔が驚きの表情に変わる。
「だめよ、絶対! あぁ……萌生が女になったらこんなに純粋で騙されやすい子になっちゃうなんて……これは完全にあたしのミスだわ」
「で、でも……ボクには姉ちゃんがいるから安心だよ」
「そうね。萌生は常にあたしと一緒にいないさい。24時間ずっとよ。知らない人とは絶対会話しちゃだめ! あんたの事は全部あたしがやってあげるから。」
「う、うん……わかったよ」
姉ちゃんの顔が急に悪戯小悪魔モードに変わった。
「寝る時もお風呂もトイレもずっと一緒だからね。安心して。エッチな気分の時はお姉ちゃんに任せるのよ」
「え! そんなの無理だよ!」
「じゃあ萌生はああいったやつが言い寄ってきたらちゃんと追い払える?」
姉ちゃんはさっきの男を指さした。
さっきのマイクは、今度は別の女性NPCに声をかけはじめていた。
「はじめまして、お嬢さん。俺はマイクっていうんだ。よろしくね! 君可愛いね~! 俺とフェローID交換しない?」
「いえ、結構です。ごめんなさい」
あっさり女性NPCにかわされているマイク。
マイクはあたりをきょろきょろ見回して、他の女性の所へ向かっていった。
「ほら、萌生は今みたいにちゃんとあしらえる?」
「何で? 普通に挨拶してただけじゃないの? ボク……無視されるの嫌だったから……ああいう断るのとかできないよ」
姉ちゃんはいきなりボクに抱きついてきた。
「姉ちゃん!?」
「あぁ~なんて萌生は可愛い子なの!? ほんと女の子のままじゃ不安で夜も眠れないわ!」
その時、後ろを歩いてる男の人がボク達にぶつかった。
「ああ、すまんね。大丈夫かい?」
「あ、はい。こちらこそすみませんでした」
ボクは頭を下げて謝罪する。
男は片手をあげて気にしていない合図をしてくれた。
「ところで今メンバーを募集してるんだけど、君達もどうだい?」
「何かやるんですか?」
「ああ、これから依頼を受けて一狩しようかって思ってるんだ。どうだい?」
姉ちゃんがボクと男の間に割って入る。
「依頼っていうのは冒険者ギルドのですか? 実はあたし達まだ来たばかりで何もわかってないんです」
すると男の表情が一変した。
「あー……人間だったか。人間じゃ、まだ知識ねーから使えねーわ。てゆーかよ、人間サマは大人しく街で暮らしてろや。
俺らの領域にまで出しゃばってくんな。どうせ死ぬのがこえーってわめきまわって俺達に全部押し付けるに決まってんだからよ」
そのまま男は去ってしまった。
「うわ……NPCなのに感じ悪い……」
「なるほど……これは思ってたのとかなり違うわね。てっきりNPCは人間のアシスタントの役割だとばかり思ってた。
でも今わかったわ。この世界じゃ人間よりもNPCの方が優位なのよ。
NPCはあらかじめ知識として色んな事を組み込まれているんだもの。
知らないのはあたし達人間の方。わかってない人間はNPCと争いが起こっても不思議じゃないわ。
NPCにとってもまだ最初だから、道具屋の子とか親切に教えてくれてたけど……
いつまでも親切にしててくれるとは限らないかもね。
これは……下手したら人間差別が起こるかもしれないわね……」
「そんなことが起こるの?」
不安な顔をしたボクの頭を、姉ちゃんは優しく撫でてくれた。
「大丈夫。萌生がそうならないように、あたしがこの世界で進む道を見つけてあげるから」
「うん。姉ちゃんが一緒ならボクは安心だよ」
ボクは周囲を見回した。
木造の真新しい広めのギルドハウス。
天井に吊るされているオレンジ色を放つむき出しの照明。
暖かな室内で歓談するNPC達。
笑い声、床板を歩く固い靴の音。
賑やかに、軽やかにNPC達は生を謳歌している。
この場にいる皆がこの空間に馴染んでいる。
生きているNPC。
誰がそんな事を予想できただろうか。
自分で考え、行動し、NPC同士で笑いあい、語り合う。
照明の光が届かない人混みから外れた部屋の隅に、ボク達二人はいた。
ここにいる中で、何も知らないのはボク達ただ二人だけ。
ボク達は生きていかなければならない。
大丈夫。二人で生きるのには慣れているから。
希望を持った明るい世界にこれたと思っていた。
しかし、ボク達を包む空間には、今や薄暗く影を落としていた。
その様子をずっと見つめていた男がいた。
その男は、手に小さなランタンを持っている。
ゆっくりと男は姉妹へと近づいてゆき、ランタンの小さな明かりが二人の顔を照らす。
「やあ、お嬢さん方。はじめまして。俺はドゥル・カルナイン。漢気と英雄と王の言葉を根源に持つNPCだ」
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